こっくりさん(4)
猫上が真実を言わないことで、猫上から得られる情報を完全に信じることができない。送られてきたメッセージに関しても信用は半々といえる。
ただ、自身が疲弊するほどの不幸に見舞われている事も事実のため調査をしている結果に対して虚偽を伝えることはしないと考えて行動するしか無かった。
「うーん。猫上くんのクラスに呪いを掛けている人の気配はしなかったなあ。猫上くんに死をプレゼントしようとしてるなら黒い靄が見えないはずはないし」
顎に手を当てて、独り言を呟きながら階段を下っていく結果。
思考を纏めるために声に出し、頭の中を整理する。この場に紙やペンがあれば思考のプロセスを纏めることも出来るのだが、結果の持ってきた学生鞄はハリボテで中には何も詰まってはいない。
「今日の夜には猫上くんの左腕に赤い線が出てきちゃうし、お人形さん事件の犯人を早く突き止めないと猫上くんが死んじゃうよね。どうしようかな」
自室から出ることのできない四季に、現場で知恵を借りることはできない。テレビ電話で伝えようにも、超常現象の類はカメラに映らないため正確な情報伝達をすることは不可能である。
結果は二年生の教室がある三階から階段を下って一階へと向かう。授業中に階段を使う生徒はいないため、足音が嫌に響いてしまう。
人付き合いが苦手という理由の他にも結果が素早く調査を行い、学校から出ていかなければならない理由がある。単純に生徒や教師以外の人間が学校の敷地内に忍び込んでいることが判明すると問題になってしまうのだ。
警察を呼ばれ、連行されてしまえば話を聞きつけた袋小路から叱責を受けてしまう。
結果が事件を解決するときに監督をしていることも相まって、警察の中では結果の起こす厄介事には袋小路が駆り出されるようになってしまったのだ。
大雑把な袋小路だが、刑事として規則やルールにはある程度厳しい。学校への不法侵入がバレてしまえば面倒なことになる。
長居をすれば、それだけ結果の顔が他の生徒に知られる可能性が増え、学校の生徒でもないとバレるリスクが高まるのだ。
「クラスには呪いと関わっている人は居なかった。そう仮定して帰ろう。今日が赤い線が現れて四日目ってことは、明日と明後日は余裕がある筈だし、猫上くんの行動を逐一観察すればいいかな」
超常現象研究家としても、探偵としても、被害を食い止めることを最優先にしなければならないため、自身の行動を制限されては困るのだ。
「そうと決まれば早く帰って四季と相談しよ」
思考しながら下っていた階段は、気がつけば先がなくなり、結果は一階へと到着していた。階段から下駄箱までは直線の廊下を進めばすぐに着く。その途中にはトイレと保健室しかなく、人に見つかる可能性は少ない。
結果も人と出会う可能性は殆ど考えずに、呆けた顔をしながら歩いていた。
結果が丁度保健室の前を通過しようとした時。
「すみません。助かりました」
「宗匠先生。ちゃんと休んでくださいね」
「ははあ。出来ることなら僕も休みたいんですが」
目の前の保健室から草臥れたスーツを着た男が出てきたのだった。突然のことに驚いた結果は、近くにあった柱の陰に隠れる。敵対する大型動物を発見した小型動物のような速度で移動する結果。
「(あれって宗匠先生だよね。猫上くんの担任の)」
目の先に見えるのは呪殺事件の時、猫上と袋小路を待っていた際に話しかけてきた教師だった。あの時の表情も酷く窶れて見えたが、その時よりも更に隈が濃くなり背中も丸まっていた。
掛けている眼鏡は曇り、汚れが付着している。髪形も何とか形を保っている七三分けだが、ストレスからボリュームがないように見えた。高くはないスーツの裾は張りをなくし、着ている本人の写し鏡となっていた。首からは入校許可証のようなものをぶら下げており、『宗匠嚆矢』と振り仮名付きで名前が書かれていた。
「(前会った時よりも黒い靄が強くなってる。本人が醸し出す憔悴しきった感じもあってゾンビみたい)」
宗匠は顔色も悪く、朝一番に保健室へ行くよりも病院に行ったほうがいいと結果が思うほどだった。保健室にいる養護教諭と少しの会話をした後、保健室から出て後ろ手に扉を閉めた。
大きくため息を吐いて、肩の力を抜くと、朧気な道を歩む足取りで結果の方へと歩き出していた。
