超常現象研究家兼探偵(2)
殺人結果
白沢四季
ゲーミングチェアに座り、回転椅子の容量でぐるぐると回っている結果。その行動に意味はなく、何となく行っている行動だった。
貰った資料から呪殺の可能性アリと確定情報に近い結論が出ているのだが、犯人にその事実を突きつけなければ事件は解決しない。
呪いを掛けようとしている相手に対して、真実を暴くことは呪い返しとなり、対象は死ぬ。結果は自分が探偵殺人と呼ばれていることを知っているが、その名前には不服を申し立てたかった。
己の意志で人を殺しているわけではなく、事件を解決した後に、加害者が勝手に死んでいくのだ。巷では結果に関わると死ぬという噂まで流れ始め、営業妨害も甚だしかった。
「えー。やだやだ。また事情聴取されるじゃん」
関わった人間が死ねば警察から事情聴取が入る。何度も繰り返す内に顔見知りとなってしまった警察官からは
――またお前か。
と何度言われたことだろう。結果の意思によって起こる死亡ではないため勘弁してほしかった。結果が一人で生きられるのなら相手を殺してしまうような依頼は決して受けない。
結果が資料を床に放り投げ、現実逃避をしようとすると部屋の扉が開いた。電気が消され、パソコンのモニターから発せられる光だけで生活をしている結果の部屋に別の人工光が差し込む。
「結果ちゃん。椅子をキュルキュルさせるのは止めなさいって言っているでしょう。壊れる原因になりますし、音がうるさいですよ」
「ごめん四季」
扉を開き、仏頂面で顔を覗かせたのは結果と同じ家に同居している白沢四季だった。同居をしていると言っても、元々は四季の家である場所に結果が居候として住み着いているだけである。
生活能力のない結果が生きていられるのは身の回りの世話をしてくれる四季がいるからであり、四季の存在なくしては結果が生きていくことはできない。
同時に人間が生きていくためには金銭が必要なため、最低限の金銭を稼がなければいけない。依頼に対して結果からの拒否権はないのだ。
「またお部屋散らかしてますね」
「そこに置いてるだけ。片付けようと思ってたの」
「片付けできない人はみんなそう言うってネットで見ましたよ」
「またネットの知識を聞きかじって……。嘘も多いんだから全部信じないでよね」
部屋の惨状を見た四季は扉を開けて中に入ってくる。入り口付近に設置されているボタンを押せば、モニターの光よりも強い電光が部屋を照らした。
「随分と可愛い格好をしてるじゃん」
「この格好良いでしょう?メイド服と言うらしいです」
「いくら位したの?」
「一万円くらいですよ。可愛さにやられてしまいました」
この家の金銭を管理しているのは四季のため、結果は強く言うことはできないが、四季にはコスプレ趣味がある。浮いたお金でやっていることは承知していても、服に興味のない結果からすれば無駄遣いにしか見えなかった。
現に結果の服装は高校に通っていた頃の制服を身にまとっており、その理由も他に着る服を考えるのが面倒くさいからというものだった。律儀に毎日制服に着替えている事が四季からしたら不思議である。
「カチューシャまで着けちゃって」
「ホワイトブリムっていうらしいです。似合いますか?」
不摂生な生活を送っており、同年代よりも発育が悪い結果よりも四季の身長は低い。二人が並び立てば結果の目の位置に四季の身長が来てしまうので正確なことは分からないが百四十センチくらいだろう。
ミディアムに伸ばされた髪は丁寧に手入れをされているのが分かるほどサラサラで、昼光等の明かりを反射させている。
「似合ってるんじゃない?ロリメイドっていう感じで」
「褒めていますか?」
「褒めてるよ。私には似合わないだろうからね」
結果は椅子から立ち上がり、四季の元へと向かう。散らばった衣服や資料の間を、まるで横断歩道の白線だけを渡る小学生のように移動していった。
自身の手入れに興味が無い結果は全てを四季に任せている。正確には四季が我慢しきれなくて結果の手入れをしているというのが正しい。髪もセミロングで整えられ、手入れも四季がしている。拒否するのも面倒な結果は成すがままに四季からの手入れを受け入れているのだ。
「それでどうして部屋に来たの?」
結果は四季の前にたどり着くと、少しだけ屈みながら目を見て質問をする。
「キュルキュル五月蝿かったというのもありますけど」
「ごめんって」
「ほんの数日前に掃除したのにもう部屋が汚いのもあります」
