エピローグ
「取り敢えず今回の件は解決でいいでしょうか」
「いいよ。もう関わりたくもない」
「依頼者があのような末路を迎えてしまっては依頼金も取れませんしタダ働きになってしまいましたね」
「私にとっても一切得にならない事件だったよ」
狐狗狸さん事件から数日後。
客室で四季に膝枕をされながら結果は愚痴をこぼしていた。本日の四季はお日様のような香りのするメイド服を着用している。様々なコスプレをしている四季だったが、結果のお世話をすることからメイドの格好が気に入ったらしい。日本のメイド喫茶などでサブカルに変化した服だが、四季が満足気なため結果は腰に頭を埋めるだけだった。
「冷やかしは何度かありましたけど、複数の事件が絡まったのは初めてでしたね」
お人形さん事件によって狐狗狸さんが隠されたことにより、多少の勘違いはあったが終わってみればふたつの事件を解決したに過ぎなかった。
「宗匠先生は過労で自殺したってことになったみたい。呪いを加味しなくても、労働環境に問題があったわけだし学校側も大変だよ」
結果の探偵殺人により自殺をした宗匠は精神状態不安定から来る突発的な自殺として警察で処理をされた。四肢と首を切り裂いたカッターが手に握られたまま、机に寄りかかるように息を引き取る姿から他殺と判断されなかったようだ。
猫上の忘れ物を取りに袋小路とともに学校へ忍び込んだら亡くなっている宗匠の姿を見つけたということになっていた。袋小路が事件の事を上手く纏めてくれたのだ。
「猫上様のこともありますし、てんやわんやでしょう」
「アレは自業自得」
「随分と嫌悪していますね」
「依頼者としては別にいいんだけど、人間として私が嫌いなタイプだったの。自分の私利私欲のために嘘を付く人は嫌」
「ふふ」
メイド服を指先で遊びながら口をとがらせる結果に四季は莞爾と笑う。顔を押しつけている結果には四季の表情を見ることはできないが、頭を撫でる手から慈しみを感じていた。
「おい」
結果たちがいる場所は客室である。
客室とは来客が訪問した時に通す部屋であり、二人が睦み合う場所ではない。部屋には二人きりではなく、気の置けない間柄の刑事が仏頂面をしながら座っていた。
「猫上くんが死んだみたいな言い方はやめてやれよ。俺にも思う所はあるけどさ」
「死んだなんて一言も言ってないよ。因みにどんな感じの被害が出てるの?」
「左足の骨折。骨の折れ方が不味いらしくて入院しているが、完治はするらしいぞ」
猫上照は結果の探偵殺人を受けたが死に至ることはなかった。探偵殺人は加害者が呪った大きさが返ってくる呪い返しであり、呪いの大きさによって返される被害も大きくなる。
結果が受けてきた依頼は人を呪い殺すものばかりで、事件の解決には加害者の死が付き物だった。
「猫上くんが犬飼くんを殺そうとしていたなら死んでただろうし、大したことを願ってなくて良かったね」
猫上が犬飼に掛けていた呪いは軽い怪我をする程度のものであり、命を取るものではなかった。それが幸いし、猫上自身に返ってくる呪いも軽微なもので済んだのだ。
結果が猫上に真実を突き付けた後、猫上はふらふらと廊下を歩き始め、階段を登って行く。呆然と階段の一番上に立つ姿は月明かりに照らされて怪しいシルエットを象っていた。
夏に立ち上る陽炎のようにふらりと体を前後に揺らしたかと思えば、猫上の身体は階段を転がり落ち、一階にいる結果の足元で止まった。
階段を落ちる物音が止まり、一時の静寂が訪れた後、猫上が足を抱え叫ぶ声が校内に谺した。その声を聞きいた袋小路が走りながら倒れ込む猫上の元へと向かい、すぐに救急車を呼んだ。結果の探偵殺人を受けて生き残る事は極めて稀であり、袋小路も痛がる猫上を見て死んでいないことに疑問を持っていたくらいだ。
「てっきり探偵殺人は全員殺すものだと思ってたぞ」
「私が殺してるわけじゃないんだから知らないよ」
結果は真実を突き付けているだけで、相手の死を願ったり、操ったりしているわけではない。
「それにお人形さん事件の呪いを解決したことで、猫上くんが纏っていた強い呪いが消えたから、私が何かをしなくても狐狗狸さんからの被害を受けていたはず。私が解決することで狐狗狸さんも帰ってもらって猫上くんも軽いけがで済んだんだから結果オーライだよ」
「結果ちゃんだけに……ですね」
場を和ませようと四季が冗談を口にする。結果が気を抜いて『結果』と言ってしまえば、毎回言われる冗談だった。気をつけて『結果』と言わないようにしているが、疲れと気が抜けたからか不意に口から溢れてしまった言葉を四季が見逃すことはなかった。