結果は柱の陰に隠れてやり過ごそうとしたが、ふらふらと千鳥足で歩く宗匠に危険を感じ、見て見ぬふりができなかった。
「あの、先生。大丈夫ですか?」
人と関わることが苦手ですぐにパニックになる結果だが、困っている人を放置できる性格はしていない。そのような性格をしていたら、人が受けた呪いの被害を解決するために探偵などしていない。
人から散々な目に遭わされていても、自分がそのような人たちと同じ存在にならないため、結果は人を助けずにはいられなかった。
「あれ。今は授業中じゃないですか?」
声を掛けられたことで宗匠は結果のことを認識する。学校にいる制服を着た少女が、万丈高校の生徒ではないと考えることはなく、自身の知らない学年の生徒だと宗匠は判断した。
宗匠はスーツ捲り、左手首に巻き付いた時計を確認する。時刻的に授業中のため出歩いている生徒がいる事に疑問を持っていた。
「そうなんですけど、朝から体調が悪くて」
結果が声を掛けると、宗匠は廊下の壁際に向かい、壁を背もたれにして体を支えながら結果と会話をする。
女子学生が体調不良を訴えた時に、下手な発言をするとセクハラになってしまうため、不用意な発言は控えるようにと言われていたことを宗匠は思い出していた。
結果も宗匠が探ってくることがないように、敢えて男性教師が答えにくい回答をしていた。
「保健室ですか。体調悪くても学校に来たのは偉いと思いますよ」
「ありがとうございます」
「私のことは気にしなくても良かったのに」
「宗匠先生の調子悪そうな姿が見えてしまったので、大丈夫かなと」
目の前にゾンビのような人間がいて気にしない事など無理だろうと結果は思ったが口には出さずにことばを飲み込んだ。
何かの拍子に倒れて、気を失ってもおかしくない歩き方をしていた人間が、大丈夫な理由がなかった。結果には、始めて会った時の去り際よりも人間として欠落しているように見えていた。
「生徒に不甲斐ない姿を見せてしまいましたね。ここのところ残業続きでして……。もう少ししたら楽になると思うんですが」
苦笑いを浮かべながら宗匠は結果に話す。
その眼は一度も結果と合うことはなく、宗匠の瞳は虚空を映し出していた。
「残業?校内に残って仕事をしているんですか?」
「そうですよ。他の先生に押し付けられ――失礼。他の先生の仕事を私がやることになってしまいまして。それに先日は夜に校内へ忍び込む生徒もいて大変だったんですよ」
窶れている表情からは分からないが宗匠の年齢は余り若く見えない。他の教師から仕事を押し付けられたと溢した愚痴を結果が見逃すことはなかった。
少なくとも宗匠は他の先生から仕事を押し付けられる形で残業をしている。その恨みが積もって、誰かを呪い、黒い靄が現れているのかも知れない。
「それは大変でしたね。余り他の先生のことを恨んだりするのは……」
「それはしないようにしてますよ。誰かを恨んだりする事は負の感情です。負の感情からは何も生まれないと偉人たちが証明していますし」
何食わぬ顔で相槌を打ちながら、結果は猫上から聞いた宗匠の情報を思い出していた。宗匠は人から物事を頼まれたら断れない性格の日本史を担当している教師と言っていた。
面と向かって話してみると、生徒に対して威圧的な態度を取ることはなく、結果のことを考えて諭すように会話をしてくれることから生徒思いの優しい教師なのだろう。
しかし、宗匠には黒い靄が現れており、呪いに関わっている事は確実である。黒い靄は呪いを掛けている加害者に出ることが多い。優しそうな相貌の裏に燻っている心の内があると結果には分かっていた。
「生徒に話す内容ではありませんでしたね。調子が悪いのでしょう?引き留めてすみませんでした」
「ひとつだけ聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
「さっき言ってた深夜に忍び込んでいた生徒って誰なんでしょう?」
普通なら生徒の情報を話すことはしないだろう。
だが、今の宗匠は満身創痍で頭が働いていない。聞かれた質問に思考のリソースを割かずに条件反射で返答をしてしまった。
「猫上くんと犬飼くんですよ。私のクラスの。彼らが何をしていたのか知りませんが、夜の学校に忍び込み遊んでいたみたいです」
