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♪西にはあるんだ エルフの国が♪  作者: 川口大介
第一章 お山のエルフ様
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「普通は人体にも、山や海にも、膨大な数の神様たちがいて、相互に影響を与え合ってるの。わたしやあなたの体内にも、常に火や水などの神様がズラリといるってこと。でもこの子の場合、氷の神様以外は殆ど眠っていて、だから心身が凍りついて、仮死状態になってるのよ」

 そしてモンスターと同じ、「若いのに古い」違和感が、この子にもある。とカナエは説明した。

 それを聞いて、アキカズの顔色が変わる。

「モンスターと同じ、って……もしかして、何か得体の知れない呪いとか? 魔女だったかの呪いにかかって、死ぬこともなく延々と眠り続けるお姫様の伝説、聞いたことがあるぞ!」

 助けなくては! とアキカズは、棺の蓋らしき部分に手をかけた。そして、押したり引いたり持ち上げたり滑らせたりして開けようとする。が、どんなに力を込めても、全く動かない。

「く、くそ、びくともしないっっ」

「う~ん……こういうの、本で読んだことあるんだけど……実物を見ることはないでしょ、と思ってサラッと流してた、空想小説っぽいもので……」

 考え込んでいるカナエに、急き立てるように、アキカズが捲し立てた。

「おいっ! この子をここから出しさえすれば、呪いを解いて体を治癒して、助けられるな? いや、もしお前にできないなら騎士団のキャンプか、あるいは街の神殿か治療院まで運んでいくぞ、俺は!」

「え、ちょっと」

 アキカズはカナエを押し退けて、腰の刀に手をかけた。切れた鯉口から、まるで早朝の森の木漏れ日のように、気光の眩しい輝きが溢れ出す。

 あっ、という間なく、白い気光を帯びた刀が水平に振られた。今度は、虚空を斬った時とは違い、キイイィィンと甲高い音がした。

 アキカズは刀を納めると、棺の蓋に手をかけ、ぐぐっと押す。先ほどは微動だにしなかったが、今度はかなり重そうながらもずれて滑って、向こう側に落ちた。

 棺が、開いた。アキカズは躊躇わず、カナエは恐る恐る、中を覗き込む。

「……冷たい」

 棺の中から、ひんやりとした空気が漂って来た。氷の神様が強く作用している、ということか。つまり閉じられた棺の中で、この子の体は、ずっと冷やされ続けていたらしい。

 ますますもって、カナエは記憶を刺激された。これは絶対、何かの本で読んだことがある。

「う~。もうっ。思い出せないのが気持ち悪い。何だったかなこれ」

「んなことより、目覚めないぞ。とりあえず外に出すか?」

「あ、うん。そうね。そして温めてあげれば……」

 では早速、とアキカズが手を伸ばしたところで、微かに女の子が身じろぎした。そして、

「…………ぁ……」

 小さな微かな声と共に、伏せられた長い睫毛が動き、ゆっくりと目が開いた。

 眠っていた時の印象通りの、気品に溢れた高貴な美貌。であると同時に、あどけなく愛くるしい顔立ち。無垢な瞳が、まだ覚醒しきっていないのか、不安げに中空を見つめている。

「……う……ここは……?」

 金色の髪をふわりと揺らしながら、銀色の鈴を振ったような声を漏らし、女の子は身を起こした。その目に、アキカズとカナエが映る。

 どうやら目覚めたばかりで、まだ意識がはっきりしていないようだ。あるいは、こんな異常な眠り方をしていたのだから、何かの悪影響で記憶が欠如していたりするかもしれない。

 とにかく安心させてあげなくては、とアキカズが思い、声をかけようとしたその時。

「姫様ああああぁぁっ!」

 女の声と、殺気と、金属が降ってきた。

 アキカズは素早く反応し、カナエを突き飛ばして覆い被さりながら身を伏せた。その一瞬前まで二人がいた空間を、二筋の光が斜め上から斜め下へと貫通して、地面に突き刺さる。

