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【深海の人魚─月を見たくて─】
深海から見上げる水空は
水底と同じ闇だった
光の欠片すら届かず
息を潜めねば喰われる世界
それでも私は
自ら灯すことを覚えた
黒い鱗に揺れる燐い光
その揺らぎがとても美しい
そして消えぬ
上へのあこがれ
誰が聞いたか伝えたか
いにしえの伝説には
海の真上にも同じ闇があり
そこに丸い光が浮かぶという
白ではなく淡い色の光
私は決めた
この場所を離れて上へ
ただ上に向かっていく
私を狙う巨影を避け
水圧に軋む身体を抱え
光の筋をすり抜け
青い海を抜け
また黒へ沈む海を抜け
ああ──
この揺れる小さな光は
私はついに
海面へたどり着き
ただ真っすぐに
真っすぐに見上げた
深海の闇と同じ空に
丸い光があった
淡く静謐で
見たことのない無二の色で
私の鱗の光のように
ひっそりと美しかった
その瞬間
限界がきた
膨らむ身体
はじける音
散る血と肉片
飛ぶ鱗の燐光
そして
遠のく意識
それでもいい
伝説は真実だったから
丸い光はそこにあった
深海の人魚は
明るい海にいる同族とは違う
私は泡にはならず海へと還る
血肉は仲間の糧に
鱗は闇に
意識は海に溶けていく
私のすべては──
ただ充実に満たされていた




