解決編(1)
猫上の左腕に赤い線が出現し、焦りながら迎えた夜。
校舎の前には、結果、猫上、袋小路の順で携帯の電波のように三人の人影が立っていた。結果はいつもの制服を着ており、短い髪は小さなポニーテールにしている。袋小路はいつも通りのスーツで、猫上はパーカーにスウェットといった格好で校門の前に屹立していた。
季節的に夜は肌寒くなっているため、全員が長袖を着用している。
その場にいるのは人間だけではなく、猫上の頭上には夜の闇に溶けそうな毛並みを持つようかんも座っている。その姿は結果にしか見えていない。
前方に聳え立つ学生たちとの城とも云える学校は、昼間には見えることのない厳かな雰囲気を醸し出している。
時刻は夜二十時に差し掛かろうと言う頃。
日も落ちて生徒のいない建物は眼前の矮小な存在に睨みを利かせ、侵入を拒んでいるようだった。
「夜の学校って雰囲気があるね」
「普通なら夜の学校に入ることなんてねーからな」
「普通なら、ね」
夜の学校に忍び込んでこっくりさんをやっていた猫上に視線を向けるが、バツが悪そうな顔をするだけで返答はしない。
事件の内容は既に袋小路へと伝えてある。猫上には伝えていない犯人の情報も、何かあった時に対応してもうために隅から隅まで情報の共有をしている。
「その、分かったんですか?僕を呪った犯人」
「お人形さん事件のことだよね」
「お人形さん事件?なんですかそれ」
「猫上くんの四肢に赤い線が現れている事件のこと。分かりやすいように名前を付けて調査してたの」
「こいつらのネーミングセンスはほっといてやってくれ」
袋小路の左手が結果の頭部に触れる。
恨めし気に結果は袋小路を見るが、ニヤニヤと笑いながら強目に頭を撫でられた。家を出るときに身嗜みを最低限しか整えていない結果であっても、髪を乱されるのは非常に不快であった。
頭を撫でる手を振り払い、手の甲をつねり上げる。小柄で力のない結果といえど、力を込めて皮膚を抓めば袋小路に鋭痛が走る。
「痛えな。やめろよ探偵殺人」
「ふん。女の子の頭を着やすく触るのが悪いんだよ」
「俺たちはバディ――相棒だろ?」
「私の相棒は四季。袋小路さんは付き添いなの。私のおかげでいい思いをしているんでしょ?」
袋小路は結果のことを相棒だと思っているが、結果側は一度たりとも思ったことはない。自分に降りかかる面倒を全て任せるために袋小路を呼んでいるだけに過ぎない。
結果といることで事件を解決した功績は全て袋小路のものとなる。結果は褒賞や評価などは目立つだけで不要と思っており、その点でも矢面に立ってくれる袋小路は便利なのだ。
「俺を呼んだってことはこれからやるんだよな」
袋小路はこれから行う行為について直接的表現をしなかった。その理由はこの後に起こる探偵殺人を知っているからだ。呪殺事件の時もそうだが、袋小路は結果が人を殺していると言うことはない。結果の力が使われたことで対象が自殺をしていると考えている。目の前の少女が人を殺したことを気負うことがないように小さな配慮をしているのだ。
学校に居るのは宗匠嚆矢。猫上と犬飼の担任である教員。そして猫上照に呪いを掛けている張本人だ。その人物に呪いを突きつけて、自分の掛けた呪いをそのまま突き返す。
猫上を死に至らせる呪いを使った宗匠は呪いを返されて死んでいくのだ。
「やりたくないけど……」
「知ってるよ」
「また私が人を殺すことになるって考えるだけで憂鬱」
「俺だって大人としてやらせたくはねえよ。でもお前しか解決できる奴はいない。それとお前が殺すわけじゃない。呪ったやつの自業自得だ。ダイナミックな自殺と大差ない」
巫山戯た雰囲気を霧散させ、袋小路が真剣な表情で伝えている。結果としてもやりたくないことは事実だが、やらなければならないことはやるしかない。
口では拒否をしていても、事件を解決できる喜びは確かに感じているのだ。
人が目の前で死ぬことを受け入れたくないからこそ、結果は探偵殺人を否定している。
「分かってる。袋小路さんの言いたいことも伝わってる私はちゃんとやるよ」
「そうかよ。お前には白沢もいる訳だし、何かあったら慰めてもらえ」
「うん」
真剣に諭す袋小路に対して茶化すようなことはしなかった。
袋小路も探偵殺人をした後の結果が落ち込むことは知っている。結果に知られないように四季と交わした言葉も多く、結果に探偵殺人を気負わせないと取り決めもしていた。
