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♪西にはあるんだ エルフの国が♪  作者: 川口大介
第二章 エルフ色々多種多彩
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 狼の頭部を持った、筋骨隆々とした大猿。それだけならモンスターとしては普通だが、こいつはその背から、何本もの触手を生やしている。それらは食虫植物を連想させる粘液を滴らせ、水生生物を思わせるうねりを見せている。大猿自身の腕ほどではないが、メルの腕よりは明らかに太い、肉々しい触手が十本ほど。大猿の広い背中の全域から生え、本来の腕と並んで、メルを狙って蠢いている。

 メルは、モンスターを知っている。過去の世界で、敵が使用していた兵力だからだ。何度も戦い、多くを倒してきた。

 だが、こんな種族は見たことがない。いや、違う。断言できる。こいつは別種だ。メル一人が見たことのない、メルにとっての新種というわけではない。根本的に、モンスターとは違う何かだ。

「……なんて、考えても意味はありませんね」

 メルは腰を低く落とし、油断なく構えをとった。

 背中を向ければ、その背に攻撃を受けると判断したからである。先程の、川を越えた跳躍からしても、こいつの脚力は尋常ではない。このまま戦った方が、生存率は高いだろう。

 だが、そこまで考えたところでメルは、先程の大音量咆哮の意味を知ることになった。

「!」

 大猿と向かい合って立つメルの背後に、無数の殺気が集まって来ている。まだ距離はあり、今すぐに噛みつかれるわけではないが、もう間もなくここに集結するだろう。その数は、間違いなく十を超える。

 大猿は、いきなり獲物に襲いかからず、仲間を呼び集めていたのだ。自分が負けて死ぬことも、メルを取り逃がすことも考えて、戦う前から先手を打っていたのである。そうしておいて、自分は獲物の足止め。自分一人で勝てるならそれでよし、勝てなくても逃がしはしない、と。

「なんという……!」

 こんな連携攻撃を、これまでのモンスターたちは全くしていなかった。明らかに何者かが、何らかの意図をもって命令している。

 意図、とは何か。山の精霊力を狂わせ、モンスターを操り、一体何をしようとしているのか。

 だが今はとにかく、この場を切り抜けることだ。背後の包囲の規模や質が不明瞭な今、目の前の大猿を倒して前方へ、川の向うへ逃げるのが最良だろう。

「いきますっ!」

 メルは忍者刀を構え、触手をうねらせる大猿に向かって行った。


「な、な、何だ?」

 遠くから聞こえてきた、咆哮一発。それだけでアキカズの身に鳥肌が立った。ヴァンクーアと戦った時は、かなりの危機感を覚えたが、ある意味それ以上の恐怖を感じた。たった一声で。

 殺気がどうとか、そんな難しい話ではない。ただただ、不気味で恐ろしかった。

 獣の声ではない。魔物の声でもない。そして、これまで聞いた限りの、モンスターの声でもない。全く別の何かだ。

 人間の声を犬や狼の声、魔物の声を猫や虎の声、モンスターの声を鴉や鶏の声とすると、今のは鐘の音。それぐらい違う。

「……まともな生物ではないわ」

 カナエも、額に冷や汗を浮かべながら、今の声への恐怖を漏らした。

「モンスターはモンスターで、故郷では普通の生物のはず。この世界の獣、あるいは魔物たちと、何ら変わらない存在のはず。でも、今のは違う。何かが違う」

 アキカズとカナエが、声のした方を見る。鼓膜を貫かんばかりの巨大な音声ではあっだが、その発声地がかなりの遠方であることは判る。遠くに雷が落ちたようなものである。

 だから、どんなバケモノなのかは不明だが、今ここで襲われることはない。とはいえ異変の只中で起こった、更なる異変である。調査せねばなるまい。

 あれほどの大音響だったのだから、さっきヴァンクーアに襲われたキャンプにも、他のキャンプにも、漏れなく聞こえたであろう。騎士や冒険者たちと連絡をとって大勢で向かおう、とアキカズもカナエも思ったのだが、

「あっちは……確か……」

 テレイシアが、顔色を変えている。

「メルがいる……メルに、何かあった……?」

「えっ。メルって、あの忍者の」

「メル――――――――っ!」

 アキカズの問いかけを聞くのももどかしく、テレイシアは跳び出した。

 木から木へ、枝から枝へ、人間業とは思えない。エルフ業か。流石は森の民、森の妖精。

 などと、アキカズは感動しながら追うのだが、もちろん追いつけない。大陸の騎士たちよりは軽いものとはいえ鎧姿で、山道である。

 そんなアキカズの、静止の声もテレイシアには届かない。届いても、あの様子では止まるかどうか怪しい。テレイシアにとって、メルは同時代から来たたった一人の仲間だから、アキカズには想像もつかないほど大切に思っているのだろう。

