解決編(2)
「後一日の辛抱だ……。後一日で完成。えっと、髪を右に三回。左に二回回してから写真を張り付ける。そうしたら頭の部分をカッターで切り裂――」
「そうはさせないよ」
職員室内から響いてくる成人男性の声を聞いた結果はすぐに職員室へと突入する。
職員室の中には一人しかおらず、その背からは煙のように立ちのぼる黒い靄。
呪いに関わっている人間から溢れ出る結果にしか見えない呪いの証拠が男の背には現れている。椅子に座りながらぶつぶつと独り言を呟やいていたのは宗匠嚆矢だ。
結果が勢いよく扉を開け、宗匠に声を掛ける。その声に驚いたのか、宗匠は手に持っていた何かを宙に放り投げ、椅子を倒しながら床に転がった。投げられた何かは宙を舞い床にぶつかる。勢いそのままに結果の足元へと滑りながらやって来た。
「予想通り。人形の呪いだね」
床に転がっている木で出来た人形を拾い上げる結果。生命を感じない木偶は力なく重力に従っている。
人形には関節の役割を果たす球体が取り付けられており、好きなポージングをとらせることができる。本来は美術の授業で使われる道具を宗匠は呪いを使う道具として使用していた。
「これはデッサン人形だね」
手に持ったデッサン人形の手足を動かす結果。引っかかり軋む音を立てながらデッサン人形はポーズを決める。
引っかかりの状態は関節に巻き込まれた髪の毛。デッサン人形には黒い糸状の髪が巻き付いており、胴体には猫上の写真が張り付けてあった。その四肢にはカッターで切りつけられた傷が残っており、丁度猫上の体に現れた赤い線の位置と合致していた。
「な、なんですか君たち……。夜の学校に侵入するなんて」
腰が抜けたのか、地面に背中を付けたまま結果たちを指さす宗匠。眼鏡はズレ、髪もボサボサになっている姿は公式サイトに載っている人物と同じには見えない。
「お邪魔します。少し忘れ物をしてしまいまして」
「ん?君は保健室の前で出会った子ですね。それに――猫上くん、また君ですか。前回も言いましたが今度はありませんよ」
結果の後ろにいる猫上を見つけた宗匠は厳しい顔つきになり、威圧的な態度を見せる。
「結果さん。僕を呪っていたのって宗匠先生なんですか」
「そうだよ」
小声で聞いてくる猫上に対し、素っ気ない対応をする結果。既に結果の中で猫上の評価は低くなっている。元々興味本位でオカルトに関わる人間の評価は高くないのだが、学校に侵入する直前からの傲慢な態度に辟易していた。出来れば出しゃばらず、邪魔をしないで欲しいと思う結果だったが、その願いは容易く打ち砕かれる。
自分を呪った犯人が宗匠だと分かった猫上は、結果の前に飛び出して、床に転がった宗匠を見下す。
「今度はない?何言ってんの先生。今度がないのはそっちだよ。僕のことを呪うとかさ」
前に出た猫上は嘲笑いながら宗匠に声をかける。後方に結果がいることで気が大きくなっているのだ。結果が手にした人形が自身を呪っていた物だと判断した猫上。結果の言葉もあり、自分が被害を受けることはないと勝手な判断で飛び出した。
「人を呪わば穴ふたつってこと。先生はこれから報いを受けるんだよ」
「報い?呪い?……何を言っているのか分かりません」
「あのデッサン人形で僕のことを呪い殺そうとしたでしょ」
「はあ?」
「証拠はすべて揃っているんですよ。犯人は貴方です」
結果の手に握られているデッサン人形を自慢げに指さす猫上。全ては結果の推理なのだが、得意気に自分が突き止めたかのように話している。
この場で会話の主導権を握っていることや、犯人を突き止めたことで優越感に浸っているのだ。
「袋小路さん、ちょっといい?」
「なんだ?」
「このデッサン人形、宗匠先生に返してもいい?猫上くんウザいんだけど。今日はまだ死なない日だし後一日くらい痛めつけて黙らせてもいいと思うんだ」
「俺も思っている。自分が助かるって思ってから調子に乗り過ぎだな。始めて学級委員長を任されて空回りしている奴を見ている気分だよ」
「この場に四季がいれば脅かす事もできるのに」
