表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
♪西にはあるんだ エルフの国が♪  作者: 川口大介
第三章 遠~~くから来たエルフたち
23/37

「えっ? あの、有名な麻薬の?」

 カナエも、ドーラッグの名は街の噂として知っているので、アキカズの発言を聞いて驚いた。

 そう言われてよく見れば、騎士団キャンプの襲撃現場で見た時と比べて、ヴァンクーアの筋肉が不自然に盛り上がっている。と、今更ながらカナエも気づいた。半日どころか四分の一日も経っていないのに、鍛えて筋肉が成長するはずがない。となると怪しい術か、怪しい薬かだ。

 怪しい薬を入れていたらしい皮袋が、ぽとりと地面に落下して、

「ガアアアアアアアアァァァァッ!」

 爆発的な砂埃を上げて地を蹴り、ヴァンクーアがテレイシアに襲いかかった。右手一本で、小枝のように長剣を振り回してくる。テレイシアは素早く反応して横っ跳びにかわした、が、ヴァンクーアもその動きに反応して、テレイシアが跳んだ先へと大きく踏み込み、左の拳で追撃をかけた。

 この連撃は流石にかわしきれず、唸りを上げて襲ってきた巨大な拳の一撃を、テレイシアはその身に受けてしまう。咄嗟に、何とか両腕でガードはできたが、地面に背中から強く叩きつけられ、息が詰まり、それでもまだ勢いは止まらず、テレイシアの体は背中で跳ねて高く舞い上がった。

 そこから、テレイシアは逆らわずに何度か跳ねることで衝撃を減殺してどうにか態勢を整え、ヴァンクーアから距離を取って着地する。

 ここまで、あっという間の出来事であった。アキカズは、

「……見事」

 まず、テレイシアの技量に驚いた。最初に殴り飛ばされて地面に叩きつけられた時、地面に手足を着いてその場に踏ん張れば、腕や肩や脚や腰の関節に大きな負荷がかかっていた。あの強烈な衝撃に対してそんなことをすれば、一瞬で同時に何か所も脱臼していただろう。骨折もしていたかもしれない。

 だからあえて、テレイシアは素直に飛ばされたのだ。「柳に雪折れなし」の実践。先程はエルフのお姫様らしくないとか失礼なことを思ってしまったが、テレイシアが相当な達人であることは疑いない。認識を改めねば失礼である。

 そんなことを考えながらアキカズは、それほどの衝撃をテレイシアに与えたヴァンクーアを見た。

「グ……ガ……」

 眼の光が消え、口からは粘性の高い涎を垂らして。ヴァンクーアは変わり果てていた。

 もともと生物離れした狂猛があり、それは兵器生物という存在ゆえのものだと、アキカズは本人から聞かされて知った。が、今はさらに一段階、上に行っている。いや、上というよりも、別の道に行ってしまったというべきか。

 もはやヴァンクーアのことを、筋骨隆々な巨漢とは言えない。そんな、かっこいいものではない。グロテスクなまでにアンバランスに、腕や脚の筋肉が肥大化している。縦横比がおかしい。長さに比べて太さが異常だ。

 こんな体型では却って動きにくいのではとも思ったのだが、先のテレイシアへの一撃でその疑問は消え失せた。ヴァンクーアは動きにくい体を、強い筋力で強引に動かしている。マイナスを補って余りあるプラスがあるなら、結局はプラスになるのだ。

「風の精霊よ、集えええぇぇっ!」

 メルが、テレイシアの援護をするべく、十字手裏剣に風を纏わせて投げた。同時に、それを追うように自身も駆ける。わざと大声を上げたのは、ヴァンクーアの注意を引き付ける為か。

 風を武器に纏わせる攻撃は、あのルノマもやっていた。武器の速度と破壊力を上げる効果があるらしく、ルノマの矢は遠距離からの細い矢一本で、強化モンスターの頭を破壊してみせた。

 メルの手裏剣は、矢よりもずっと厚く重く強固だ。射程距離はともかく、命中時の破壊力は比較にならないだろう。風の精霊術と併用しているせいか一度に一つしか投げられないようだが(先程は四つを同時に投げ、ヴァンクーアの片目を潰している)、当たれば必殺だ。

