月の下のバス停と帰れないものたち
まよい森のずっとずっと奥。まるで地図にものっていないような道のはてに、ぽつんと「バス停」があります。
けれどそこには、バスなんてやってきません。時計もとまったままで、いつの時間もさしていません。
だけど、そのバス停にはまいばん、ひとり、またひとりと、「おばけたち」がやってくるのです。
コトリがそれを知ったのは、ある夜、森でまいごになったときのことでした。
その夜、道がわからなくなったコトリは、葉っぱのしげみに足をとられ、ふと見あげると、そこに、ぽつんとバス停がありました。
「……え? 」
ベンチには、ひとりの女の子のおばけがすわっていました。長い髪をひとつにむすび、少ししょんぼりした顔。
「ねぇ、ここ、どこ?」
コトリが聞くと女の子のおばけは、ふっと顔をあげて言いました。
「どこでもないよ。かえる場所がないものたちが待つところなの」
「どうゆうこと?」
「わたしね、どこにかえっていいのか、わかんないの。まちにも家にもだれかにも、もうなにもつながってないの」
ベンチのうしろには、ほかにもカバンをだきしめたおばけ、うしろむきで立ちつくすおばけ、涙をぬぐいながら笑ってるおばけ……
みんなが、どこにも行けないまま、ただそこにいました。
コトリは、おばけたちといっしょにベンチにすわって、ぽつりとつぶやきました。
「かえる場所って、どんなところなんだろうね」
すると、となりの女の子のおばけが、少し考えて言いました。
「うれしかったことを思い出せるところ……かな?」
「それなら、かえる場所あるかもしれない」
「え?」
コトリは、ポケットから、ふしぎなビンを取り出しました。
それは、おばけたちとの思い出がつまったスパイスのビン。
ふたをあけると、ふわっと、あたたかなにおいがひろがりました。
おかゆのにおい。
夜のおしゃべりのにおい。
だれかが、だれかを思っていた記憶のにおい。
その香りに、バス停にいたおばけたちは、すこしだけ笑いました。
「なつかしい」
「おかあさんのにおい」
「こえが聞こえた」
そのとき、止まっていた時計の針が、カチッと動きました。
そして、どこからか、遠くで何かが走ってくる音がしました。
「……え?」
遠くから光のバスが、森の中を走っているのが見えました。
そしてバスはちゃんとバス停にとまり、扉が開くとやさしい声がしました。
「おかえり」
おばけたちは、それぞれベンチからそっと立ち上がって、ひとり、またひとりと、バスにのっていきました。
女の子のおばけが、コトリの手をにぎって言いました。
「ありがとう。あなたのおかげでかえりたい場所を思い出せたよ」
そう言って、バスにのったおばけたちは手をふりながら月の光の中へと消えていきました。
朝、コトリが目をさますと、ポケットのビンはすこし小さくなっていて、中のスパイスが、ひとつぶだけへっていました。