「依頼人なんだろ?もう少しの辛抱なんだからさ」
「調子に乗ると痛い目を見るって学習しないのかな」
いい気になっている猫上は後ろで繰り広げる会話は耳に入っていない。
数分前までの殊勝な態度は鳴りを潜め、有頂天になっている猫上は見るに堪えなかった。散々気を引き締めるように伝えたにも拘わらず、自分勝手な行動をしている。その姿に二人は呆れ果て、猫上の手助けにも入らない。
事件が解決するまでの辛抱だと袋小路に宥められて怒りを抑え込む結果だったが、創作の名探偵を真似した態度を取る猫上の姿が目に映る度に苛々が募っていく。
「猫上くん。調子に乗りすぎた。専門家に任せるよう言っただろ?後に下がっとけ」
見かねた袋小路が猫上の下へと行き、パーカーのフードを掴んで引っ張る。最初は抵抗した猫上も、蟀谷を熱くしている袋小路を見てからは言われたとおりにその場から離れていく。不服そうな顔をしているが、何故そのような顔ができるのか結果には分からなかった。
「結果さん後は頼みましたよ」
結果の横を通り過ぎる時、猫上は親指を立ててサムズアップしていた。その指を圧し折りたい衝動に駆られる結果だったが、手に握られているデッサン人形の姿を見て思い留まった。
人に危害を加えてしまえば呪いの加害者と同じである。人に怒りを感じても、人にぶつけてはいけない。何に対して怒っているのか、どのように終着点を見つけて自分を落ち着けるのかを冷静に判断しなければ直感で動く獣と同じなのだ。
ゆっくりと深呼吸をして、猫上の存在を意識の外に飛ばした結果はデッサン人形を持ったまま床に転がっている宗匠の下へと向かって行く。
「宗匠先生」
「君は」
「自己紹介しますね。私の名前は殺人結果。超常現象研究家兼探偵をしています。猫上くんから呪いの相談を受け、調査をしてここに辿り着きました」
「部外者は不法侵入ですよ」
「大丈夫です。第一発見者になりますので」
理解できない宗匠は首を傾げて言葉を発さない。目の前に歩み寄ってくる制服を着た小柄な少女。鈴を転がしたような声を発する彼女だったが、見下されている宗匠には外見以上に存在が大きく見えていた。
「猫上くんといい、貴方といい、先ほどから呪いってなんなんですか。意味が分からない」
「デッサン人形に猫上くんの写真を貼り付けて、手順よく呪いを行っているのに知らぬ存ぜぬは通りませんよ」
「それは――」
宗匠に見えるようデッサン人形を体の前に突き出す。自立していないデッサン人形は力なく四肢をだらりと床へ向けた。
結果は横にある宗匠のデスクに目を向ける。そこは宗匠が先ほどまで座りながら作業をしていた場所。机の上にはパソコンやスマホ、学校の授業で使う資料、そして積み上げられた書類の山。エナジードリンクや缶コーヒーも溜まっている。日夜自身を鼓舞しながら仕事を熟していたことが結果にも分かる。
机の上にあるスマホは持ち主が見ていないが、画面にサイトを映し出していた。黒い背景に映し出された文字列。
「『オカルト掲示板』。こんなものを見ながら人に呪いを掛けるなんて」
宗匠が見ていたサイトは髪結が見ていたものと同じサイトだった。
「…………」
自分がやっていたことがバレてしまったからか、宗匠は黙ったまま俯いてしまう。サイトを見ていただけならば暇つぶしや息抜きと言えただろう。
「猫上くんと犬飼くんが学校に忍び込んだことで怒りが爆発してしまったのでしょう?自分が残業で疲労困憊の中仕事を増やした二人に怒りをぶつけようとして呪いに手を出した。間違っていますか?」
「間違いと言うよりも前提としておかしいですよ。呪いなんてありません。その人形は私の気休めです」
「気休め?」
「そんな胡散臭いサイトに書かれていることが起きるわけないでしょう?私の精神を安定させるために不良生徒を使って八つ当たりをしていただけです。生徒本人に危害を加えることは出来ないですし」
普通の神経をした人間ならばオカルト掲示板に書かれている内容など鼻で笑ってブラウザを閉じる。
