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二人のそんな会話を、邪神の力の影響で感覚が鋭くなっているルノマは聴き取った。
「へえ。アンタって、ヤケクソで向かって来そうなタイプかと思ってたんだけど。意外と賢いのね。このアタシを、勝ち目のない相手だと冷静に分析したワケか」
「ああ」
「で、逃げることを選択したと」
「人の話は最後まで聞け、というのは少し違うな。前半部をちゃんと聞いておけ。俺は、力を合わせれば突破できると言ったんだぞ」
アキカズが構えた刀に、白い気光の輝きが宿る。その後ろからカナエが、
「天の神様、地の神様、人の神様、御力を……今ここに、鼎の刃を与え給え!」
最大に高めた神通力を織り上げ、アキカズに託した。アキカズの刀が、その刃が、長く大きく分厚くなる。魔獣と化したヴァンクーア二匹を、纏めて斬り捨てたあの技だ。
アキカズは、長大化した刀を構えて、ルノマに向かって真っ直ぐに走った。それに続いてテレイシアも、
「肉の精霊よ! 骨の精霊よ! 血の精霊よ! 全て纏めて、気合の精霊よおおおおぉぉ!」
光の炎に身を包み、走った。
闘志を漲らせ、それぞれにできる最大の力を、疲労の積もった身で最後の力を振り絞っている二人を見て、ルノマは首を傾げた。
『何? 何の策もなく、ただ向かって来るだけ? ふん、だったら真正面からぶつかっても、余裕で勝てるわ。油断せず、いたぶらず、全力をぶつけてやれば、アンタたちを葬る間ぐらいはこの力、充分にもつ。多少しぶとくねばられても、隕石がもうすぐここに落ちる!』
ルノマの身に宿る邪神の力は、長くはもたないが、今はまだもっている。それがある限り、アキカズたちのどんな攻撃も通用しない。
そのことは、アキカズだって理解している。ルノマが、まだ邪神の力をその身に得ていなかった段階、魔法陣の中で立っていた時に、易々と己の気光を弾かれているのだ。その気光を向上させた鼎の刃も、おそらく通じないであろうと、あの時に悟っている。
だから。アキカズの狙いは、ルノマではなかった。
「いくぞおおぉぉ!」
ルノマに向かって走っていたアキカズが、跳んだ。
後続のテレイシアも、跳んだ。そしてアキカズの足首を掴んだ。
気合の精霊術で身体能力を爆発的に高めている今のテレイシアは、腕力も脚力もアキカズを遥かに凌駕している。だからテレイシアの跳躍力は、アキカズの跳躍力とは比較にならない。アキカズの足首を掴んで、ぐいと持ち上げたまま、テレイシアはぐんぐん上昇していく。
その二人に向かって、下で控えていた二人が、
「風の神様、御力をっっ!」
「風の精霊よ、集ええぇぇ!」
掌から、刀から、突風を放った。その突風が、アキカズとテレイシアに届く直前、テレイシアは(テレイシア自身は知らないモノだが)竹とんぼのように回った。アキカズという羽を、大きく大きくぶん回した。
その回転でふわりと浮いた、二人の体重が消えた、上昇の推進力がついた、ところに下方からの突風が命中した。その結果、二人は凄まじい勢いで回転しつつ上昇、上昇、上昇、上昇していった。
「……まさか」
真っ直ぐ向かって来るかと思いきや、いきなり跳躍して、そのまま自分の頭上を大きく越えて行った二人を、ルノマはのけ反った姿勢の視線で追いかけていたが、すぐにそれでは届かなくなって、姿勢を戻して振り向いて見上げて、そして知った。
アキカズとテレイシアは、回転しながら上昇して……………………隕石に向かっている!