 だからこそ、メルが危ないというのであれば、アキカズだって助けたい。そもそもメルだって、テレイシアと同じ、アキカズにとっては憧れのエルフなのだ。絶対に護りたい。

 だが、そのアキカズが現場に行けないのではどうしようもない。あっという間に、テレイシアの姿は遥か彼方へと消えてしまう。

「風の神様、御力をっ!」

 カナエが、風を纏って高く高く垂直に跳んだ。ではなく、飛んだ。

 周囲の全ての樹よりも上に立ったカナエは、眼下に広がる山を見下ろす。微かに、風とは違う揺れ方をしている木々が見つかり、その揺れが移動しているのが確認できた。あの、異様な声が聞こえた方角へ向かっている。

「よし、どうにか追えそうね。アキカズ~! わたしのこと、見える~?」

 五、六階建ての塔か何かの屋上にいるような、遥か上空のカナエの声が、地面に立っているアキカズに届いた。

 アキカズからは、鬱蒼とした木々が邪魔でかなり苦しいが、なんとかその間を縫って、カナエの姿を確認することはできた。それを告げると、

「わたしが、ここからゆっくりと、テレイシアを追うわ! あなたは、わたしを見上げて、着いて来て!」

 カナエの姿が、上空で少しずつ動き出した。

 アキカズはそれを追って、走り出した。


 メルはその俊敏さで、大猿の攻撃をかわしていく。剛腕から繰り出される大きな拳の打撃、あるいは五指の鋭い爪による斬撃を、見事な体捌きで回避していく。本来ならその合間に、忍者刀で斬りつけていくことができる。だが、この大猿はそれを許さない。

 背中から生えてうねって、長く長く伸びた何本もの触手たちが、メルを捕らえようと襲ってくるのである。これが単純に、腕の多い猿であれば、まだ何とかなっただろう。だが骨のない触手の動きは、肩や肘の関節が存在している腕の攻撃と違い、至極読み辛いのだ。メルは回避で精一杯、攻撃に転じられなくなっている。

 メルの腕や脚が一本でも、一瞬でも、触手に捕らえられて動きを止めたところに、大猿の拳や爪、あるいは牙の攻撃を受ければ。腹部など一口で根こそぎ齧り取られるであろう、華奢な体格のメルには、たった一撃が致命傷になり得る。

 メルがそうやって苦戦している間に、恐れていた事態が起こった。招集されていた大猿の援軍が、到着したのである。

「!」

 メルは大きく跳んで大猿から間合いを取り、そちらを見る。恐れていた通り、十を超える数のモンスターたちがいる。しかもその殆どが、大猿と同じように触手を生やした別種だ。

 最初に大猿が彼らを呼んだ時ほどの大音量ではないが、同種の異様な咆哮を上げて、モンスターたちが襲ってくる。

 敵の数がこれだけ多く広域に散っていると、煙玉は役に立たない。煙の範囲外にいる敵が、煙の塊の中から出て来るメルを見つけてしまえば、それまでである。

 打つ手がない、と一瞬思ってしまったメルだったが、希望は絶望の向こう側にあった。物理的に絶望の向こう側から、足音を立ててやってきた。

 その希望は、メルに向かって殺到していたモンスター群の後方から、風を切る勢いで駆けてきて跳ねてきて、バネ仕掛けのオモチャのような勢いで大地を蹴って跳び、

「っせええええぇぇいっっ!」

 モンスターの後頭部に、重く長い豪槍で突撃するような、強烈な踏み込み蹴りを叩き込んだ。

 たまらず倒れたモンスターの頭を踏み台にして跳んで、別のモンスターの側頭部に回し蹴りを叩き込むと、その反動でメルの傍に彼女は降り立った。

「はんっ! 我が王家代々の秘伝の技、ナメんじゃあないわよ! 精霊術が使えなくても、あたしには格闘術がある!」

 テレイシアだ。長い金髪はさんざんに乱れ汚れ、水色ドレスのスカートは邪魔になったのか、右側面も左側面も裾からウエストまで大きく破られている。もはやスカートではなく、腰から前後に布を垂らしているようなものである。

 そういう出で立ちのせいでテレイシアの両脚は、横から見ると付け根どころか臀部まで晒されている。その脚は歳相応、メルとは対照的に細い。折ろうと思えば誰にでも、手で掴んで簡単に折れそうだ。

 だというのに今、二匹のモンスターをあっという間に蹴倒してしまった。二匹とも絶命はしておらず、痛そうにしながらも唸り声と共に起き上がっているが、それでもダメージは小さくないようだ。

 そんなテレイシアに続いて、

「これはまた、何とも豪快ねエルフのお姫様。アキカズが見たら泣きそうだわ」

 カナエが、上空から二人の前に舞い降りてきた。


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