 刀を抜きながらアキカズは起き上がり、上方にいるであろう襲撃者に向かって、油断なく構えた。その寸前に一瞬だけ、地面に突き刺さったものを確認する。

 例えばそれが爆発物だったりすることもあり得るので、確認は必須だ。だが次の攻撃に備えることも大切なので、アキカズが確認の為に下を見たのは一瞬だけ。すぐに上を向いた。

 が。思わず、アキカズは再度、下を見てしまった。確認の確認をしてしまった。

 目を疑ってしまったからだ。なにしろ、地面に突き刺さっていたもの、先ほど二人を襲った二筋の光、敵が放った投擲武器は、十字の形をした刃物だったから。つまり、

「じゅ、十字手裏剣?」

 アキカズは声に出して驚いた。だが驚き続けているわけもいかないので、アキカズはまた上を向く。

 アキカズが抱いた疑問は、すぐに大部分が氷解した。十字手裏剣を放った襲撃者本人が、今度は自ら武器を振り上げて、襲って来たから。その姿を確認できたからだ。

 おそらく、闇夜に溶け込むことを計算してのことであろう、漆黒よりも紺色に近い色合いの、薄い装束。とにかく身軽に動けるようにと作られたものらしく、布を越えて紙を越えて、皮膜のように薄い生地だ。それが、カナエに劣らぬほど起伏に富んで丸みを帯びた女体に、ぴったりと張り付いている。

 丈の短いその装束から伸びている長い脚、その太腿は相当鍛えこまれているらしく、しっかりと太く引き締まっている。無駄な肉は削ぎ落し、有用な肉だけをたっぷり備えた、機能美を感じさせる脚だ。

 カナエと同じか、一つ年上ぐらいに見えるその少女。ひっつめにした長い髪をなびかせて、華奢な背中に斜めに差した直刀を抜き放ち、アキカズに斬りかかってきた。

 少女の鋭い一撃を、アキカズが刀で受け止める、と、そこで散った火花が消えぬ内に、少女はアキカズを油断なく見据えたまま、刀で押し合う力を利用して跳び、棺にピタリと寄り添った。あの、お姫様のような女の子を背に庇う体勢だ。

 そういえばさっき、「姫様」と叫んでいた。やはりあの子はお姫様で、この少女はその護衛か何かか? と思った時、アキカズもカナエも気づいた。この少女もまた、耳が長く尖っている。

 そして、棺の女の子が少女を見上げて言った小さな声に、

「……メル? メル、よね? 一体何がどうなって……」

 アキカズは仰天した。メル、というのはあの、お山のエルフ様の名だ。ということは?

「姫様、話は後です!」

 少女は、装束の胸元の深い谷間から、小さな黒い玉を取り出すと、地面に叩きつけた。軽い爆発音とともに、破裂した玉は大量の白い煙を吐き出して、周囲を覆い尽くしてしまう。

 カナエは素早く、煙を晴らすべく神通力を使おうとした。が、

「風の神様、御力を!」

「風の精霊よ、集え!」

 カナエが創り出した旋風は、少女の創り出した烈風で斬り裂かれた。煙を八方に吹き散らすはずだった風が、相殺されて消滅、あるいはその場を囲むように曲げられてしまい、この空間での煙の維持を許してしまう。

 とはいえ煙は煙、強風は強風だ。煙が二人の視界を遮ったのは、せいぜい呼吸が一つ、二つという程度の間だけだった。が、どうやらそれで充分だったらしい。

 煙が風に散らされた時、そこにはアキカズとカナエと、空の棺しか残されていなかった。

「……」

 しばし、呆然とした後、まずカナエが声を出した。

「聞こえた? メル、って呼んでたの。それと、見た? あの耳」

 アキカズが頷いて、答えた。

「お山のエルフ様の名だな。そしてあれは、エルフの耳。そういえば服装とか、獣と戦う時に使っていた武器とか、そんな詳しい話は出てなかった……この大陸の人たちは知らないから、表現できなかったのだろうが……なんで忍者なんだ? どう見ても忍者だぞ、あれは!」

「いや、それは別に、驚くようなことではないでしょ」

 混乱しているアキカズとは対照的に、カナエは冷静だ。


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