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!」
テレイシアに足首を掴まれて、ぶん回されながら、アキカズは長く長く伸びた鼎の刃を水平に繰り出した。狙いは、もはや眼前に迫っている、隕石。
『隕石……などと、仰々しい名前がついていても、所詮は単なる大きな岩! ならば、斬れぬはずはないっ!』
斧や鉈のように、まっすぐな刃物をまっすぐ叩きつけるだけでは、その破壊力が及ぶ範囲は刃の長さ分、ガツンとぶつけた分しかない。だが、刀には反りがある。斬りつけながら、反りの角度に合わせて、自分を中心とした円の軌道に「引いていく」ことで、より鋭く、より長い距離を、すなわち、より大きなものを、斬り続けることができる。
とはいえ、その長さも普通は、刀を持つ者、すなわち人体ひとつの腕や手首の可動域に縛られる。走りながらできないこともないが、その場合は地面を蹴ることによって発生する揺れが、円の軌道を乱してしまい、斬れ味を大幅に減じさせてしまう。
だが今、アキカズの足首を掴んだテレイシアが腕を伸ばして、アキカズも掴まれた脚と、刀を持つ腕とを伸ばして、二人が全身を使って、それらが連結してぶん回されることで、その可動域は人体構造の常識を超えたものとなっている。加えて、テレイシアは風に飛ばされて宙にいるので、足運びや重心コントロールなどに縛られることなく、地面の凸凹も関係なく、至極滑らかに大きく大きく動ける。
それらの要素を結集させて、長大な鼎の刃が、豪快に振られたのである。その一太刀の攻撃範囲、斬撃距離は超人的、超エルフ的、神の領域に届きつつあった。
隕石に深々と食い込んだ、長く鋭い白光が、まるで果実を斬るような勢いで振り抜かれていく。アキカズが握る刀の長さは、いくら気光で伸ばされたといっても、流石に隕石を正面から背面へと貫き通すほどではなかった。だが、落ちてくる隕石に対して下から、浅くはなく深い、小さくはなく大きい、斬り込みを入れたのである。
その、大きく開いた傷口に、落下していく隕石にかかる風が叩きつけられ、傷口に喰い込み、傷口を押し広げる。隕石の大きさ重さゆえ、落下速度が尋常ではないゆえ、そこにかかる風圧もまた猛烈なものであり……隕石は、くさびを打ち込まれた氷のように、バガン! と割れた。
テレイシアが、アキカズが、刀を振り切ったのと同時に、隕石は上下真っ二つに分かれた。
この隕石は性質上、ルノマの体の一部と言えるもの。そこに、ルノマ自身の全身の、何十倍もの傷口が、ざっくりと開いたのだ。
「ギャアアアアアアアアァァァァァァァァアァアァアァアァッッ!」
地上にいるルノマの絶叫が、上空にいるアキカズとテレイシアにまで届いた。
神通力や精霊力と同じだ。本来、自分のものではない他者の力を、自分の力として使っているので、「自分とそれとを結び付ける力」は強力なものになっている。そうでなくては使えないからだ。
ルノマの場合も、邪神の力……しかもルノマにとっては異星の邪神であるから、より一層強固に、結びついていた。そういう術だったのだ。だからこそ、自由自在に強大な力を操れたし、だからこそ、それを斬られるのは我が身を斬られるも同然なのである。
ただでさえ消耗し続けていたルノマの体に、決定的なダメージが叩き込まれた。もはやその体は陽炎の塊、実在しない幻、蜃気楼、といったもので、風どころか人間の吐息でも揺らぎ消えてしまいそうだ。
命の最後の、ロウソクの火。ならば消えゆく最後の煌めきで、せめてもの爪痕をこの世に刻もう、隕石を斬り裂いた二人だけでもと思い、ルノマは消えゆく残りの力を集中させた。が、その背後で、
「風の……」
聞こえたその声。振り向くまでもなかった。いや、振り向きたくても、振り向けたかどうか。
二人の少女が放った烈風が、ルノマの背を切り裂き、力を散逸させ、攻撃を止めてしまった。
薄れゆく、ルノマの意識。その前方の地面に、上空から真っ直ぐに、長い光の刃が突き立った。見上げれば、テレイシアを片手に抱いたアキカズが、逆手に持った長い長い刀を、その光の刃を地面に突き刺し食い込ませながら、降りて来る。刃の、地面へのガリガリと鳴る食い込みが、落下速度を安全に落としている。
やがて、鍔が地面につく少し前で、アキカズは空中で刀を引いて地面から抜き取り、柄を手元でくるりと回して、順手に構えて降り立った。その時にはもう鼎の刃は消えており、アキカズ一人の気光だけが刃に宿っている。
「終わりだ、ルノマ」
テレイシアを立たせ、刀を両手で握って構え、アキカズが言った。
ルノマの後方にはカナエとメルが、前方にはアキカズとテレイシアが、それぞれ並んで立っている。空には、青い空と眩しい太陽があるのみ。隕石は、その存在を支える力を失って、既に消滅している。
ルノマは弱々しい声で言った。
「こ、こんな……不完全とはいえ、邪神の……力を得たアタシが……敗れる、なんて……」
アキカズが返す。
「我が故国の古き名は、【大いなる和】と書く。史上最初に定められた法の第一条においても、和を最重要のものとしていた」
「……?」
「お前たちの国は、我々人間やエルフ王国と、和することなど考えもしなかった。お前個人もまた、自分の国やヴァンクーアを、私欲の踏み台と考えていた。そんなお前が、」
アキカズは、白い輝きの灯る刀をルノマに向けて言い放った。
「星を越え、ウチュウを越えて【和】した我らに、勝てる道理などないっ!」




