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「この大陸でも、全く交流がないはずの遠い国同士で、「騎士」やら「魔術師」やらの武器や防具が、似通っていたりするらしいわよ。わたしたちの知る忍者の姿や術が、ニホン以外どこにもないとは限らない。偶然、似たものがあったっておかしくないわ」
「そ、そうかもしれんが、それにしても、いくら何でも、」
「偶然以外の可能性もあるわよ。ずっと昔に、ニホンに来たエルフが、忍術の修行をして帰って、子孫に伝えたとか。逆に、こっちへ漂流でもしたニホン人が伝えたとか。いろいろなケースがあり得る、どれも不自然ではない、だから驚くには値しない、って言ってるの」
淡々と説明され、反論の余地も見当たらないので、とりあえずアキカズは大人しくする。
そんなことより、とカナエは腕を組んだ。両腕で抱えるほどに豊満かつ弾力に富んだ胸が押し寄せられ、「むにっ」となる。
「今の様子からすると、わたしたちはおそらく、お姫様を害しようとした敵だと思われたわね。あの忍者に」
「……だろうな。うぅ」
憧れていたお山のエルフ様に、敵認定されたっぽい。アキカズは落ち込んだ。
あの二人の吐いた言葉を思い出す。あんな突発的な事態の中で、正体不明の相手に対して、冷静に演技をした、アドリブで入り組んだ嘘をついたというのは考えにくい。詳しい事情や経緯は不明だが、あの眠っていた少女が「姫様」なのは間違いあるまい。つまり、エルフのお姫様だ。そしてあの忍者は、お姫様の護衛。こちらもエルフ。
そんな二人に敵視されたあぁと頭を抱えるアキカズの前で、カナエは落ち着いて考えている。
「あの棺。仮死状態。素直に考えれば、やっぱり呪いか何かよね。なら、わたしたちはそれを解いた恩人のはず。姫様の護衛らしいあの忍者から、あれほど強く敵だと思われて攻撃されたのは変」
と言われて。アキカズもようやく動揺が治まってきたので、考えてみた。
「確かに。あれが呪いの類だったら、解放されて目覚めた姫様を見て喜び、俺たちに感謝するはず。なのに、問答無用で俺たちを殺そうとしてた。とすると、あれは呪いなんかではない?」
「そうなるのよねえ。あのひんやりした棺が何なのか、さっき思い出しかかってたんだけど」
「でも呪いでないなら、あれはただの寝床で、ひんやりとお昼寝してたとか? まさか」
何気なく言った、アキカズの言葉。
それが、カナエの記憶を揺り動かした。
「お昼寝……ひんやり寝てた? 冷やして、眠る……あーっ! 思い出したああぁぁ!」
「え、な、何を?」
アキカズがびっくりするほど、カナエは大声を張り上げた。張り上げている。
「そうよ、そう! あの棺、あの技術は【コールドス・リイィープ】! 昔、【エースーエフ】とかいう本で読んだ! ん、でも、だったら忍者も一緒のはず……あ! 【タ・イーム・マッスイィーン】! そっか、これでモンスターの違和感も説明がつく! うわー! うわー!」
何やら、いろいろたくさん、つっかえていたものが一気に流れ去って、気分爽快になったような? カナエは興奮した様子で、大騒ぎしている。
仕方がないのでアキカズは、カナエが落ち着くのを待つことにした。それから、説明してもらうことにする。
アキカズとカナエから少し離れた場所、しかしまだ異空間内である場所。
景色は変わらず、深い山の中だ。そこで、紺色の煽情的な忍者装束を纏った少女、メルは大木に向かって印を結び、呪文を唱えていた。
「メ・ン・テーナンス……メ・ン・テーナンス……」
大木が、まるでメルの呼びかけに応えるように、了解したとでも言っているように、二度三度、脈打つように光を放った。
それを確認して、メルはふうっと息をつき、振り向く。
「何とか、修復機能を再起動できました。間もなく、結界は復旧します。姫様、お加減はいかがですか? ご自分のこと、私のこと、覚えておられますか?」
「……あたしは、テレイシア。あなたは、メル」
お姫様のような女の子、テレイシアは、まだ覚醒しきっていないらしい。記憶を掘り返し掘り返し、言葉を紡いでいる様子だ。
「あたしたちは、コールドス・リイィープと……タ・イーム・マッスイィーンの……適合者として、先に行って、迎える準備を……」
「はい、充分です。それ以上は、慌てずにゆっくり思い出してください」
「うん」
「では私の方から、現状についてご説明致します」
メルは、テレイシアがひとまず大丈夫らしいと確認できたからか、ほっとした顔だ。
「今、この山では異変が起こっています。そのせいで山全体の精霊力に狂いが生じ、ここの機能が低下しているのです。それでも何とか、隠蔽機能は保てていたのですが、先ほど突発的に、ごく短時間でしたが、異変が強まりまして」
「じゃあ、さっきの二人は……」
「はい。ここの機能が弱った隙をついて、侵入したと思われます。ですがご安心ください。既に隠蔽機能は回復しつつあります。もう間もなく、元通りに閉じるでしょう」
カナエの説明によると。
まずコールドス・リイィープというのは、最初に推測した通り、氷の精霊以外を弱めて、体を仮死状態にすること。そうすることで、食事も要らず、歳も取らず、病気などにもならず、何百年でも過ごすことができる。眠って、目を覚ませば、そこは未来の世界というわけだ。
次に。時間とは、過去から未来へと川のように流れているもので、普通は誰しもイカダでゆっくりと下っている。だがタ・イーム・マッスイィーンという船に乗れば、一瞬だけ加速して、上流のある一点から下流のある一点へ、あっという間に到達できるのだ。だが、流れを遡ることはできず、行けるのは下流、未来だけ。
そういった技術が、エースーエフという本に書かれていたらしい。一般的には空想物語であろうと思われているが、いくらかは史実であり、失われた古代の謎技術では、とも言われている。そうであればそれは異種族、エルフのものではないかという説もある。
古代のエルフたちにそんな技術があったとすれば、あのお姫様も忍者も、そしてモンスターたちも、時を超えてきたのだと推測される。それなら、若いのに古いというカナエの違和感も、説明がつくのである。あの二人もモンスターもここの草木も、皆、何百年も前に生まれた生物。が、その体は何百年という年月分、生活したわけではない。そういうことなのだ。
「待て待て待て待て。用語については理解できたが、ちょっとおかしいぞ」
アキカズが質問にかかる。
「その、なんだ、コールドスとマッスイィーン。どちらも、未来の世界に行けるってことだよな。だったら、どっちか一方でいいだろ。いや、マッスイィーンがあるなら、それだけでいいのでは? 何百年も眠るなんて、そんな面倒なことしなくても」
「それについては、証拠はないけど、仮説を立てられるわ」
質問を予測していたのであろう、カナエは余裕を持って答える。