事件を解決することが結果にとっての重荷になるのだが、結果が生きていく道は現状探偵殺人をすることしかない。子供に重荷を背負わせ、その利益を享受している袋小路はせめてもの救いとして、結果と近い距離感で接することを心がけていた。
結果が人間と接することで、人の死に慣れてしまわないように。
「結果さん」
校舎を見つめながら、心拍を整えるように深呼吸をしていた結果に猫上が不安げに声を掛ける。
「何?」
「このままだと僕は死んじゃうですよね」
「私が何もしなかったらね」
猫上にはお人形さん事件の末路を伝えていた。結果が動かずに、呪いが進行した場合は死に至ると。
話を聞いた時の猫上は青褪めていたが、結果が「そうなる前に相談してくれてよかったよ」と告げるとすぐに血の気を取り戻した。結果の言葉から自身が助かると考えたみたいだ。
「再三ですけど、僕は助かるってことでいいんですよね」
「この件で猫上くんが死ぬことはないよ」
改めて結果の口から自分の安全が保証されたことで猫上は緊張を緩めて胸を撫で下ろす。自分に死が近づいてくる状況に神経をすり減らしていた猫上は数日ぶりに安心をしたのだ。
人間の死は寿命もあれば事故もある。そのどれもが決められた日付で死ぬことはない。
しかしお人形さん事件の呪いは死ぬ日にちが決まっている。赤い線が出始めてから七日後が死のタイムリミットであると結果は推測していた。宗匠の元へ行けば真実が分かるため、その旨は猫上には伝えていない。
「やっぱり今回も犯人は死んじゃうんでしょうか。僕たちが狐狗狸さんをしたせいで」
神妙な面持ちをしながら結果に声をかける猫上。未だに狐狗狸さんが自身の身体を蝕んでいると思っている猫上は、赤い線が出現する時間が近づくにつれて焦りを覚えていた。
四肢に現れた赤い線。次に切り裂かれるような痛みを感じる場所が予想もできず、少しずつ恐怖が膨らんでいくのだ。
「言ってなかった?四肢に出てくる赤い線に狐狗狸さんは関係ないよ。お人形さん事件とは無関係だから安心して」
猫上が狐狗狸さんに呪われたと思っていた事件は、担任である宗匠が仕組んでいた呪いであり、現在猫上を蝕んでいるものと狐狗狸さんは無関係だった。
結果に告げられた言葉を理解するために、数瞬かかっている猫上。口を小さく開けたまま、思考を持たないマリオネットの如く全ての動きが止まった。
そして結果の発言を把握した時、猫上の顔には笑みが浮かんでいた。
「狐狗狸さんが関係ないならもっと早く言ってくださいよ。それなら学校にいる犯人を見つけて、僕の呪いを解いて貰えればそれで終わりってことじゃないですか」
「そんな単純じゃないんだけどね」
「そうなんです?」
猫上は結果の考えを微塵も理解していない。隣で見ている袋小路が呆れてため息を付いてしまう程、猫上は現状を楽観視しているのだ。
自身を殺そうとした相手に向き合おうとしているにしては、思考が短絡的で直情的すぎる。
「猫上くんは犯人が死ぬことに何も思わないのかな」
「何も思わないことはないですよ。でも僕を死ぬように願った相手なら別にいいと思います。人を呪わば穴ふたつですよ」
「そっか。猫上くんがそう言うなら私からは何も言わないよ」
自分の身の安全が確保されたからか、急に饒舌で語り始める猫上。結果が解決すると宣言したことで、自分が助かると確信し、犯人のことは恨むべき対象として考えている。
――何もしていない自分を呪うようなやつは死んで当然。
猫上は心の内でそのように思っていたのだ。
自分の行った狐狗狸さんが影響しているわけではなく、別の呪いによる被害だと断言されたことで、自分の犯した罪が無くなったと猫上は勘違いしている。行った事実は消えていない。
「早く行きましょうよ」
「もうちょっと気を引き締めて。超常現象に足を踏み入れるんだから」
「結果さんがいるなら大丈夫でしょ。超常現象専門家ですしね」
嘲る口調で猫上は結果を揶揄う。呪殺事件を経験したことで、非日常に対する興味が生まれてしまったのだ。元々興味本位で狐狗狸さんをするような精神性を持った猫上にとって、結果の力は不思議で面白いものに感じていた。
猫上を無視し、結果はスマホに表示された時計を確認する。