 と、思ったが。ヴァンクーアは、メルの声が聞こえなかったはずはないのに、メルには全く見向きもせずに、再度テレイシアに襲いかかった。

 その背に、風を纏ったメルの十字手裏剣が刺さら、なかった。

「なっ……まさか!」

 メルは眼前の現実が信じられず、驚きの声を上げた。肥大化したヴァンクーアの背筋は、風を纏った十字手裏剣を、乾いた音と共に弾き返してしまったのである。まるで、岩に小石をぶつけたように、簡単に。ヴァンクーアの背中には、血の一筋も流れていない。

 多量のドーラッグを一度に摂取したヴァンクーアは、ただごとでなく筋肉が肥大化した。その効果はパワーもスピードも、そしてその肉体の耐久力も跳ね上げたようだ。

 アキカズとカナエも、テレイシアを助けに走っている。

「カナエ! あれを……」

「できるなら、とっくにやってるわよ! 今のテレイシアの術とは違って、わたしのあれは山の神様たちがしっかり元気でないと使えないの!」

 アキカズは歯噛みした。先程までのテレイシアもこんな気分だったのだろう。強い技があっても、使えないのでは仕方ない。となると、使える技で何とかするしかないのだが……

「ガアアァァ!」

 ヴァンクーアが、テレイシアに長剣を振り下ろした。狙いはテレイシアの細い首筋、斜め上からバッサリと切断するつもりだ。

 テレイシアはその剣の軌道をしっかりと見据え、まともに正面衝突はせず巧みに逸らしながら勢いを殺す動きをとった。刃の左側面を左掌で斜めに打ち上げ、時間も位置も僅かにずらして、右側面を右掌で斜めに打ち下ろし、左右で上下で挟んで止める。真剣白刃取りである。

 もちろん、こんなのは一瞬だ。今のヴァンクーアの力ではあっさり振り切られるだろう。だから、一瞬だけ剣を止められたその間に、テレイシアは次の手を打った。足で蹴った。

 剣を持つヴァンクーアの手、その指を、爪先で思いきり蹴り上げたのである。剣の柄とテレイシアの靴の爪先とで激しく潰されたヴァンクーアの指は、その強い握力とは関係なく、へし折れた。それで生じた隙に、テレイシアは剣の峰側に指をかけて掴んで引っ張り、もぎ取ることに成功する。

「これでっ!」

 奪った剣をクルリと旋回させ、しっかりと柄を握ったテレイシアが、剣をすっぽ抜かれて体勢を崩したヴァンクーアに斬りかかった。テレイシアもヴァンクーア同様、剣術の心得はないが、モノはブラックエルフ様の魔剣である。そしてテレイシアは今、王家秘伝の気合の精霊術で身体能力を大きく上げている。この武器でこの力でまともに斬りつけられれば、いくらこの筋肉オバケでも、ただでは済むまい。

 が、鋭い金属音が響いて、テレイシアの振り下ろした刃は、ヴァンクーアの肉を斬り裂けなかった。

 といっても、ヴァンクーアの筋肉が魔剣を弾いたわけではない。流石にそれは無理だ。そうではなく、ヴァンクーアは、口で、歯で、魔剣の刃を噛み止めたのだ。真剣白歯取りである。

 しかもそれだけに留まらず、そのまま噛み締めながら首を捻り、重い破砕音を響かせた。

 魔剣を、喰い壊してしまったのである。

「姫様!」

「テレイシアっ!」

 メルとアキカズが到着し、ヴァンクーアの分厚い広大な背に斬りかかった。

 ヴァンクーアは、今度は斬られる前に振り向いて、粉々になった黒い刃を吐き散らしながら、まるで土を掘るように、拳を地面に深く突き刺し、空まで届けとばかりに突き上げた。たったそれだけの動きで、ヴァンクーアの強大な力は多量の土を巻き上げ、天地逆転の土砂崩れを、メルとアキカズに浴びせた。

 かつてのヴァンクーアから、アキカズが魔剣の攻撃として喰らったものと遜色ない攻撃を、今のヴァンクーアは、腕一本の拳一つで、筋力に任せてやってのけたのである。

 これはアキカズにもメルにも、予測できなかった。二人とも、まともに全身で受けてぶっ飛ばされてしまう。

 だが、ヴァンクーアは間近にいるテレイシアには完全に背を向けて、隙ができている。

 だが、今のヴァンクーアに対して、素手のテレイシアにできる有効な攻撃手段などあるか? 殴ろうが蹴ろうが効きそうにないし、関節技などは力ずくで解かれるに決まっている。

「ええええええええぇぇぇいっ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