自分の精神の安寧を図るために、サイトに載っていた呪いを試しただけだと宗匠は言うが、それは呪い始めた時の話だろう。
呪いを行っていく度に、変化していく猫上の表情を見て悦に浸っていなかったとは結果には思えなかった。
「では猫上くん呪う気は無かったと?毎日弱っていく猫上くんに対して何を思っていたのか聞かせてもらってもいいですか?」
「体調不良か何かだと思っていましたよ」
「本当に?」
「私が暇つぶしでやったものが影響する訳ないじゃないですか。私は素人ですし、何よりそんなもの信じてはいませんよ」
腰に力が戻ったのか、机に手をかけながら宗匠は立ち上がる。今度は宗匠が結果を見下ろす番となり、結果は自分よりも大きな宗匠を見上げている。
威圧するように結果を睨む宗匠だったが、一点に瞳を見つめてくる結果にたじろいでしまう。
結果の瞳に映る自分の姿が、記憶にある自分と違い、酷く窶れ下卑た笑みを浮かべていたのだ。
「ではこれは何でしょう」
結果は宗匠にSNSの画面を見せる。
『――あいつを呪ってやる。俺の仕事が多くなったのもあいつのせいだ。あいつが居なくなれば俺も楽になれるんだ。』
右から左へと往復をする宗匠の瞳。
表示された文言を読み血の気が引いていた。
「それは私のアカウント……」
「信じていない呪いを使っているにしては随分と具体的に言っていますね。『あいつが居なくなれば』。呪いが効果を発揮して猫上くんが死ぬことを期待していたみたではありませんか」
「違うんですよ。そんなアカウントは知りません」
「たった今私のアカウントと言っていましたよ」
唯でさえ疲労困憊の宗匠は瞬間的に自身を取り繕うことが出来なくなっている。話す言葉を考えるよりも先に口が動き、声として思考を吐露してしまうのだ。
「このアカウント、というよりも宗匠先生の検索履歴やログイン履歴を調べさせてもらいました。私の相棒が担当していることなので詳しいことは分かりませんが……」
「調べた?どうやって?」
ネットの世界の調査は四季に一任しており、どのような調査をしているか結果は知らない。与えられた調査結果だけを頼りにしているので、過程は知らぬ存ぜぬで通しているのだ。
疑問を提示されても結果は答えを持っていないため、宗匠の疑問には一切答えず、結果は言葉を続けた。
「このアカウントに投稿されたスマホのデータとそちらのオカルトサイトに投稿されているスマホの情報が一致していますよ。怪しいサイトにSNS連携をするのは辞めたほうがよかったですね」
一日かけて四季は宗匠のSNSデータを洗い浚い調べていた。その中で宗匠が掲示板に投稿するため、SNS連携をしている履歴を発見し、投稿内容も突き止めていたのだ。
宗匠が匿名で投稿された呪いの方法に対して詳細に聞き出そうとしていた履歴が掲示板内にはしっかりと残っており、宗匠が占いに手を染めていた証拠となっていた。
「人の情報を盗み見て、犯罪じゃないか」
宗匠が犯罪と言い張るデータ収集を行ったのは人じゃないので人間用の犯罪は適応されないのだ。四季は人間の世界で生きてはおらず、結果の家だけで存在をすることが許されている妖怪。人間世界の常識は全く通じない存在である。
「猫上くんにカッターで付けられたような切り傷が出たのは宗匠に学校への侵入がバレた次の日のこと。侵入した日にSNSの投稿があって、次の日には呪いが始まった。疑うなと言うほうが無理な話でしょう」
宗匠は何かを言いかけては口を噤む動作を繰り返す。言い訳を述べようにも、超常現象に関わっている時点でどんな言葉も空虚に聞こえてしまう事が分かっているのだ。
実態の見えない超常現象を否定することは悪魔の証明に近しいものがある。結果の言う事を否定する材料が宗匠には無かった。
「それじゃ証拠にはならない。私を捕まえることなんてできないでしょう」
「捕まえる?もし捕まえるのなら私じゃなくて警察が来ています。呪いという非現実的な超常現象の犯罪には警察が動くことはできません。ですから民間で超常現象を研究している私がやって来たのです」
