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「そこで、こうするの。多分、届くはずだから。……風の神様、御力を……」
カナエは風の神様に語りかけ、その力を借りた。カナエの周囲に、吸い寄せられるように、風が集まっていく。その風の流れを、カナエはまるで巻き取るように、機織りのように、操って形を整えていく。
やがて、思い通りの形ができたらしいそれを、カナエは放つ。同時に、大声を出した。
「わたしの名は、カナエ! もう一人は、アキカズ! わたしたちは、あなたたちの敵ではない! むしろ味方! この山の異変を解決し、風や川の病を治したいと思っている!」
その大声は、カナエの術の効果により、雷鳴のような大音響となって轟き渡った。ここが、人口百人程度の村であったなら、全ての家の全ての部屋、どこで熟睡していても確実に起こされてしまうだろうというほどに。
あまりのうるささに耳を塞いだアキカズの前で、カナエの大声は続く。
「今、山に大勢いる武装した人間たちはみんな、同じ目的で動いている仲間! あの、山火事になっている場所にも、それが大勢いる! わたしたちは彼らの救援と、消火に向かう! わたしたちのことを知りたいなら、そして山を救いたいなら、着いて来て欲しい! 以上!」
そこまで言ったところで、カナエが紡いだ風の流れは散った。
元通りの声で、カナエはアキカズを促して、走り出す。
「さ、行きましょ。正騎士も詰めてるはずだから、特別に強いモンスターが襲って来てるとしても、そうそうやられはしないと思うけど。そういうのが一匹二匹とも限らないからね」
「……あの二人、来てくれると思うか?」
カナエと並んで走りながら、アキカズが訊ねた。カナエは答える。
「こっちから向こうもそうだけど、向こうからこっちだって、謎だらけのはずよ。わたしたちを敵視しているなら猶更、情報を得る必要ありと思うはず」
「敵を知り己を知れば、か」
「そういうこと。こっちもあっちも戦時だからね」
結界の中。メルと、メルの護衛対象であるテレイシアは、カナエの響かせた大声を聞いていた。同時に、メルが一本の木に映し出した映像で、カナエたちの姿と、火の手も見ていた。
タ・イーム・マッスイィーンに乗って、過去から未来へ、この時代へとやってきた時。メルは一人だった。同じ時代からやってきたのは、コールドス・リイィープで眠っているテレイシアだけであり、その他には家族も知人も同郷人もいない。マッスイィーンすなわち結界の外に、未知なる未来の世界が広がるばかりであった。
メルは一人で山の中を歩き回り、旅をしている商人や冒険者たちと接触し、話を聞いた。敵意を持たれないよう、困っている者は積極的に助けた。テレイシアから離れられないので、山の外には出なかったが、それでも多くの情報を得ることができた。
どうやら自分たちは、エルフという種族であると認識され、ここは人間と名乗る種族の国らしい。とりあえず、メルはそれに調子を合わせて、更に多くの人々と会話を重ねていった。
やがて、人間とエルフとは概ね良好な関係にあるらしいと確信。これならテレイシアを起こして、二人で人里に降りたりしても良いかと思った。ただ一つの問題さえ片付けば。
それが、モンスター関連の異変である。いつ、どう悪化するかも判らないそれをどうにかしない限り、テレイシアを起こせない。とりあえず結界の中で眠っている限りは安全だが。と思って調査を続けていたところに、初の侵入者があり、こういう事態になった。
テレイシアに一通りの説明を終えたメルは、木の映像を指して言う。
「私は、あの二人を観察しながらこの現場に行こうと思います。そして消火を。そこで彼らをよく見て、信用できそうであれば、とりあえず我々はエルフであると名乗り、協力を頼んでも良いかと。モンスターのことについては、今のところは手がかりが何も……」
「そのことだけど」
テレイシアは、徐々に蘇ってきた過去の記憶と、たった今受け取った現在の情報とを照らし合わせながら言った。
「どこの誰がやってるのか知らないけど、モンスターをこの時代に何匹も召喚するなんて、個人の術だけでできるとは思えない。きっと、あたしたちと同じことをやっているはず。とすると、この近くとあっち周辺とのどちらか、あるいは両方に、モンスターの召喚ポイントがある」
「はい。それは私も考えましたが、やはり異次元に隠されているらしく、見つけることはできませんでした。仮に見つけられても、それを破壊するなどはできるかどうか」
「あの二人を含めて、山狩りの連中がしぶとければ、また大規模な召喚があるかもしれないわ。その時には、召喚ポイントに術者が来る。おそらく、あたしたちの敵がね。そこを押さえる為に、あなたはその二点の周辺を探索してみて。空振りだったら、あっちで落ち合いましょ」
「あっち、と申されますと?」
テレイシアが、山火事の映像を指さした。
「ここには、あたしが行く。あの二人が敵か味方かの確認も、あたしがやるわ」
「ひ、姫様がですか?」
驚くメルに、テレイシアはつい先ほどのことを思い出しながら言った。
「さっき見た、あの二人……特に、男の子の方。本気であたしのことを心配して、助けようとしてるように見えたわ。あたしには、敵だとは思えなかった。もちろん、そんな第一印象だけで決めつけるわけにもいかないのは、解ってるけど」
「しかし、今この山にはモンスターたちが徘徊しています。山の精霊がこの状態では、姫様の精霊力は、まだ充分には覚醒できておられないでしょう? 戦いに有用な精霊術などは、全く使えないと思われますが」
テレイシアは自分の両手の平を見つめ、それからその両手を重ねて、胸に置いた。
「……そうね。確か、こうして目覚めたら周囲の精霊力が流れ込んできて、すぐに回復するはずだったのに。これも、モンスター召喚なんかをやってる、どこかの誰かのせいってわけね」
「そうです。ですから、」
「危険だって言うの?」
テレイシアは、自信を乗せた笑みを浮かべて、メルに向けた。
「落ちてるのは精霊力だけ、使えないのは精霊術だけよ。あなたも知っての通り、あたしには他の術があるわ。だから大丈夫。精霊術が使えなくても、モンスターの一匹や二匹、あたしの敵ではない。違う?」
メルは、少し考えてから頷いた。
「解りました。今の状態が長く続けば、姫様のお体に更なる障りが生じるやもしれませんからね。ご回復の為には、一刻も早く事態を収拾せねばなりません。では、仰せの通りに致しましょう。ですが、くれぐれもご無理はなさいませぬよう」
「ええ。お互いにね」
メルとテレイシアは、「あの二人」への対応を少し打ち合わせして、
「あたしたちは【エルフ】、あっちは【人間】だったわね」
「はい。【エルフ】に対しては多くの【人間】が好意的なようです。今の我々は、怪しまれることを避け、味方を増やさねばなりませんから、この認識に乗るのが得策かと」
「でも、ヘタに嘘を重ねてボロが出るのもマズいから、大まかには正直にと」
結界から出て二手に分かれた。