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♪西にはあるんだ エルフの国が♪  作者: 川口大介
第三章 遠~~くから来たエルフたち
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 カナエは、深く考えたり思い出したりする時の癖で、眼鏡の位置を両手で直しながら答えた。かなり汗をかいたので、白い衣が体にぴたりと張り付いて、寄せられた「むにっ」の形がよく見える。

「わたし、前に言ったわよね。コールドスやマッスイィーンのことを、エースーエフという本で読んだって。その本に、書いてあったの。あまりにも信じ難い話なもので、絵空事だと思ってたんだけど……この世界が、星だって」

「ほし? 星って、あの、夜空の点々のことか?」

「ええ。星というものは、遠すぎるせいで小さく見えるだけで、実はあの一つ一つがこの世界全体と同じか、それ以上の大きさだったりするらしいわ。つまり、向こうから見たらこの世界も、夜空の一点になってしまう、と」

 カナエの口から淡々と語られた星の話は、アキカズの常識をでんぐり返すものだった。

「な、ん、だ、と? この世界全部が、あの、夜空の点、一つ? で、あの一つ一つが、この世界全部と同じ……つまり、あの全部に大陸があって海があって、国があって人がいて」

「全部が全部そうとは限らない。虫の一匹もいない、ちょっと大きいだけのただの岩、なんてのもあるはず。でも、今言った通り、この世界と同等かそれ以上の星もあるそうよ」

 話が大きすぎて、理解の彼方過ぎて、アキカズの頭がぐつぐつと沸き始める。

 カナエは更に続けた。エルフとの戦争については何も書かれていなかったが、大昔にモンスターが暴れた記録はあった。モンスターは人間にもエルフにも襲いかかっており(テレイシアの話から考えると、王国側のエルフだったのだろう)、その戦いの中で、エルフたちが「モンスター」と呼称しているのを、当時の人間たちが聞いていたという。

「古いエルフの言葉で、星のことをスターと言うらしいわ。で、何者かが何らかの術で特殊な門を作り、こことは別のスターから、あのバケモノたちを召喚したのではないか。門を潜ってスターからやってきた存在、それをわたしたち人間は【門スター】と解釈していた……ってね」

 アキカズは、うぅむと唸った。

「星とはスター。スターとは一つの世界。別のスター、異なるスター、すなわち異世界から来たバケモノ、か」

「そういうこと。つまり当時、エルフ王国の反乱軍がモンスターを召喚していた魔法陣というのは、」

 カナエの言葉を遮るように、

「ウチュウ空間を跳び越えて、遥か彼方から引っ張ってきてたってこと。大したものだわ。と言っても、もともと同じ王国の者なんだから、その大した力で同士討ちしてたんだけどね」

 二人の前を歩くテレイシアが振り返らずに言った。何やら聞き慣れない言葉に、アキカズは困惑する。

「ウチュウ、空間?」

 テレイシアは振り返らずに答えた。

「この星……あたしたちはチキュウ星と呼んでるこの星の、外のことよ。あなたたちには想像もできない場所。水も空気もなく、その広さはこの世界全部を何百万何千万と並べたって、まだまだ全然埋まらない。それがウチュウ」

「チ、チキュウ星、で、ウチュウが、その、えっと、カナエ?」

 アキカズに縋られたカナエは、首を振る。

「ここまでよ。わたしも、ここまでは知ってるけど、これ以上は知らない。でもね、多くの先人たちによる知識の蓄積である、膨大な書物を読んだわたしがそうなの。こう言っちゃなんだけど、森に閉じこもってるエルフが、そうそう追いつけるはずはないのよ。わたしの知識に」

「……」

 歩きながら、テレイシアは黙っている。アキカズは首を捻っている。

「追いつくも何も、お前だって確か、エルフには人間にない技術があるとか」

「ええ。魔術や法術とは違う、精霊術で作られた道具とか、よく効く薬草とかね。でも、この世界の外、空気のないウチュウ空間がどうのなんて話を、のどかな森の妖精さんが知ってるってのはねえ。更に、コールドス・リイィープやタ・イーム・マッスイィーンときた日にはもう」

「……」

 カナエの言いたいこと、おそらくずっとテレイシアたちに対して思っていたのであろうことが、アキカズにも解ってきた。

 アキカズも考えたことだ。テレイシアとメルが、実はエルフではないのではないかと。しかし、だったら何だと言われても他に何も考えられないので、エルフみたいだと考えるしかない、しかし、どうにもすっきりしないと。

 三人の間に、少し緊迫した空気が流れ始めたところで、前を歩く二人の足が止まった。

「ここです」

 と言ってルノマが足を止めて、前方の地面を指さした。一見、何の変哲もないただの地面だ。

 だが、メルが魔法陣の出現と、そこからモンスターが出てくるのを目撃した場所は、間違いなくここだ。ルノマは正確にそこを指した。メルはそれを確認してから、

「そうです。試すような真似をしてすみませんでした」

 自分が先に目撃していたことを、ルノマやアキカズたちに話した。

 だがこうなると、ルノマの自作自演ではないか、魔法陣を仕掛けたのがルノマではないかという疑惑も出て来る。自分が仕掛けたものなら、当然その場所は知っている。つまり、実はルノマがこの異変の黒幕ではないか?