「それもごめんね」
「本題はそこに捨て置かれている事件に関してのことです」
四季は先ほど投げ捨てられた資料を指さしている。
「捨てた訳じゃないよ。どうしようかなって思って。内容的にまた警察のお世話になりそうだからさ」
「呪殺の疑いが濃厚ですからね。結果ちゃんが解決をしたら間違いなく加害者は死んでしまうでしょう」
ネットの掲示板で依頼を発見し、結果の元へ持ってきているのは四季である。四季は結果のやっていることを理解した上で、毎回依頼を持ってくるのだ。
「やだなあ。人が死ぬところを見るのって」
「どうしてですか?相手は加害者ですし結果ちゃんには関係ないでしょう?」
「四季には分からないかも知れないけどそういうものなの」
「人間が死ぬ時期は決まっていて、それが自分の行いによって早まるだけなのに」
四季は結果の言っていることが理解できない素振りを見せる。
「ま、生活費のこともあるし受けないわけにはいかないよね。被害者もいる訳だし」
すでに被害者とはコンタクトを取り、金銭の契約も結んでいる。レールが引かれている以上、降りるわけにはいかないのだ。
結果は部屋の中を器用に移動し、資料を拾い上げる。何度見ても変化しない文字列に、自分がこれから行う事を想像してしまう。
加害者の元へ行き、やっていることを白日の元に晒し、加害者に報いを受けさせる。結果の意思とは関係なく、確定した未来として加害者が罰を受けることは決まっている。
「超常現象研究家って名乗っているけど、これじゃオカルト探偵だよ」
「今からでも名前を変えますか?結果ちゃんが言うならホームページを変えますけど」
「え。ホームページなんてあるの?」
「ありますよ。実績だったり、依頼の相場だったりを記載しないといけないので」
「知らなかった」
「私は言いましたよ。その時の結果ちゃんがゲームに夢中で「全部任せる」と言っていたので全部やっています」
記憶をいくら探っても結果の中に思い当たる節はなかった。常日頃から部屋でネットサーフィンやオンラインゲームをやっているため、日にちを特定されても思い出すことができない。
偶に今日が何日で何曜日かも分からなくなるが、四季がゴミを集めに来るタイミングで曜日の確認をしている。
「そうだったね。助かるよ」
「絶対覚えていませんね。逃げているのがバレバレです」
「はは……」
結果の口からは乾いた笑いしかでない。世間から見れば引き篭もりに該当する存在だと自身でも分かっているため、社会不適合者として強く言うことができないのだ。
四季が依頼を持ってきてくれるから、必要以上に外出せず、引きこもることが出来ている。それも四季に口答えが出来ない理由の一因となっている。
「超常現象研究家って言っても研究していないじゃないですか」
四季は自分が部屋を進むため、足の踏み場がないことにため息を付きながら脱ぎ散らかされた衣服を片付けている。パジャマやパンツを畳みながら、独り言のように呟いた。
その姿を見て居心地が悪くなった結果は、自分の城であるゲーミングチェアに座り直し、画面を向きながら四季に答える。
「ほら、ネットとかに転がる超常現象を調べてるからさ。超常現象研究家って名乗ってもいいんじゃない?」
「一応ホームページには書いてますけどね」
「なら大丈夫じゃん」
「超常現象が関わっている事件を解決している探偵ってことにしてありますよ」
「間違っては……いないのかな」
「ちゃんと探偵殺人と言うことは伏せてあります」
「四季までそれを言うんだ。可愛くないから嫌だなあ」
ホームページに探偵殺人の事を載せたら依頼が来なくなると考え、四季はホームページへ加害者に罰が下ることを掲載していない。
それがなくとも、怪しい詐欺サイトのようなホームページから依頼が来ることはないため、ネットの掲示板を巡回し、直接依頼交渉をしている。
「探偵殺人という名前、かっこいいじゃないですか」
「そうかな?四季のセンスは分からないね」
「今度はシャーロック・ホームズのコスプレでもしましょうか。エルキュール・ポアロでもいいかもしれません」
「違いが分からないよ」
探偵と名乗ってはいるが結果は過去の偉人に詳しくはなかった。何となく超常現象に興味を持ち、それを見ることのできる霊感があったから流れで探偵をやっているだけである。
「私もやりたくて探偵殺人をしているわけじゃないのに」
「結果ちゃんが推理をしたら相手は死ぬ。必殺技みたいじゃないですか」
「死なないこともあるでしょ」
