こっくりさん(6)
「結果ちゃん。宗匠様の投稿の一番上をご覧ください。面白い投稿がされていますよ」
「どれどれ」
画面を上にスワイプして最新の投稿を表示させる。素早く流れていく画面に目の奥がズキンと痛むが、休憩をする前に宗匠が犯人という確固たる証拠を見つけておきたかった。
一番上に表示されている投稿を結果は確認し、にやりと笑う。
結果は自分の推理が正しかったことによる満足の笑み、四季は結果が満足をする情報を提供することのできた笑み。互いに笑みの意味は違えど、胸の内に抱く"宗匠へと突き付ける証拠"を発見した満足感は同じだった。
「全く。一般人がこんなものに手を出しちゃいけないと思うんだけどなあ」
「同感ですね。人を呪わば穴ふたつと古くから言われているのにも拘わらず、なぜ同じ過ちを繰り返すのでしょう」
「人間は自分だけは大丈夫って思う生き物らしいよ。他の人が大丈夫じゃないのに、自分だけが特別なんてあり得ないのにね」
宗匠の最新の投稿は二人が学校に侵入した日。時間的に二人を家に帰してから残りの仕事に取り掛かろうとしたタイミングだろう。
――あいつを呪ってやる。俺の仕事が多くなったのもあいつのせいだ。あいつが居なくなれば俺も楽になれるんだ。
「脅迫罪にならないのかな」
文言は誰かに対して被害を受けさせると捉えることもできる。
「特定の人物を名指しているわけではないので難しいのではないでしょうか。私たちからしたら、投稿のような思想自体が危険だと判断できますが」
「超常現象を信じていない人からすれば、呪うって言っちゃうくらい怒っているんだって思って終わりだろうしね」
呪いは非科学的なものであり、現実では相手に対しての不平不満を直接伝えず発散をすることと同義とされている。
人形に向かって相手の名前を言いながら不平不満を垂らし、不幸を願うことを呪っていると勘違いする人も多い。呪いとは相手の不幸を願うことであり、本質は間違えていないが実際に相手に不幸を起こすためには手順や道具が必要不可欠である。
有名なものは丑の刻参りに使う藁人形だろう。丑三つ時に神社へと向かい、御神木へ呪う対象に見立てた藁人形を五寸釘で打ち込むもの。現実で行えば神社への不法侵入と御神木への器物損壊に問われる。
呪いは科学的に肯定されていないため、それだけで犯罪とはならない。呪ったことを相手に伝えることで脅迫になり、呪う人間の起こす人間的な行動が犯罪に問われるのだ。
「端から見たら宗匠先生は仕事を全うしていて、不法侵入をした猫上くんと犬飼くんに怒っているだけだもんね」
「投稿自体が誰かに見つかったとしても憤っていた、で片付くかもしれません。ですが――」
「猫上くんの四肢に赤い線が現れる――お人形さん事件だ」
「呪いが偶然にも成功してしまった。それによって猫上様は疲弊している。そして数日もすれば最悪の場合死に至るでしょう」
「事件自体は何も起こっていない。でも被害者は出ている。こんなのは警察に行ったところで相手にもされないよ」
猫上は身の回りに不幸が起き、体調が悪くなっただけ。誰かが関与している証拠もなければ、監視カメラ等に姿が映っているわけでもない。
まるで世界に嫌われたかの如く、偶然の不幸が降りかかる様は運が悪かったと表現することしかできない。
結果が過去に携わった事件でも、被害者に精神疾患の症例があると判断されて事件性無しと判断されたものがあった。被害者の体を虫が這うような感覚と共に、視界の端には蠢く幼虫たちが見えると相談された時には病気の可能系を結果も真っ先に疑ったほどだ。
世間的に見えている世界と、実際に起こっている現象は乖離しており、本人にしか分からない負の世界が広がっている。
非現実の存在を研究する超常現象研究家は、世間の常識や通例など先入観を脳内から排除してから調査を開始する。現実世界ではあり得ない事象の研究に現実的な判断は足枷にしかならない。
「だからこその私たちですよ」
「最終的に加害者が悲惨な目に遭うのだけは嫌なんだけどね。目には目を。歯には歯を。受けたことと同じだけの仕返しをしてもいいと古代から言われています。人を殺そうとする呪いをかけた相手には、同じように殺される呪いが返ってくる。それだけの話で結果ちゃんが何かをしているわけではありません」
「気持ちの上ではね。今回も宗匠先生に真実を突きつけたら」
「十中八九、大きな被害を受けるでしょうね」
「見たくは無いけど私がやらないと猫上くんが死んじゃうんだよなあ」