 しかし、まだ死体の確認はできていないが、ついさっきヴァンクーアを射殺したのはルノマだ。あの射撃がなかったら、アキカズたちは危なかっただろう。もしもルノマが敵で、アキカズたちに害意があるのなら、何もせず見物していれば良かった。むしろヴァンクーアへの援護射撃として、アキカズたちを狙撃しても良かったのだ。

 何より今から、アキカズたちは魔法陣を壊そうしているのである。メルが目撃して位置を知ったのは偶然であり、そのことは今この瞬間まで伏せられていた。つまり、完全にルノマ一人の案内のおかげで、魔法陣が壊されるという展開もあり得たのだ。

 今までの累計なら何十、いや何百匹かもしれない、膨大なモンスターを召喚してきた魔法陣。手間とか費用とか、どう考えてもお安いものではないだろう。今日一日だけを見ても、多数のモンスターを召喚して、アキカズたちや騎士団を苦しめた、大活躍の大がかりな設備だ。そんなものを、自分から壊そうとするだろうか?

 それは不自然だ。と、メルは思った。テレイシアとアキカズも思った。

 カナエだけは、まだ少し考えながら眼鏡の位置を両手で直している。直しながら、ルノマをじっと見ていて、判ったことがある。

『テレイシアやメルは、モンスターと同じ。だけど……』

 ルノマには、違和感がない。テレイシアやメル、そしてモンスターたちのような、「若いのに古い」ではない。つまり、過去からやってきたわけではなく、カナエやアキカズと同じく、現代で生まれ現代で育った者だ。

 つまり、本物のエルフというか、普通のエルフ。この世界で一般的に知られているエルフだ。

 しかし、アキカズの主張を無視して言わせてもらうなら、エルフの中にもタチの悪い奴がいてもおかしくはない。

 とはいえ今のところ、怪しい点は……

『不安定なのが一つ、あるだけ。ただ、その一つが大きいのよね』

 カナエがあれこれ考えている間に、ルノマは両腕を大きく広げて何やら唱え始めた、と思ったがそうではない。ただ、念じている。

 アキカズたちの見守る前で、それは音もなく滑らかに起こった。地面に、血で描かれたような魔法陣が浮かび上がってきたのである。

 それを指して、メルが言った。

「間違いありません、これです。この魔法陣から、モンスターたちが出てくるのを、私はこの目で見ました。ですが術者は近くにおらず、遠隔操作されているようでしたが」

 そうでしょう、とルノマが説明を引き継いだ。

「古代のエルフが、自分たちの精霊術と、人間たちから学んだ魔術を合わせて開発した、極めて高度な術だそうです。戦乱の中で術者が死んだり、戦後のエルフたちが自ら資料を焼いたりして、今では失われたもの。森で静かに暮らす分には、こんなもの不要ですからね」

 失われたもの、と言っても現にここにあり、しっかり使用されている。だがそれ自体は、人間社会でもよくあることだ。歴史の彼方に失われた、とされる秘宝だの秘術だのが発見されること。それが悪用されて大騒ぎになったり、高値で売買されたりすること。

 この、モンスターを召喚する魔法陣も、エルフ社会における「失われた古代の秘術」ということなのだろう。黒幕やルノマは、遺跡でそれを見つけた冒険者というところか。

 もっとも、メルとテレイシア、そしてアキカズとカナエには、この魔法陣が何なのかは既に解っている。黒幕のダークエルフが仕掛けた、タ・イーム・マッスイィーンだ。それにより、過去の世界から、若くて古いモンスターたちを引き込んでいたのである。

 ただ、相変わらず目的が謎だ。モンスターの大軍団を率いて世界征服を、なんてことができるほどには、大量に召喚できないことは判っている。今日、かつて例を見ないほどの大規模召喚をしたと思われるのだが、それでも今、ここに来ている騎士団やアキカズたちだけで対処できてしまっている。これでは、正規の軍隊とぶつかったらあっさり一掃されるだろう。

 ヴァンクーアはかなり強かったが、召喚術をしている黒幕のことを、仲間ではないと言い切っていた。黒幕の戦力としては数えにくいし、数えたところでやはり、世界征服どころかカンズィート一国の征服も不可能だ。

 今日まで何度も、長期間に渡って召喚していたのは何なのか。どんな目的があったのか?

 だが何はともあれ、今は目の前の魔法陣を潰さねばならない。潰してしまえば、黒幕の目的が何であれ、それも潰れるだろう。

「こうやって引きずり出されたなら、こっちのものだ。任せてくれ」

 アキカズが前に出た。刀を抜き、呼吸を整えながら、しっかりと腰を落とす。


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