こっくりさん(5)
宗匠と猫上のアナロジーから、呪いの正体が見えてくる。
猫上が普段関わる人間は学校内にいる人のみ。先入観から生徒だけに対象を絞っていたが、学校内には生徒だけではなく教師も在籍している。担任の教師ならば、ホームルーム等で接する機会も多く猫上と多分に関わっている。
猫上と犬飼が学校に忍び込んでこっくりさんを行ったことにより宗匠に目を付けられてしまった可能性が高かった。
『宗匠様に黒い靄は見えたのですか?』
その質問に、結果は呪殺事件の際に宗匠と出くわしていたことを四季に伝えていなかったことを思い出した。
道すがら見つけた黒い靄を纏っている人を一々覚えてはいないし、関わってくるなど想像もしていなかったからだ。伝えていなかった事を四季が怒ることはないが、少しだけ言い淀みながら結果は白状することにした。
「見えたよ。でも、私が宗匠先生を見たのは始めてじゃなくて」
『始めてではない?引きこもりで学校にも行っていない結果ちゃんが何処で教師と出会うのでしょう』
「辛辣すぎるよ。ちゃんと伝えなかったことをちょっとだけ怒ってる?」
『怒っていませんよ。ただ黒い靄を纏っている人の周囲には金蔓――いえ、依頼人がいる可能性もありますし、結果ちゃんがその調子だと仕事を逃す可能性があるなと思っただけです』
「やっぱり怒ってるじゃん」
『怒っていませんって。それよりも話が脱線していますよ。早く学校から出ないと結果ちゃんが生徒ではないことを露呈するリスクが増えてしまいます。本当なら歩きながらか、家に帰ってきてから話してくれれば良いのですが』
スマホの画面を見ると一時間目の授業が始まってから既に三十分が経過している。授業終わりの時間は分からないが、教師や生徒の移動を考えると早めに学校を脱出したほうが良かった。
「歩きスマホはダメだって四季が言うから」
『それならお家に帰ってきてからお話をしましょう。袋小路さんは呼んだほうがいいですか?』
「大丈夫。それよりもやっておいてほしいことがあるの」
壁から背中を剥がし、廊下の左右を確認する。玄関までの道のりには人の姿は一切見えない。扉の窓に映らないよう、体を屈めて移動すれば誰にも気付かれずに移動できると判断し、ゆっくりと結果は行動に移す。
『なんでしょう』
四季が結果の頼み事を断ることはない。コスプレの制服も即日配送を使ってすぐに手配をしていた。
呪いに関する事件は時間が掛かれば掛かるほど被害が大きくなっていく。殺人事件に限らず、軽犯罪であっても調査に動くのは事件が起こってからだ。それに対して呪いの事件は、事象が起こってしまえば手遅れになる。呪いが相手の命を取る前に解決しなければならない。
状況的にお人形さん事件に関わるお願い事だと察した四季。ゆっくりと移動を開始した結果のスマホ越しに、衣擦れの音とともに動き出した四季の音が聞こえた。
「無駄足になるかも知れないんだけどね」
『結果ちゃんが帰ってくるまでに出来ることでしょうか』
「大丈夫だと思う」
保健室の前を通過する結果は匍匐前進の如く高這いの姿勢で地面を這う。
電話口の四季が立てていた移動の音は止まり、椅子に座ったのか軋む音が電話越しに響く。結果が調査を頼んだことを皮切りに、自室へと移動しパソコンの前に座っていたのだ。
「宗匠先生。宗匠嚆矢っていう人の事を調べておいてほしい。もしSNSとかやっていれば突き付ける時に便利だからね」
『分かりました』
「漢字は芸術の師匠って言う意味の宗匠に、物事の始めを意味する嚆矢。変わった名前だから見つけようと思えば見つけられるかも」
『結果ちゃんが帰ってくるまでに見つけておきます』
「任せたよ」
『結果ちゃんも気をつけて。知らない人について行ってはいけませんよ』
「分かってるって。それじゃまた後でね」
四季からの返答を持ってから結果は通話を切った。表示されている時間は一時間を超えており、自身が調査のために頑張った成果が時間として表れていた。
その会話をする頃には結果の目の前に玄関が見えていた。ハリボテのバッグの中に入れていた靴を履き、校門を確認する。授業が始まっている時間に登校を確認している教師の姿は無い。誰にも見つからずに校内を出ることができると判断した結果は、なるべく校内にいる人に気付かれないよう、壁を伝って校門へと移動する。