「八時になったね。猫上くんの身体に赤い線が出るのはこのぐらいの時間かな」
「いつもは後十分くらいしたら出てきます」
「それなら学校に侵入しようか」
「犯人を懲らしめましょう」
「あんまり調子に乗るなよ猫上くん。ここからは専門家の仕事だからな」
気分が高揚し、調子に乗り始めた猫上を諌める袋小路。
真っ先に校門へよじ登って校舎内に入った猫上は「分かっていますよ」と驕慢な態度で笑みを浮かべていた。
校門は鉄で出来ており、運動不足な結果は乗り越えることも一苦労だった。袋小路に手助けをしてもらうことで学校の敷地内に侵入し、歩みを進める。
進む先は宗匠がいる職員室。校舎の外からでも職員室には明かりが灯っていることが見て取れる。
袋小路が校門の内側に入ったことを確認してから結果は二人に声をかけた。
「それじゃ行こうか。今回の事件を解決しに」
結果を先頭に、袋小路と猫上が後ろをついてくる。
猫上の頭上に鎮座しているようかんは、その姿を訝るような目で見つめているのだった。
・
「夜の学校って始めて入るけど怪しい雰囲気だね」
「学校の怪談とかが作られるのもわかるな」
校舎内には明かりが灯っておらず、夜の帳が下りたように闇に包みこまれていた。辛うじて差し込む光は月光のみで、校舎の壁に遮られてしまえばその光さえも届くことはない。
玄関で外履きを脱ぎ、足音を立てぬように校内を進む三人。予め職員室の場所をチェックしていた結果が迷うことなく、目的へと向かって行く。
「学校の怪談って七不思議ですか?」
「この学校にもあるの?」
「聞いたことはありません。七不思議ってみんな知っている話なのに、その学校で語られることはない不思議な話ですよね」
学校の七不思議は『独りでに奏で出す音楽室のピアノ』や『動き出す身体模型』など、夜の学校で起こる不気味な出来事の総称。地方や学校によって変化し、様々な言い伝えが残っている。
有名な『トイレの花子さん』も地域によって異なり、場所によっては七不思議には入っていないこともある。
学校に侵入したことで、夜の学校が重苦しい雰囲気に包まれていることを知った結果は七不思議が発生するのも自然な事だと思い至る。
オカルトは人の恐怖や、面白可笑しく人を驚かそうとする精神から出来上がっていく事もある。都市伝説などがいい例だろう。都市伝説はオカルト掲示板で様々な脚色された事により全国各地へと広まっていった。
「不思議な話ほど広まるものなの」
「噂をするからですか」
「そう。人から聞いた話を完全に伝えることはできない。九割伝えて残りの一割は自分で補う。それをどんどん繰り返していったら元の話から脚色された話が広まる。噂っていうのはそうやって大きくなっていくの」
「狐狗狸さんもそうなのかも知れないですね。言われたとおりにやったけど失敗してますし」
猫上は悪びれもせずに笑った。
呪いに近いオカルトへ手を出しておいて、笑って誤魔化そうとする猫上に結果は苛ついたが、この事件が終われば関わることが無くなると自身に言い聞かせて怒りを鎮める。
猫上のような輩がいる限り、結果の仕事は無くならない。馬鹿が馬鹿な行動をした皺寄せが、事件を収束できる者の元へとやってくるのだ。
「無駄話はその辺にしておけ」
二人にしか聞こえない声量で袋小路は呟く。誰もいない校舎内で声量を出して会話をしていれば宗匠に気付かれてしまうのだ。
前方には扉に付けられた窓から光が漏れ出している部屋が見える。扉の上を見上げれば『職員室』と書かれた板が取り付けられていた。
「目的地に着いたね」
「犯人がこの中に居るんですよね。誰なのか聞いてもいいですか」
「見れば分かると思う。ここからは私の仕事。超常現象研究家兼探偵としてちゃんとやるから邪魔しないでよね」
「了解」
調子に乗っている猫上の一挙一動が結果の神経を逆撫でしていた。今から人の死に向き合おうと真剣な結果にしてみれば、軽い気持ちでいる猫上は本当に邪魔なのだ。
普段は巫山戯ている袋小路も結果の仕事現場では表情を崩すことはしない。結果の邪魔になることも、これから死にゆく人に対しての感情もあるからだ。
結果の探偵殺人は遊園地のアトラクションではない。テーマパークの待ち時間のように心躍らせている猫上に結果は侮蔑の眼差しを向けているが、高揚した猫上はそのことに一切気が付かない。