結果は呪殺事件の時もギリギリまで犯人の元へは行かなかった。素早く解決しなければ被害者が死に至ることを分かった上で、犯人を殺したくない心も存在してしまい、すぐに動くことができない。事件の真相が分かってから動くまでに時間がかってしまうのだ。
お人形さん事件に関しては明確なタイムリミットがあるため、夏休み最終日の宿題のように期限に追われるようなことはない。
結果の動きに関わらず、どちらかが死ぬ。
「依頼をしてくれて、お人形さん事件の加害者じゃない猫上くんを助けることを優先しなきゃね」
眼前に表示されている宗匠の投稿を見つめ続けても内容が変わるようなことはない。誰かを呪う文言が記載されており、事件の犯人と結論づける証拠になっている。
お人形さん事件に於いて宗匠は加害者であり、猫上は被害者である。その関係性が変わることはない。
「その意気ですよ」
「四季はいいよね。直接人が死ぬ姿を見ることはないし」
現場に赴いて真実を突きつける結果に対して、四季は自宅から出ることがない。当然結果が探偵殺人を行う現場も見たことは無かった。
自身の推理によって人が死んでしまうことが分かってからは、結果も兆候が見えたときに目を逸らすようにしている。しかし目で見なくとも、人が死にゆく音や気配を感じることはできる。虚ろな眼で何かに操られるように死にゆく犯人の姿は何度見ても慣れるものではなかった。
「ええ。本当に。私が見る人の死はこの家に住んでいた人の者だけでしたから」
「そっか」
「もし今の私が死ぬ姿を直接見るとすれば結果ちゃんの姿になるでしょう」
「この家に住んでいる人間は私だけだからね。怖いこと言わないでよ」
四季は取り上げていた結果のスマホを操作して、宗匠のアカウントをいつでも観られるようにしていた。二人が持っているスマホは袋小路と結果が一緒に契約をしに行ったものである。
当初は自宅にネット環境が備わっており、外出することのない結果はスマホの必要性を感じていなかった。連絡手段の乏しさに困り果てた袋小路の熱意に推されて契約をしに行ったのだが、どうせならと結果は自身の機種と同じ物を二台購入した。
同じ機種のため、操作方法は同じであり、戸惑うこともなく四季は結果のスマホを操ることができるのだ。
宗匠のSNSを表示させた状態で結果のスマホは持ち主の元へと帰ってきた。
その場から動くことなく、一連の報告を受けた結果は今後の動きの算段を建てる。
「宗匠先生が一人になっているタイミングを狙わないといけないから突きつけに行くとしても夜だよね」
「残業をしていると仰っていましたし」
「今日の夜――は私が疲れて動けないだろうから明日の夜に決行しようかな。猫上くんにはあと一日だけ怖い思いをしてもらうことになるけど」
「今日の夜は左腕に赤い線が浮かび上がるでしょう。四肢に浮かびがある糸のような線と聞くと糸吊り人形のようですね。お人形さん事件とはぴったりな名前です」
「予想通りの結果で私のネーミングセンスも喜んでいるよ」
結果がお人形さん事件と名付けたのは、猫上の四肢に浮かんでいる線が糸吊り人形やマリオネットを操る糸のように感じたからである。大きな理由は別にもあるのだが、呪いによって猫上の行動や思考が狭まり、誰かに操られるように動く羽目になっている状況を皮肉ったネーミングだった。
呪いに踊り。
呪いに踊らされ。
呪いを掛けた物に生死を操られる。
「因みに聞きたいんだけど、四季だったらお人形さん事件にどんな名前を付けるの?」
四季の名付けは端的であるが物騒なのだ。関わっている結果たちは一瞬で理解をすることができる名前だが、事件の凶悪さや惨さを感じさせる名前が結果は苦手だった。
しかし超常現象研究家として怖いもの見たさの好奇心が抑えきれない時もある。
「私ですか?そうですね」
四季は目を閉じて少しの間無言で悩み始めた。
部屋に掛けられた壁掛け時計はアナログのため、時を刻む秒針が小さく音を奏でている。普段ならば気にならない小さな音も、無音になった空間では主張するように響く。
四季が悩んでいる間、暇になった結果はスマホを操作し、画面に映っている宗匠のアカウントから他にも情報がないかを探っていた。
宗匠が猫上を狙った理由も、どのような呪いを行ったかも見当は付いているが確実ではない。結果の推理が正しいかの証左は探偵殺人が起こることで証明されるのだ。
探偵殺人は結果が呪いを掛けた犯人に、真実を突きつけることによって呪い返しが発生していると結果は推測している。そのため、少しでも自分の推理に確実性を持たせるため情報収集は怠らない。
