4
「神は、悠久の歴史の中で、無数の生き物たちを絶滅させてきた。それはこのチキュウ星でも、エルフ星でも同じ。アンタたち如き蟲四匹が、どう足掻いても敵いはしないわ」
「……なるほど。そういう神の、いや、邪神の力を借りたのか」
アキカズが、刀を地面に突き、杖代わりにして立ち上がった。
「邪神がどうのこうのというのも、英雄伝説の定番の一つだな。そんな相手に打ち勝ってこそ、俺が憧れた英雄になれるというものだ」
ルノマは、薄れ揺らめく貌を歪めて嗤う。
「はぁん? そんなの、誰かが頭の中で描いた、空想物語でしょ。アタシが言ってるのはね、全ウチュウの歴史、現実なの。解る? アンタの好きな英雄伝説のようにはいかないのよ」
「ああ、そうだな。現実は厳しい。なかなか思い通りにはいかない」
ルノマの歪んだ嗤いに対して、アキカズは明るい苦笑を返した。
「今回の、この戦いもそうだ。俺は、カナエの知識や判断に頼りっきりだった。事態の根源や、その後の展開について、主な存在となっていたのはエルフ星ゆかりの者たちだった。テレイシアとメル、ヴァンクーアとお前だな。俺なんか、脇役もいいとこだった。……だがな」
アキカズは、刀をしっかりと握り直し、ルノマに向かって構えた。
「ここから、逆転する。邪悪な敵を見事にやっつけて、俺はこの英雄伝説の、堂々たる主人公になってみせる」
力強く言い切ったアキカズを、また嗤おうとしたルノマの声を遮るように、
「かっこいいヒーローに護られるヒロイン、か弱い可憐なお姫様役に、憧れる気持ちもなくはないんだけど」
カナエが、アキカズに続く。
「やっぱりわたしは、吟遊詩人が語り継ぐ英雄伝説の華よりも、世界史の分厚い本で長々と解説される、歴史上の偉人になりたいのよ。だからごめんね、アキカズ。大人しく護られてはあげられないわ」
テレイシアも、拳を震わせて立ち上がった。
「許さない……あたしの家族、あたしの国、全ての仇!」
メルは、テレイシアに寄り添う。
「邪神であろうと何であろうと、姫様の敵は全て排除します」
圧倒的な力を見せつけられても尚、闘志を漲らせて並び立つ四人。
だがそんな四人を前に、ルノマは全く動じない。
「チキュウ星人とエルフ星人の連合軍ね。ふん、どうせアタシの敵じゃないわ。今のアタシは、チキュウ星の邪神の力を手にし、エルフ星人を超えた存在……いわば、超エルフ! もう一度言う、アンタたち如き蟲四匹が、どう足掻いても敵いはしない!」
ルノマが突き出した両掌で、黒い何かが渦巻いた。それは魔力? 怨念? 違う。黒雲だ。
「【かつて多くの種が栄えた恐ろしい竜、それらを全滅させた氷河期ブリザード】!」
ルノマが発生させた黒雲、それはルノマの両掌と同じ大きさしかない。だがそこから、まるで満天の黒雲が巻き起こしたような、猛烈な吹雪が発生した。
巨人が扇を広げたように左右に、それを立てて上下にも、斜めにも。全方位に爆発的な勢いで広がったそれは、瞬く間にルノマの前方の空間全てを埋め尽くしてしまう。これを回避するには、瞬くよりも早くルノマの背後に移動するしかない。
当然、そんなことは不可能だ。為すすべなく吹雪の中に飲み込まれた四人は、自然ならざる強さの暴風と凍気に捕らえられ、身動きできなくなってしまった。
素直に吹っ飛ばされれば遠くへ行ける、ルノマから逃げられる? そんなヌルい吹雪ではない。吹っ飛ばされれば、つまりまともに体に浴びれば、すぐに血まで凍りつくことになる。吹っ飛ぶ間に空中で、四個の冷凍肉塊が出来上がり、地に落ちた時、砕け散るだろう。
が、そうはならなかった。カナエとテレイシアの前に、それぞれアキカズとメルが走り、刀を真っ直ぐに構えて立ったのだ。