学校から脱出をすることに成功した結果は、両手を天高く伸ばして伸びをした。緊張をしながら動いていたため、体の関節が凝り固まっており、パキパキと体内から関節の解れる音がする。椅子に座りっぱなしの普段とは別の関節から音が鳴り、少しだけ痛みを覚えたが、調査を終えた達成感からか痛みすらも心地よく感じていた。
朝が早いこともあり、太陽が体を照らす。家の中に入れば四季がカーテンを開けるが、窓は閉めており直接太陽光を浴びることはない。
健康のためには太陽光を浴びる必要があると言われているが、自堕落な生活をしている結果には必要性よりも面倒臭さが勝っていた。
「太陽の光を浴びるのって気持ちがいいね。今度からウォーキングとかしようかな」
太陽が東側にある時間帯は結果が外に出ている事が希少である。ウォーキングをしようと独りごちる結果だったが、三日坊主にすらならず家に着く頃には、帰り道を歩いた疲労から忘れていることだろう。
・
「結果ちゃん。宗匠様のアカウントがありましたよ」
疲労困憊で帰宅した結果は手洗うがい、そして着替えを済ませて自室で寛いでいた。人を駄目にするクッションへうつ伏せとなり、指先ひとつ動かさない姿から、倒れ込んだと評するほうが正しい。
その姿を見た四季は、子どもの成長を見守る親のように微笑む。結果を起こすこと無く、頼まれていたことの調査が完了した報告をする。
結果も身体は一切動かさず、クッションに向かって「さすが四季」と答えたが、その声はクッションの中に詰められたビーズへと吸収されて行く。
「そのままでは結果ちゃんの声が聞こえませんよ。首だけでも横に向けてください」
クッションに押し付けていた顔を横に向ける結果。眼前には正座をして目の高さを合わせていた四季がいる。
髪の毛の一本を掻き分けて掬うように四季は結果の髪を梳く。その手が数度往復をする頃には心地よさからか結果の目が細まって蕩けていく。
「今日はよく頑張りましたね」
「頑張ったよお」
「一回寝ちゃいますか?」
目を瞑ったまま口をもご付かせている結果を見て、眠いと判断した四季は睡眠を提案する。普段は起きないような時間からいつも以上に身体を動かした結果が疲労困憊と判断した。
一度寝転んでしまったことにより、体の筋肉が緩んで心地の良い血の流れを感じていた。
――今寝ちゃえば気持ちいいだろうな。
結果自身もそう思い、四季の提案に乗っかろうとしたが、脳裏に思い浮かんだ宗匠の姿は黒い靄が纏わりついていた。解決まであと数日と迫った事件を前に意識を手放すことは出来なかった。
「寝ない。後で寝る時間はあるし、今は先に四季の話を聞くよ」
「起き上がれますか?」
「無理そう。このままでもいい?」
「大丈夫ですよ。このままということは頭を撫でる手も延長しますか」
「それはいいよ」
言語化されると恥ずかしさが湧き上がり、頬を染めながら苦笑いを浮かべて四季が撫でる提案を断った。
四季は手を引っ込め、膝に手を置いて話し始めた。
「宗匠様のSNSのアカウントを見つけたお話をします」
「今ってユーザーネームっていうか、ハンドルネーム?みたいなのを使う人が多いでしょ?宗匠先生は珍しい名前だし、本名でやっていないかも知れないのによく分かったね」
昨今、ネットに個人情報を載せることが犯罪へと繋がるケースも少なくない。名前や住所などは伏せて匿名性を持ったSNS運用が主流であった。
その際に用いられるハンドルネームは本名から派生したものもあれば、好きな作品に出てくる用語、全く関係のない言葉など多種多様で特定の人物を見つけることは困難である。
「一応『宗匠嚆矢』という名前でも検索をかけましたが、万丈高校職員紹介等しか引っかかりませんでした」
「教員紹介?そんな物があるの?」
「正しくは科目紹介でしょうか。宗匠先生の教えている日本史が公式サイトに載っていましたよ」
「意外と教師の管理は杜撰なのかな」
「やはり入校の募集をするときには文字だけでなく写真が必要なのでは?生徒の顔は写らないようになっていましたが、宗匠先生の尊顔ははっきりと写っていましたし」