考えているの四季を尻目に結果が宗匠について調べていると、何かを思いついた四季はゆっくりと目を開けた。
「思い付きました」
「お聞かせ願おう」
指の動きを止めて四季に目線を向ける。
「私なら『悪縁契り深し事件』なんてどうでしょう?」
「いつもよりも長いね」
悪縁契り深しは悪い縁ほど結び付きが強く断ち切ることは難しいといった意味の諺だ。人付き合いで使われる諺だが、四季は呪いと絡めて事件の名称に使っていた。
呪いは人が人に掛けるものであり、そこには縁が産まれている。呪いが繋ぐ縁など悪縁にしか成り得ない。呪いで結ばれてしまった猫上と宗匠の関係は本来であれば断ち切ることが出来ずにどちらかが死んでいたのだ。
それを踏まえて四季は『お人形さん事件』を『悪縁契り深し事件』と名付けていた。
その後もお人形さん事件を解決するための動きを二人で相談していった。袋小路には四季から連絡を取り、作戦を決行する日は結果に付いていくようにお願いをすることや、猫上が関わっている問題なので猫上を同行させるようにする事など、着々と計画が出来上がっていく。
「あれ?このアカウントって」
結果もスマホを操作しながら四季と会話をしていたが、何気なく宗匠のアカウントを見ていると見覚えのある名前のアカウントが表示されていた。
宗匠のアカウントを何度も確認していた所為で、SNS側が勝手に同一エリアに存在しているアカウントを友人だと判断して紹介し始めたのだ。
「どうしました?」
結果はスマホの画面を四季に見せる。
「犬飼亀吉。犬飼様のアカウントですね」
四季に確認をさせ、再び自身の元へとスマホを戻した結果。犬飼のアカウントを開くと、直近の投稿も見られ、最近でも運用されていることが分かる。
丁度四日前には学校に忍び込んで怒られた事も書かれており、本人であることに間違いはなさそうだった。
投稿されている画像も新しいものでは女子と二人で遊びに行ったもの。投稿には『彼女が出来ました』と記載されており、画像に写る二人は笑顔で幸せそうだった。
「写真の中に猫上くんのやつもあるね」
「二人で狐狗狸さんをやるくらいですから仲はいいんじゃないでしょうか」
「犬飼くんとその彼女、それと猫上くんの三人の写真が結構多い。犬飼くんの彼女とも仲良かったのかな」
「男女の仲は私には――いえ、私達には分かりませんよ」
「私だって男女の仲くらい――。うわあ、嫌だ。何も言い返せない……」
投稿されていた画像を遡ると猫上も二人に混じって一緒に映っている写真が散見される。様々な場所に三人で行っているのか、背景に映る景色や植物の色づき方がどの写真も違った。
「投稿内容は特に気になることないかも?宗匠先生の呪いについては何も書いてない」
結果は画像だけでなく、投稿された文章もチェックしたが宗匠に関連付けられる内容は見つけることができなかった。
「犬飼様も猫上様と同じタイミングで宗匠様に怒られたのでしょう?それならば犬飼様に宗匠様の事を聞くのも手段だと私は思います」
「直接聞いてみればいいではありませんか。SNSですしDMでも送ればいいですし」
犬飼のプロフィールをタップすれば、他のSNSのアカウントやダイレクトメッセージを送るためのアイコンが表示されていた。ロックを掛けたアカウントで無ければアイコンが表示され、誰でもメッセージを送れるようになっているのだ。
「ふーん……。またこれかあ」
結果は画面を見ながらなにかに気付いたように呟く。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもないよ。犬飼くんにも猫上くんが不調に陥っていることは知られてると思うし、話を聞いてみてもいいかも。学校に忍び込んだ後の宗匠先生の様子とか、普段の様子とか。猫上くんに聞くだけじゃ分からないことを聞ければ、別の視点から何か分かるかも知れないよね」
人と直接話すことが苦手な結果だが、メッセージで会話をすることは苦に感じていない。
対面で話す場合には相手の反応や声のトーンが否応なしに目に入ってくるが、メッセージでは淡泊なやり取りのため気を遣うこともない。文章の推敲も出来るため、無意識に失礼な発言をすることもないのだ。
結果は犬飼のプロフィールからダイレクトメールのアイコンをタップして犬飼にメッセージを打ち込む。
お人形さん事件の解決に動くのは明日の夜と打ち合わせをして決まっていた。犬飼からの返答が明日の夜までに来る事を願いながら結果は送信の文字をタップした。