アキカズは気光の白い光を、メルは風の精霊を結集させて、それぞれ刃に宿し、吹雪に抗した。まるで、激しい流れの谷川の中に突き出た岩のように。
もちろん川の流れそのものを、どうこうできるような力は岩にはない。だが、岩があればそこで、川は二つに割かれる。川はその後、岩の背後で合流してまた何事も無かったように流れはするが、岩のあるその場では、確実に割かれている。
アキカズとメルの刀はそれであった。岩と違い、ただそこにあるだけではなく、鋭い刃に力を宿らせ、反発させているので、割かれる幅も少しは大きい。やはり背後での合流はあるが、そうなる前に、一人分の余裕は確保できていた。カナエとテレイシアが、そこに入っている。
結果、四人は邪神の力が起こす猛吹雪から身を護ることに成功していた。
だが、それで精一杯であり、反撃どころか一歩も動けない。そしてアキカズとメルは、どんどん消耗させられていく。
とはいえ、それは相手も同じだった。アキカズとメルが消耗するのと同様に、いや、それ以上に激しく、ルノマも消耗していた。
「ぐ、ぐっ……」
もともと半透明であったルノマの体が、風に吹かれる蝋燭の火のように揺らめき、薄まっていく。魔法陣が壊れ、邪神との繋がりが切れた今、ルノマに力の供給はなく、一方的に失うだけだからであろう。
もともとルノマの力ではない、他所から持ってきた力ゆえ、ルノマの根性で補えるものではない。在庫がなくなれば、終わる。この「終わる」というのは、戦えなくなるというだけではなく、ルノマの意識が、魂が、存在そのものが消滅することを意味している。
だが、それだけか? 薄れゆくルノマの、「薄れゆく」だけではない表情を見ていてカナエが、
「……もしかして」
一つ、気づきつつあった。
やがてルノマは、歯軋りしながら吹雪を止めた。
「ふんっ! アンタたちのしぶとさは、認めてあげるわ! けど、これはどう? アタシの想像が及ぶ限りの、最大最強の力よっっっっ!」
両腕を広げて振り上げ、天を仰いで叫ぶルノマ。その姿はまるで、閉じ込められた部屋で降りてきた吊り天井を、潰されまいとして支えているようだ。それほどに必死の形相で、それほどに力を込めて、両手の力と意識とを、天に向けている。
吹雪に押されたとはいえ、まだそう遠くはない場所で対峙しているアキカズたちにとっては、隙だらけの構えと見えた。今のところ、風も水も何も来ない。ルノマは無防備だ。
と思ったが、ルノマが何をしようとしているかは、すぐに判った。
「! あれは……」
空に、岩が見えた。こちらに向かって落ちて来る。それはただの岩に見えたが、遠いせいで小さく見えるだけであり、実際にはとてつもなく大きいのだろうというのは推測できた。
大きいが、遠いから小さく見える。アキカズはつい最近、それと同じ話を聞いて驚いた。「星は世界」という話だ。星は、夜空の点々は、実はこの世界ぐらいに大きいのだという話。
そして、エルフ星は隕石の落下によって山も海も荒れ果て、脱出するしかなくなったと。隕石とは、大きな岩で、小さな星のことだと。
「……なるほど。大雨や大雪とは全然違う、ってのは解った。確かに、凄いことになりそうだな。そのせいでエルフ星、すなわちエルフの世界には住めなくなって、避難してきたわけか」
まさか! と思って一同がルノマを見る。
両腕を天に向けたまま、ルノマは四人の視線を受け止めて返した。
「どうやら、思い至ったようね。残念ながらエルフ星の、全ての大地も大海もメチャクチャにしたような、巨大隕石ではないわ。そんなものとは比較にならないほど小さい。でもね、」
ルノマが、凄絶な笑みを浮かべる。
「この山を丸ごと、周囲にある村や街も巻き込んで、まっ平どころか巨大な穴……クレーターっていうんだけど……に、してあげるぐらいはできる」