仕返しと言わんばかりに、腰に回した腕で四季を力強く抱き締める。結果の力ではユーカリの木に抱き着いているコアラ程度の愛くるしさしか無く、力を込められている四季は頭を撫で続けるだけだった。
「探偵殺人はいつから気付いてたんだ?猫上くんが何か怪しいって」
顎に手を当て、小首を傾げながら結果に問う袋小路。
袋小路は事件解決の前日に結果から連絡を貰っていたが、その内容は猫上と宗匠に真実を突き付けるから付いてきて欲しいというものだけだった。結果の探偵殺人があるから超常現象を肯定しているが、袋小路には結果に見えている世界を見ることが出来ない。
探偵殺人の結末の処理をだけをするために、袋小路は二つ返事で結果に同行したのだ。内容を聞いたとしても理解をすることは難しいと判断して。
事件が解決すれば袋小路が報告書を書かなければならない。結果の探偵殺人は事故として処理される――つまり、黙認されているのだ。その代わりに事細かな報告が義務付けられていた。本日結果の家を訪れたのも、本人に詳細な事件の推理と、解決までの道筋を説明してもらうためだった。
「怪しいっていうか違和感?自分の身が危険だからって家へ依頼をしに来たでしょ?それなのに髪結さんが死んだ事で取り下げようとしたんだよ」
「怖くなったのか?」
「ううん。猫上くんは不謹慎にも終始楽しんでいるように見えた。私の探偵殺人で髪結さんが死んだって聞いた時に顔が引きつったんだよ。そして、呪いを掛けた人が死ぬ現場を見て取り下げるっていう行為が――」
「人を呪っている可能性があるってことか」
「そうそう」
髪結の呪殺事件が行われた現場で猫上が後退ることはなく、結果に連れられるがまま行動をしていた。今にして思えばオカルトサイトを使っている猫上ならば、あの状況に不気味さを覚えても恐怖を覚えなかったことに説明がつく。
死の恐怖を憶える不幸に遭遇し、不気味なホームページを頼って結果の元を訪れた人が起こす行動として違和感を感じのだ。
「それじゃ猫上くんだけが狙われた理由はなんだ?犬飼くんも一緒になってやってたはずだが」
胸元から手帳を取り出して袋小路はペンを動かす。
続け様に尋ねる袋小路だったが、事件の後に行われているルーティンのようなもので結果は慣れているため口を挟むことなく質問に答えていく。
「そりゃ猫上くんが呼び出しておいて途中で止めたんだから猫上くんに敵意は向く」
「狐狗狸さんっていうのはそう言う超常現象なのか?」
「こっくりさんに限らないよ。袋小路さんも誰かに呼び出されたのに、途中で呼び出した人が居なくなったらその人に怒りが向くでしょ?その場に他の人が居たとしても」
「言われてみるとそうだな。超常現象も人間的な思考をしてるじゃねえか」
「時代が変われば超常現象も現代に適応するって。特に学校に現れることの多い狐狗狸さんなんて流行の発信源である学生の近くに居るんだから影響されてもおかしくないよ」
結果の側には人間の世界に染まってしまった座敷わらしもいる。超常現象が現代に染まり変化していく証左がそこにはあるのだ。
狐狗狸さんは呼び出した相手の質問に答える程度の力しかない低級動物霊である。質問に答えるということは人間の言葉を理解しているということだ。人間的思考を働いていてもおかしくはない。
強いものからは手を引き、油断を見せた相手を狩ろうとする姿は動物の様で、人の様でもあった。
「結局猫上くんは何がしたかったんだろうな」
袋小路が呟いた謎に対して明確な答えを持っているものはいない。猫上の目的は本人にしか分からないものであり、人の心情は推理では解き明かせないのだ。
それが分かった上で結果は猫上の考えを予想する。彼とは二度と顔を合わせて会話をすることが無いと分かっているから好き勝手に推測できるのだ。
右側を見ている時、左側の世界がどのように変化しているかがわからないように、すべての世界を見通せる人間などいない。
「自分がやったこっくりさんを怒られないように、自分の身に起こる不幸を解決してほしかったんじゃない?どちらにせよお金をもらって仕事をするってことを舐めてるし、超常現象研究家兼探偵の私のことも軽んじていたよ。人を食ったような態度で四季に威圧されても最後まで治らなかったし、人生経験になったんじゃないかな」
「人生経験ってお前……」
「違うかな?」
「確かにそうだが、十代半ばの子供が言うセリフじゃねえな」
シニカルに笑う袋小路。
言葉を発した結果自身も、人生経験が無い自分の言葉に説得力がないと分かっているが、超常現象に関しては一般人よりも経験が深い自負もある。
強い力に強い代償が伴う。宗匠も猫上も、軽い気持ちで行った呪いが身を滅ぼしている。結果の探偵殺人を受けて生きているのだから、その経験で二度と呪いに関わらないことを祈るばかりだ。