力の入らない腕をゆっくりと動かして結果はスマホをポケットから取り出す。その姿はナマケモノの如く、だらけきった様相に見えるが、一度休む態勢に入った身体には機敏な動きができない。
目の前までスマホを移動させ、『万丈高校』と打ち込み公式ホームページを閲覧する。科目紹介の所には、数時間前に顔を合わせて会話をしていた宗匠がしっかりと写っていた。
「確かに宗匠先生が写ってるけど、私が話した先生とは別人みたい」
「どういうことですか?」
「写真を撮るって言われてたから身嗜みを整えているのかもしれないけど、顔つきとかが違うね。今の宗匠先生は写真みたいな活気なんて全くない。見れば見るほど別人のように感じるよ」
「通話越しで聞こえた話ですと相当忙しいみたいじゃないですか」
「教員は大変だと聞いたことあるけど、同僚からも仕事を押し付けられて居るんじゃ溜まったものじゃない」
教員は給料に対して仕事量が多いと言われている。子供に対して授業を行う準備から、保護者の対応。部活動の顧問を教師が兼任している学校も未だに存在している。
教師といえど、働いているのは人間だ。労働に対して休息を取らなければ不調を来してしまう。現に宗匠は体調を崩しながらも教師としての仕事を行なっていた。
「その愚痴がSNSアカウントに載っていますよ」
四季は結果のスマホを取り上げて、自身のスマホの画面を見せる。そこには自動生成されたようなアルファベットと数字が不規則に並んだアカウント名で他人に対する罵詈雑言が並んでいた。
「これが宗匠先生のアカウント?」
「九割型間違いないと思います」
「どうやって見つけたの?」
宗匠嚆矢という名前からは辿り着くことのできないアカウントを発見した四季に恐れを抱きつつも、調べた方法を問う結果。
「猫上様と犬飼様が学校に忍び込んだ時が四日前。四日前の日にちで不法侵入や残業の文言が含まれている登校を片っ端から検索しました。運が良かったのは宗匠様が位置情報をオンにしてアカウントを運用していた所ですね」
結果が投稿されたページを確認すると、下部には県と市の名前が丁寧に表示されていた。本来は近辺にいる人と接触をすることができるように設定されている機能だが、その機能により宗匠のアカウントを特定出来たと四季はいう。
ネットストーカーと言われる、他者のアカウントを監視している人も居る。その人たちは対象が投稿した写真、そこに写り込む人、そして金属に反射した物体などから本人の特定をすることがある。
四季が行っていることはネットストーカーの手口と大差ないのだが、事件を解決する一助となっているため結果は糾弾することが出来なかった。
「調査以外で特定とかそういう事をしないでね」
「結果ちゃんの悪口を言う相手でも?」
「絶対だめ。私はインチキって言われるの覚悟で超常現象研究家をやっているんだから」
「冗談ですよ」
微小を浮かべながら応える四季だが、その目は笑っておらず、ネットの使い方を改めて相談する必要があると感じる結果だった。
「その話はまた今度ね。それで宗匠先生のアカウントって特定できた要因はまだあるの?」
「数年前から運用をしているアカウントらしく、学校付近の写真が投稿されていますね。遡ると教員として働くことになった旨も投稿しています」
「それで可能性が高まったってわけね」
「一番の理由は四日前の投稿――こちらをご覧ください」
四季はスマホを操作して、宗匠が四日前に投稿した文章を結果に見せる。
「えっと、『不法侵入してきたガキ二人がいた。唯でさえ仕事が忙しいのに余計な仕事を増やしやがって。ぶっ◯してやる』。……え、これ宗匠先生なの?別人みたい」
生徒に対して優しく、いい先生と言われていた宗匠イメージが瓦解していく。二重人格と言っていいほどに口が悪く、規制が掛かる言葉も遠慮なしに使っていた。
「この投稿で宗匠様と断定いたしました」
「私も宗匠先生のアカウントで間違いないと思う」
四季にスマホを支えてもらいながら、画面をスワイプして過去の投稿を遡る。宗匠が担当している日本史に関わる内容や、教員を連想させる単語などが散見され、宗匠のアカウントだと結果も確証を持つことができた。