「それはいつのことですか?」
「四日前でしょうか」
猫上が校舎に侵入して狐狗狸さんを行った日にちと、宗匠が二人を注意した日にちが一致していた。
二人の名前を出す時に、一瞬だけ宗匠は苦い顔をする。校則としても、人間としても駄目な行いをした二人を叱責したことを思い出しているのか、それとも――。
「そう言えば、貴方はどこのクラスの生徒ですか?体調が悪いのならそちらの担任に伝えておきますが」
「予め言ってあるので大丈夫です。その、宗匠先生もお大事になさってください」
結果は自分がどこのクラスにも所属していないことがバレないよう、早々に退却をするため、早口で宗匠に別れを告げる。思い出したかのように腹部に手を添え体調が悪いふりをした。
「そうですか。貴方も体調には気をつけてくださいね」
宗匠は結果が体調を崩していると信じ、それ以上言及はしなかった。結果から視線を外すと壁にもたれ掛かっていた背中を離して、会釈をしてから宗匠はその場を離れていく。
去りゆく姿は相変わらずの千鳥足で前が見えているのかも怪しかった。
疲労困憊し意気消沈した宗匠から黒い靄には結果だけが気付いている。呪いに強く関わっている人間だけが纏っている黒い靄。
「分かっちゃった分かっちゃった」
宗匠の姿が見えなくなったタイミングで結果はニッコリと笑い、リズムを刻みながら呟いていた。学校でなければスキップをしながら鼻歌を歌っていただろう。
結果の中で推理の筋道が通った。
猫上の発言、そして宗匠の言葉を思い出せば答えは案外単純で、教室の中に呪いをかけている人の気配がいなかった事にも納得がいく。
『何がですか?』
「うわっ」
その声を聞いていたのは繋ぎっぱなしにしていた電話の向こう側にいる四季だけだった。
階段を降りている時には既に通話を繋いでいることを忘れていた結果は、自身のポケットから響く四季の声に驚いて小さく声を出してしまった。
『結果ちゃん、通話を繋げたままなの忘れてましたね?』
「宗匠先生と会話をするのに夢中だったよ。っていうことは四季も宗匠先生の言っていたこと聞いてた?」
『聞いていましたし、猫上様と犬神様が学校に忍び込んだことが事実ということも分かりました』
電話口で淡々と話す四季は、結果が本当に言ってほしいことを言わない。
「もう。聞いてたなら分かるでしょ。宗匠先生と猫上くんの関係」
『あら、教師と生徒以上に密接な関わりがあるのですか?』
ネットサーフィンをしていれば本来得る必要のない知識が副次的に頭に蓄積されることがある。
例えば目的の語句を調べている時、周囲にある関連する情報や単語のリンクをクリックすることで別の情報へと移動する。本来の調べごとを忘れてしまうほど熱中してネットの海を彷徨うことは人間なら誰しも経験をしたことがあるだろう。
四季はオカルト掲示板を見ながら情報収集をしているが、他にも様々なサイトを見ている。詳細に何を閲覧しているかを結果は知らないが、昨今のサブカルチャーに詳しいこともあって見ている系統は予想がついていた。
教師と生徒の関係など学校内で教える側と受ける側しかないはずだが、含蓄を持たせた言い方を四季がした所為で結果はネットを与えたのが失敗に感じていた。
「あんまりそういうの見ないほうがいいよ」
『時代が変わっても人々の独創性は変化しませんね。私が経験した時代でも男色家は居ましたし、今で言う同人誌の類が描かれていたこともありましたよ』
新選組屯所の隣に実家がある人の家から、副長と一番隊隊長の官能小説が出てきたこともある。今から百五十年以上前の人間も、男性同士の恋愛を妄想し含み笑いをしていたのだろう。
四季がどれほど生きているのか結果は知らないが、何百年も生きていれば多様な人間を見ている。変化していく時代の中で、何も変わらない人間の形が自身の妄想を創作で表すこととは脱帽するばかりであった。
「そんな事はいいんだよ。本題に入ろう」
結果は廊下の端に寄り、なるべく声を立てないようにスマホに口を近づけて話しかける。ビデオ通話だったが結果が近づきすぎている事もあり、四季からは真っ黒な画面しか見えない。
『宗匠様が猫上様を呪っている犯人の件ですか?』
「分かってるじゃん。それだよそれ」