犯人が必ずしも死に至るわけではない。殺意を持って相手に呪いをかけている場合は、その呪いが犯人に返り、死へ導くだけで、相手の怪我などを願って呪いをかければ犯人は怪我をするだけで済む。
願った不幸が自身に返ってくるだけの話なのだ。
「この名前になったのも、四季が呪い関係の依頼を沢山受けるからじゃん」
「結果ちゃんはお化けとか苦手じゃないですか。呪い関係ならお化けじゃないし遂行できると思って」
「そりゃ……お化けは……怖いけどさ」
超常現象研究家を名乗っているが結果はお化けが怖い。妖怪やUMAなど得体のしれている超常現象は平気なのだが、お化けという得体のしれない相手に対して恐怖を抱いている。
自室は暗くしているのだが、夜に廊下が暗いと怖くなってしまう程度にはお化けの存在を怖がっている。
「ですから呪いに限って依頼を受けているんですよ。希望があれば他の依頼も受けますよ」
「例えばどういうのがあるの?」
少しだけ怯えながらも興味本位で別の依頼内容を聞く。
「『神隠しにあった友人を探してほしい』や『神様に気に入られてしまったみたいだから助けてほしい』などですね。前者はともかく後者に関わるのはおすすめしません」
「四季がおすすめしないならヤバい事が起きてるってことじゃん。私の安全が最優先」
「それなら呪い関係しかありませんね。幸いにもこの家にいれば呪いのたぐいは効きませんし、結果ちゃんも安心安全です」
二人が住んでいるのは築百年ほど経っていそうな和風建築の家。結果が住む時にリノベーションをしたので外観に対し、屋内は住みやすくなっている。
四季が一人で住んでいたときは隙間風が入る家だったが、四季がお金を出して結果の住みやすいように変えたのだ。その時、結果にやらせる仕事を考えて四季は家に不幸が訪れないようにしていた。
「四季は本当にすごいね」
「この家に関してだけですよ。私の力は弱いですから」
「私も人より霊感があって、不思議なものが見えるだけの一般人だからなあ」
「結果ちゃんも凄いですよ。呪い返しなんて簡単にできることじゃありませんし」
「出来ちゃうんだよね。私は何かをしているつもりはないのに」
「互いに褒め合っていても埒が明きません。とりあえず、その依頼を解決させるために動きましょうか」
結果が持っている呪殺事件の依頼を指さす四季。書類に書かれている住所は家から歩いてすぐのところにある。往復でも三十分もかからないだろう。
しかし運動不足の結果でなければの話である。結果は常日頃から動かずに生活をしており、偶に用事で外に出れば次の日に筋肉痛で動けなくなる程の運動不足だ。普通の人が三十分で着く距離も結果は二倍の時間が掛かってしまうだろう。
「私一人で行くのいつも怖いんだから」
「いつもの刑事さんに来てもらいますか?」
「行くって決めたら頼もうかな」
「向こうも結果ちゃんの頼みなら断りませんよ。可愛がられていますし」
結果が事件を解決しに行くときは同行をしてくれる刑事がいる。
元々は複数の死亡事故が結果につながった時、偶然捜査をしていたのだが、目の前で結果が事件を解決した後に犯人が死んでしまったことを体験してから結果のことを心配して事件に関しては世話を焼いてくれている。
簡単に言えばボディーガードのような存在だ。刑事として仕事するよりも、結果が危ない目に遭わないよう監視の役割で同行している。
「袋小路さんも仕事があるし頼むのは気が引けるけど」
「あの人は結果ちゃんに頼まれたら嬉しいと思いますよ」
資料を見ながら結果と四季が話していると、唐突に四季が部屋の扉の方を向いた。そのまま扉から目をそらさず、何かに集中するように動きを止めている。
「どうしたの?」
普段は見ない四季の様子にただならぬ気配を感じた結果は四季に声を掛ける。
「敷地内に誰かが入ってきたようです。恐らくお客様かと」
先ほどまでの集中は霧散し、結果の方を向いて四季は声を掛ける。この家に訪ねてくる人など殆どいないため、結果は訝しむ。
「家に?」
「中々面白そうなお客様がいらっしゃいましたね」
ゲーミングチェアを四季の方へと回転させ、四季と向かい合う。四季は楽しそうに笑っていたが、楽しそうな四季を見て不安が大きくなっていく結果。
四季が楽しそうな表情を浮かべる時は好みのコスプレ衣装を見つけた時と、超常現象の関わった事件が起こった時である。
結果の不安を駆り立てるように、家に備え付けてあるチャイムが甲高い音を立てた。




