こっくりさん(2)
動物霊――それも狐狗狸さんと名前の知られた存在が猫上に憑いているのならば結果と四季が見えないはずはなかった。
今日に限って見えなかったわけではなく、前回もようかん以外の動物霊の姿は見ていない。
呪殺事件に着いてきた事から、狐狗狸さんが四季のテリトリーである自宅に入れなかったとは考えられないのだ。
「十中八九、狐狗狸さんによる仕業ではないよ」
「私もそう思います」
「途中でやめたって言ってたし、まじないが成功しなかったのかも」
「先日、ようかんと話をしましたが特別なことは何も言ってませんでしたし」
「ようかん喋れるの」
結果から見たようかんは自由気ままに猫上の周囲を動き回っている黒猫だ。喋っている姿どころか唸っている姿も見ていない。
「猫上くんを守っている動物霊だから何かしらの力はあるとは思っていたけど、喋れるのは想定外」
「結果ちゃんには聞かれないように注意していたのではないでしょうか」
ようかんが四季に話しかけたタイミングは結果と猫上が居なくなり、四季が一人になった時だった。タイミングを見計らって四季へと話しかけた事に意味があるのだろう。
「どんな事を話したの?」
「実のある話は何も。猫上様を虐めるなとお叱りを受けたくらいですね」
四季は猫上を揶揄っていた自覚があるようで、ようかんに言われたことを思い出して小さく笑う。自身の行いに反省するところが思い当たらない四季は猫上の対応を変えるつもりは全くなかった。
猫上が小柄な結果に舐めた態度を取っていたため、我が子を守る親のように四季は猫上に対していい感情を持ってはいない。敢えて危害を加えるようなことはしないが、困らせる程度なら問題ないと考えている。
妖怪という得体のしれない存在に、その感情を向けられた猫上の事は一切考えていない。
四季にとっては守るべき家に住んでいる結果が最優先である。結果を守ってくれる袋小路の事は友好的に思っているが、依頼人に関しては無関心かほんの少しの猜疑心を持っている。
家の外に結果が出てしまえば自分の力でどうすることも出来ない四季は、結果を守るためにも関わりを持つ人に対して警戒をする必要があった。
「四季って猫上くんに対して厳しくない?」
普段自分と接してくれている四季と、猫上と話している四季の雰囲気に乖離を感じた結果は疑問をぶつける。内心では四季が自分にだけ優しく、他の人には厳しくしていることによる独占欲の喜びがあった。
「だって猫上様は結果ちゃんと違って可愛らしく無いでしょう?」
四季の持つ独占欲は主従でも対等な関係でもない。形容するならば力を持つ人間が、知能の高いペットを愛でるようなものだった。
守らなければならない――この感情は強者が弱者に対して向けるものである。四季の家に関して言えばどのような存在よりも四季が圧倒的強者なのだ。家にいる限り結果に不幸は訪れないし、四季にも不幸は訪れない。ケージに入れられたペットのように結果は四季に守られている。
「結構かわいい顔立ちしていると思うけど」
「そういうことじゃありませんよ」
「四季の好みではなかったかあ」
「結果ちゃんが一番ですから」
四季はクッションに持たれながら結果に聞こえるようにはっきりと宣言をする。
その言葉は普段から言われ慣れている物だったが、言われる度に結果は照れてしまう。物心がついた頃の記憶から四季と出会うまで、結果は他人に肯定されることが多くはなかった。
「私も四季が一番」
「それはうれしい限りですね」
会話に花が咲き、互いに背もたれのある状況にくつろいでいる。和やかな雰囲気は温泉にでも使っているように感じるほど心地の良いものだった。結果は四季に言われた言葉を噛み締めて緩む顔を抑えようとはせず、四季も日頃の疲れを癒すようにクッションに体重を預けている。
今日はこのままゆっくりと過ごそうかと結果が思い至った時、霹靂のように重要な会話が途中になっていたことに気づいた。
「――そうじゃなくて、猫上くんの依頼の話をしないといけないよね」
話が逸れた結果、ほんの数十分前に受けた依頼内容について纏めることを忘れかけていたのだ。
「話をそらしたのは結果ちゃんですよ」
ようかんが喋れると聞いて、興味を持った結果が掘り下げに行ったことで話が逸れてしまった自覚が結果にはある。
反論をしてしまえば再び話が逸れると思い、自身の行動は水に流して本題へ入る。
「そういうの今はいいの。大前提として依頼の内容をまとめると『猫上照が被害に遭っている超常現象の謎を解明する』ってことでいいんだよね」
「間違いはないと思います」
「不幸に会うことが多い。右腕右足に謎の線。このふたつが重要だけど私の考えだとどうも結びつかないんだよね」
狐狗狸さんが対象に直接危害を加えるという話を結果は聞いたことがなかった。基本的には周囲の物を動かして被害を生み出す怪異。体の一部分にだけ傷を与える事などできないはずだった。
