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♪西にはあるんだ エルフの国が♪  作者: 川口大介
第二章 エルフ色々多種多彩
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10

 同時にその方向から、竜巻を纏った矢が飛んできた。竜巻、すなわち風が、矢に螺旋状に巻き付いているのである。

 その矢は、竜巻のおかげか常識外れの速さで飛び、竜巻のおかげか矢とは思えぬほどの破壊力を示した。大きな狼の頭部に、横から突き刺さったかと思うと、まるで果物を鉄棒で叩いたように、あっけなく頭蓋を潰してしまったのである。

 頭蓋骨と脳と髄液が飛び散るのを視界の隅で確認しつつ、アキカズは振り向いていた。既に狼は眼前に迫っていたが、一匹だけなら対応可能だ。跳びかかってきた狼の、長く伸ばされた触手の全てが、それと同時に爪も牙も、アキカズの前方の空間に描かれた無数の銀光によって斬り飛ばされる。

 介錯、とばかりに最後に首を飛ばし、狼は躯となって地に落ちた。

「ふう……」

 呼吸と鼓動を整えながら、アキカズは思った。

 今の援護は、援護者がアキカズを助けようと思うなら、アキカズの背後をから来ている敵を射るのが自然だろう。「背後はこちらに任せて、正面に集中してくれ」と。

 だがそう言われても、アキカズは前後からの同時攻撃を受けている最中なのだから、焦りも混乱もある。カナエのように、最初から組んでいる馴染みの者の声ならともかく、全く知らぬ声でそんなことを言われても、信用はできない。その声に加えて背後から狼の断末魔が聞こえたとしても、つい、確認に振り向いてしてしまうだろう。

 そうなれば、そこで狼が死んでいても、次の瞬間にはもう一方の狼の攻撃を受けることになる。最悪の場合、それでアキカズは死んでいた。

 だが、援護はアキカズの前方に行われた。眼前の狼が確かに倒されるのを、アキカズは一瞬の手間もかからずに確認できた。おかげで余裕をもって振り向き、背後の狼に集中でき、対処でき、助かったのだ。

 もちろん、矢のように奔る狼に矢を命中させたことだけでも、驚愕に値する。しかも、並の狼ではないことが一目瞭然だったからか、並の狼相手には必要ないほどの威力を込めて。結果、見事に一発で仕留めることができ、アキカズは救われた。

 見事な判断、見事な手並み。と感服しているアキカズの元へ、

「お見事でした。お怪我はありませんか?」

 清らかに澄み渡る泉のような女性の声と共に、援護者が駆け寄ってきた。

 アキカズはそちらを向いて礼を言おうとした、のだが息が詰まってしまい、声を出すどころではなくなった。目を見張り、胸を高鳴らせ、硬直してしまっていた。

 援護者の耳が、長く尖っていたからである。

『……!』

 そこにいたのは、カナエより一つくらい年上に見えたメルより、更にまた少し年上と見える、大人の色香を感じさせる美女だった。煌めく金色の髪と、生まれてから一度も日に晒されたことがないかのように思える白い肌とが、目に眩しい。ほっそりとした体を革製の軽そうな鎧で守っており、背には矢筒。手にしているのは質素な弓で、何ら特別な仕掛けは見られない。魔力も感じない。そんな弓で、あんな矢を放つとは、やはり本物は凄いと思わざるを得ない。

 そう、本物。森に住み、弓矢が得意で、精霊を友とし、特に風の精霊との結びつきが強いとされる種族――エルフ。

 こう言っては何だが、これこそテレイシアやメルとは違う、モロにズバリに物語の中に登場するエルフ、アキカズが想像していた通りのエルフだ。正に正にエルフなエルフそのものが今、アキカズの目の前で、動いて喋っているのである。

『う、う、落ち着け、俺っ』

 呼吸と鼓動を整えたいのに、整えられない。そりゃそうだ、わざわざ海を越えてまで会いたいと熱望した憧れの存在が、そこにいるのだから。

 だが、若干イメージとズレていたとはいえ、やはり先にテレイシアたちと会っていたおかげもあって、

『す、すぅぅ……はあぁ……よし、そうだ俺。冷静になれ』

 アキカズは煮立っていた意識の中に、冷静さを割り込ませることができた。

 ニホンで聞き、胸躍らせた英雄伝説の主人公たちは、皆堂々としていたではないか。自分も、そのように振舞わねばならない。この人は強くて頼りがいがある、と思われなくてはならない。そうでなくては、英雄伝説の主人公にはなれないのだ。

 アキカズは上ずりそうになる声を押さえて抑えて、努めて低い声で応えた。

「あ、ああ。大丈夫だ。俺の名はアキカズ。助けてくれたこと、感謝する」

「ルノマといいます。旅の人間たちのみならず、山の動物たちも、モンスターに襲われていますからね。我々エルフも、気持ちはあなた方と同じですよ。といっても、」

 アキカズの方から聞いて確認するまでもなく、当たり前のように我々エルフ、と言ってくれた。アキカズはまた感動するが、何とか顔には出さない。

「私は一人で旅をしている中で、ここの噂を聞いて、駆け付けただけですから。我々エルフ、というのは大仰ですけどね」

「一人で?」

「ええ。広い世界を、特に人間の国々を見て回りたくて」

 それだ。それ。英雄伝説のヒロインとして登場するエルフも、そういう動機で旅をしているというパターンが多いのだ。またしても、アキカズのツボを突いてくれた。ズギャンと。

 しかしこうなると、先に会った二人のことが、少し気になってくる。異空間にいたり、眠っていたりと、何だかややこしかった。その異空間というのが、いわゆる「エルフの森」なのかもしれないが、コールドスとかマッスイィーンとか、どうにもエルフらしくない。カナエがどう思っているかはわからないが、あの二人、本当にエルフなのだろうか?

 ともあれ。アキカズが、先程聞こえた異常な咆哮の場へ行こうとしているところだと説明すると、ルノマは良い判断だといって賛同した。

「人か、物か、場所か。何かを見つけて、そこで何かをする為に、モンスターが仲間を呼び集めたと思われます。それはおそらく、この山の異変を起こしている者、我々が目指している敵の指示。すなわち、その者の目的達成に必要なこと。我々としては、それを阻止すべきです」

 スラスラと話されたその内容は、アキカズが、カナエの説明やテレイシアの反応などから導き出した推測と同じ。それをこのエルフの美女、ルノマは、咆哮一発で全て考えついたらしい。

 流石、エルフは聡明だなあとアキカズはまたまた感動する。本気で感動しているから、今、表情を緩めないよう、強く引き締めるのに苦労している。

 苦労しつつ、頑張って低い声で、アキカズは言った。

「元より、そのつもりだ。あの咆哮が聞こえた場所に今、俺の仲間がいるのでな。……たった今、助けてもらっておいて厚かましいが、同行して助力してもらえるなら有難い」

 願いを込めて誘いをかけるアキカズ。が、ルノマは首を振った。

「いいえ。申し訳ありませんが、あなたは先に行ってください。私も後から行くつもりではありますが、今はここでやることがあります」


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