それから暫しの時間、袋小路からの質疑応答に答えていた。袋小路の飲み物が無くなったことを察した四季が席を立つまでは、結果の頭は四季の太ももの上を安息の地としていた。四季が一度席を離れてからは、客室のソファに座り、肩肘を尽きながら袋小路と会話を続けている。
「ま、こんなもんだろ」
「おしまい?」
「上がお前からどんな情報を欲しがっているのか一般人の俺にはよく分からねえからな」
「よく言うよ」
何かを皮肉るように言った袋小路の言葉に苦笑いを浮かべるしかなかった。報告書を上げている袋小路は上司から詰められることもあるだろう。
袋小路が対応をしてくれるお陰で、結果の家には一度として袋小路以外の警察が来ることはない。どのような力が動いているのか不明だが、目の前にいる軽薄そうな男に結果が救われている事は確かだった。
――不思議な自殺死体の側には同じ少女がいる。
そのように噂が広がってしまえば超常現象研究家である結果自身が超常現象の一部になってしまうだろう。誰かが結果探偵と求めているから、殺人結果は探偵であることができる。
「それじゃ俺は帰るからな」
「お疲れ様」
四季が用意したお茶を勢いよく飲み干すと「ご馳走さん」と一言だけ四季に伝えて席を立つ袋小路。
「んじゃ今後とも宜しくな。探偵殺人」
「その呼び方可愛くないからやめてって言ってるじゃん」
「案外気に入ってるだろ?」
「さあ、どうだろうね」
にやりと自虐的にも見える笑みを結果は浮かべた。
探偵をすることで相手に呪いを返す探偵殺人。犯人が勝手に自殺しただけと言われるが、結果は自分が殺してしまったと考えている。直接手を下さなくとも、犯人が死ぬ道筋を作ったのは自分だと。
探偵殺人と言う名前は言い得て妙だった。
口では探偵殺人という呼称を否定しても、本気で嫌がることはしない。その名前こそが、結果が自分の犯している罪を忘れないための楔に感じているから。
一度始めてしまった探偵殺人を終わらせることはない。――自分が殺した人のためにも終わらせる訳にはいかない。
これからも四季が依頼を受け、結果が推理し相手に呪いを返す。大きな出来事が起こらない限り変わることのない仕事。
・
「ねえ四季」
袋小路が家から出ていき、片付けを終えた四季は結果の部屋に居た。定位置となっている人を駄目にするクッションの上で仰向けとなり天井を見上げている四季は身動ぎひとつせず結果の呼びかけに応える。
「何ですか結果ちゃん」
「探偵殺人って言い得て妙だけどもっと可愛い呼び方無いものかな」
声を掛けたが会話の内容は特にない。忙しなく流れたお人形さん事件と狐狗狸さん事件の後、急に訪れた静けさに心のざわめきが静まることはなかった。
空虚な質問はそのざわめきを自分の言葉で上書きをしたかった結果が発した音だった。
「無理ですよ」
「無理かあ」
「いいじゃないですか探偵殺人でも。結果ちゃんがやることもできることも何ひとつ変わらないんですから」
「そういうものかな」
「そういうものですよ」
無意味な会話の応酬を続ける結果と四季。
無意識に相槌を打ちながら天井を見上げる。広がるのは白い天井。床に転がるように寝ている四季の姿は視界に入ることはない。
天井に向かって腕を伸ばし、手を握っては閉じてを繰り返す。その手の内に残るものは何もなく、運動不足の前腕が引きつるように痛むだけだった。
「何をしているんですか?」
結果からは見えていなくても四季からは急に謎の行動を始めた結果の姿が見えている。
「何も。ただ、何も掴めないなって思って」
「その場で手を開閉するだけでは何も掴めませんよ。自分から歩み寄る、相手から近づいてくる。何かしらの動きがあることで初めてその手の内に何かが残るのです」
「難しいこというなあ」
「そのためには依頼を熟してくださいね。猫上様からの依頼金は貰えなさそうですし、生活のためにも頑張らないといけません」
物憂げな思考に浸っていた結果はアンニュイの海から現実に引き上げられる。
生きるためにはお金が必要で、そのために超常現象研究家兼探偵として仕事をしているのだ。超常現象と現実、乖離している物事も結果にとっては表裏一体。思考の中に打ち寄せる現実の波に結果はため息をつく。
「はあ。ま、良さげな依頼があったら持ってきてよ」
「明日から頑張りましょう」
「そっか。それなら現実逃避は後一日できるね」
人の死には願いが込められている。
その願いは人それぞれで探偵であろうとも推理をすることなど叶わない。
〈了〉
完結です。
お付き合いいただき、ありがとうございました。