「まるで鎌鼬だね」
鎌鼬は風に乗って現れ、刃物で切られたような鋭い傷を与える妖怪。猫上も傷を受けた時は引き裂かれるような痛みが合ったと言っていた。
鎌鼬から受けた傷は痛みや出血がないと言われており、猫上の症状とは似て非なるものだ。
「鎌鼬はスキンテアと言う、風が皮膚表面を急激に冷やすことで皮膚が裂ける現象だとネットで見ましたよ」
「鎌鼬も妖怪でしょ?座敷わらしである四季が鎌鼬の正体をネットで見たって言っていいのかな」
「事実、私は鎌鼬を見たことはありません。それこそネットどころかこの世に蔓延る人間たちと鎌鼬に関しての認識は変わりませんよ」
同じ妖怪だとしても見たことの無い妖怪に対しては人間が持つ感情と大して変わらない。四季が妖怪である以上、鎌鼬という妖怪の存在する可能性が人間よりも高く考えられるだけで、他者の意見に流されてしまうこともある。
百聞は一見に如かずとはよく言ったもので、自分の目で見ない限りは不特定多数の伝える情報を自分の中で組み立て、それが事実であると誤認してしまうのだ。
猫上が『狐狗狸さんで不幸な目に遭う』といった情報だけで全てを狐狗狸さんの所為にしてしまうように。
「取り敢えず狐狗狸さんについて調べる必要もあるかも」
「その辺りは追々でいいでしょう。先に調べないと手遅れになりそうな事態があるでしょう?」
四季はクッションから起き上がり、床に正座をして結果の方を向く。
四季の言葉に重要な意味を感じた結果も、ゲーミングチェアを回転させて四季の方へと体を向けだ。
奇しくも二人が互いに向き合ったのは示し合わせたように同じタイミングだった。
「やっぱり四季も思った?右腕と右足の線」
「ええ。あれは結構不味いですよ。最悪の場合死に至ります」
「そうだよね。私もそれを思った。誰かが猫上くんを殺そうとしている。狐狗狸さんと腕と足の線は別問題って考えたほうがよさそう」
「今日の夜と明日にかけて左足、左腕と線が増えるようなら確定でしょう。その頃には残り三日しかありませんが」
「予測を立てて動く必要がありそうだね」
結果たちの予想が確かならば猫上の手足に現れた線はカウントダウンを示していた。現状では不確かな情報しかないが、今日の夜に左足にも異常が起これば確かなものとなる。
猫上が痛い思いをすることは仕方がないと割り切り、猫上が死なないように立ち回る必要がある。猫上が何らかの嘘をついているとは言え、依頼を申し入れてきた相手を殺したいわけではない。
ただでさえ結果は自身の力によって人を殺してしまう機会が多いのだ。救える命ならば、救わない手はなかった。
「それにしても猫上くんは何の嘘を付いているんだろう」
挙動不審な行動を取っていたが、話す内容にどのような嘘が混じっているか未だに分かっていない。
狐狗狸さんの話自体が嘘、という可能性は少ないだろう。超常現象研究家である結果に付く嘘としては杜撰すぎるし、付く必要性を感じない。
友人と共にやったこと、途中で止めてしまったことも嘘としては弱く感じる。
自身が被害に遭っているにも拘わらず、真実を隠さなければいけない状況が結果には分からない。
「嘘というものは虚偽を伝えることだけに限りません」
「どういうこと?私の知ってる嘘って相手に真実以外を伝えることだって認識してるけど」
「それも勿論嘘になります。もしかしたら猫上様は真実を伝えないという選択をしたのかもしれません」
四季の言葉に首を傾げる結果。自身の発言と四季の発言は同じことのように聞こえるが、四季からしたら別物らしい。
「一緒じゃない?」
「私が言いたいのはですね。虚偽を伝えるわけではなく、真実を伝えなかった可能性です」
結果は更に頭を悩ませることになった。
四季はいつでも結果の事を助けてくれるが、結果に全てを教えてはくれない。結果が答えにたどり着くように、餌をまきながらゴールへと案内をしてくれる。
その餌に気が付かない限りゴールへの道筋は見えないのだ。訓練ともいえる四季の遠回しな教育の成果が、結果が探偵として推理をすることに繋がっている。
四季の言葉を何度も反芻し、自身の考えで補強していくと、結果はひとつの可能性に気付く。
「もしかして何かを隠しているってこと?嘘は言ってないけど、大事な何かを私たちに伝えなかったってことかな」
「その通りです。よく出来ましたね結果ちゃん」
「いえーい」
「しかしあくまで可能性です。猫上様の心の内は猫上様にしか分かりませんので」
洗い浚い曝け出せずに、自身にとって都合の悪い事実を隠して説明をしていた場合、嘘をついているというよりは何かを隠していると言ったほうが正しいだろう。
自身の身が危ぶまれている現状で自己保身に走るほどに隠したい情報とは何なのだろうかと結果は悩むも、四季の言った通り、答えを知っている人は猫上しかいない。
結果は猫上の説明を思い出す。