「直接危害は加えていないし、脅迫とかもしていない。犯罪じゃないでしょう」
「人を殺そうと、呪いという手段に出たのに見苦しいですよ。宗匠先生がやったことは人を殺すために手段を用いて事故に見せかけて猫上くんを殺そうとした。呪いには証拠が残りませんからね。完成する前に止めるのが私の仕事です。捕まえに来たわけではなく止めに来たが正しいかな」
結果の言葉に観念した宗匠は、転がった拍子に遠くへ移動した椅子を持って来て座る。宗匠が座ったことで結果との目線がほぼ対等な高さになった。
「それなら呪いはもうやめます。それでいいでしょう」
罪に問われないと分かれば、次に行うことは言葉による解決。呪いという目に見えないものを使わないと目に見えない口約束をするのだ。
結果はこれまで多種多様な事件を解決している。一度呪いに手を染めた人間は再び同じ過ちを犯すのだ。軽い呪いを掛けた人間は成功体験から深みに嵌り抜け出せない。そして興味本位で人の生死に関わる呪いへと手を出して結果に裁かれる。
短い人生経験から赤の他人の言葉を信じることはできない。宗匠の表情も仮面をつけた様で、能面のように感情を読み取ることができなかった。
「ひとつだけ分からないことがあります。何故猫上くんを殺せば宗匠先生が楽になると思ったんですか?」
推理で結果が分かることは状況証拠だけである。
水面下で何を思っていたか、個人の思考は読むことは難しい。
自分が見逃してもらう為に話すことを決めた宗匠は表情を崩さずに淡々と胸の内を語る。
「学校に忍び込むようなクソガキはどうなったっていい。猫上が死ねば私は生徒が死んで精神を病んだとでも言って学校休めるだろ。別に生徒が一人死のうが俺には関係ない。全部俺に仕事を押し付けてくるやつが悪いんだよ」
「疲労からまともな判断が出来なくて呪いに頼ってしまったって感じかな。理由はどうであれ、人を殺そうと呪いを使ったことは事実」
口が悪くなった宗匠に本来の性格を感じた結果。SNSに投稿されていた口調と同一な事から、本来の宗匠は粗暴な性格をしているのかも知れない。
社会に出て生活をするに当たって、人当たりよく円滑に物事を進める術を得たからこそ、ストレスが溜まって現状に至っているのだ。
「猫上くんと同じ言葉を使うのはものすごく癪に障るんですけど、宗匠先生」
袋小路に連れられた猫上は既に職員室の外へと移動していた。結果と宗匠の会話を聞いたら調子に乗って割り込むと判断した袋小路による行動だ。袋小路は職員室の扉の陰から結果のことを見守っている。
結果は大きく深呼吸をして、覚悟を決めてから宗匠に声を掛ける。
お人形さん事件を終わらせる最後のピースは結果による呪い返しなのだ。
「人を呪わば穴ふたつっていう言葉を知っていますか?人を呪って殺そうとする場合、殺した相手と自分、ふたつの墓標が必要になるという諺です」
「なんだよ……なにが言いたいんだよ。見逃してくれるって言っただろ。警察は来ないって」
結果は一言も見逃すとは言っていなかった。
猫上が依頼をしに来たときから犯人の終わりは決まっている。その人物の背景や感情を知っても、結果に止めることはできない。呪いを掛けた人間と掛けられた人間。助けるなら後者しかないのだ。
椅子に座った宗匠は覚悟を決めた結果に怯えて震えている。座っている椅子もガタガタと音を鳴らし、不快な音が職員室に響いていた。
結果はその音を咎めることもせず、自分が真実を突き付ける最後の瞬間まで宗匠から目を離さない。それが結果の覚悟だった。
宗匠は周りからのストレスに晒され、逃げて縋るように呪いに手を染めただけである。しかし人を殺そうと呪を使った事実は消えず、黒い靄として宗匠を包んでいた。情状酌量の余地はある。周りの環境が悪くて走った凶行だが、猫上に直接の危害は加えていない。
ただ頼ったものが悪かった。それだけなのだ。
どのような目的であれ、人を殺そうとした人間に対して結果が真実を突き付ければ辿る末路はひとつしかない。
「ごめんなさい宗匠先生。『あなたが人を呪い殺そうとした犯人です』」