興味津々だった犬飼に誘われて狐狗狸さんを行ってしまった猫上。やっている途中で犬神が飽きてしまい、正しい手順を行わずに終了した。その後から猫上は自身の身に不幸が起こり結果のもとを訪ねてきた。
この中に猫上が隠す必要のある情報は見当たらない。
「駄目だ。全然分からないや」
「狐狗狸さんに関しては後回しでもいいと思います。先に解決しなければならないことは四肢に現れた線のことです」
「そうだった。狐狗狸さんは猫上くんの思い込みの可能性もあるからね」
四肢の線と狐狗狸さんは別問題。
全ての事象が赤い線に繋がっている可能性もあるため狐狗狸さんは一旦保留にして、結果たちは赤い線の件へと集中することにした。
「それなら何時ものように依頼名を考えなければいけませんね」
「一応狐狗狸さんは狐狗狸さん事件って名付けようよ」
結果たちは自分たちが請け負っている依頼を認識しやすいように毎回依頼に名前を付けている。呪殺事件も自身で名前を付けていた。
過去には呪いの道具に使われた人形の名を使った『くまちゃん事件』や森の中で自殺者が増えている件を解決した『首吊りの森事件』など可愛らしい名前から恐ろしい名前まで沢山の依頼を名付けてきた。
可愛らしい名前を付けるのは結果であり、不気味な名前を付けているのは四季だ。当然『呪殺事件』と名付けたのは四季。
「捻った名前は止めましょうね」
超常現象の関わる事件は内容が悲惨になりがちだ。最終的に結果の推理で犯人が死んでしまうことも少なくはない。せめて名前だけでも、と結果は可愛さを求めていた。
しかし、その命名で何かが変化している訳ではない。悍ましい事件に可愛い名前が付いていれば、可愛い人形の出てくるホラー映画のように不気味さが増すだけである。
「それなら赤い線?運命的で嫌だ」
「それは赤い糸ですよ。事件の概要が私たちに分かれば何でもいいんです」
「それなら単純に行こう。依頼名は『お人形さん事件』」
「丁度いいネーミングです。本当に」
結果の出した名前に小さく拍手をして褒める四季。
斯くして、猫上の四肢に赤い線が現れる様を、人形を操る糸に見立てた『お人形さん事件』の調査が始まるのだった。
「そうだ。四季にお願いがあるんだよ」
結果は自身の座っているゲーミングチェアからゆっくりと降り、四つん這いの状態でゆっくりと正座をしている四季の元へと向かって行く。
徐々に近づいてくる結果を受け入れるために四季も両手を広げて、自身の懐を大きく開いた。
真っ直ぐに向かって行った結果は四季のお腹に吸い込まれるのように、頭を四季に押し付けた。自身の腹部に結果の頭を吸い込むことに成功した四季は、結果の小さな頭を抱え込み、耳元で声をかける。
「お願いですか?私にできることなら何でも言ってください」
優しくて、蠱惑的な柔らかい声が結果の鼓膜を震わせる。
頭を抱え込まれた結果は仕返しとして四季の腰に手を回して抱きついた。
お互いを信頼しているからこそ行われる二人だけのスキンシップ。ビジネスパートナーとして、この世界に存在する唯一無二の理解者として、妖怪である四季の存在を確かめるために結果は四季に触れるのだ。
自身の見ている世界が幻想ではなく、手で触れることのできる現実だと自分に言い聞かせるため。
「ほんと?」
「はい」
四季に抱きついたまま顔を上げると、結果と四季の視線が重なり合う。優しくほほ笑んだまま、結果の事を引き剥がそうとはせずに柔らかく抱きしめる様は母親のようだった。
近くで見ると、人間離れした目の輝きへ吸い込まれそうになる。妖怪である四季は当然ながら人間ではないが、人間と同じに見える容姿をしている。人間と同じスピートで世の中を生きるためには人のふりをする事が重要なのだ。動物の姿を取っている妖怪は人の社会ではなく動物の社会で生きるために変化して行った。四季のように人間社会に溶け込むように変化をした妖怪は多々いるのだ。
結果が見つめる四季の目は暗闇のように綺麗だった。陰影に富む四季の性格が、瞳に表れている。四季の暗くとも、輝いて見えるビードロ玉のような目には、彼女を見つめる結果の姿が映っていた。
「結果ちゃん?どうしました?」
見つめ合ったまま動きが止まった結果を心配して声をかける四季。その声に吸い込まれていた意識を取り戻した結果は少し焦りながらも四季に返答をする。
「お願いなんだけど、四季に用意してもらいたいものがあるんだ」
「用意してもらいたいものですか?」
「いえーす。私もコスプレをしてみようかなって思ってね」
結果の口から出たお願いは人を超えた長い時間を生きてきた四季でも、すぐに理解をすることが出来ない物だった。
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その日の夜。結果のスマホには一通のメッセージが届いた。
『結果さん。左足に赤い線が浮かび上がりました』
暗い部屋でスマホの光に照らされた結果の顔は、予想が当たっていた嬉しさから笑顔が浮かんでいた。




