1
騎士団のキャンプに到着したアキカズとカナエが見たのは、予想以上の修羅場であった。
騎士たちが数人、冒険者たちが十数人。合わせれば二十人以上いる。彼らと戦っているのは、ほぼ同数、二十匹ほどのモンスターたちであった。四本腕の巨熊や、羽の生えた狼などが、騎士の剣を受け止めたり、射手の矢をかわしたりしながら、彼らに猛攻を加えているのだ。
その中の何匹かは、あの双頭蛇の鷲のように、火を吐いて攻撃している。どうやら積極的に山火事を狙っているわけではないようだが、それでも戦いの余波で火は木々へも飛んでしまい、みるみる燃え広がっている。
このまま大規模な火災となれば、山狩りに出ている者たちだけでなく、山の中や周辺に住んでいる人々、草木や獣たち、そしてあのエルフたちも、皆が焼かれることになる。
「風の神様、雨の神様、御力を!」
カナエは、小さなものではあるが雨雲を呼び寄せ、局地的に雨を降らせた。戦っている者たちの邪魔にならぬよう、燃えている木々にだけ狙いを定めてだ。両腕を大きく振って雲を操り、雨を操り、火を消していく。
が、既に燃えている面積は広く、そもそも次から次へと新しい火が来るのである。とても追いつかない。
見れば、カナエと同じように、氷の魔術などを使って鎮火に努めている魔術師たちもいる。その彼らを、戦士たちが守って戦っている。だが、ただでさえ強力なモンスターが、かつてないほど集まって襲来したため、苦戦を強いられている。
火はカナエに任せ、戦いに加わろうと刀を抜くアキカズも、こういう光景を予想はしていた。今ここに来ているモンスターたちは、無作為に旅人を襲っていたものたちとは違うと。だが、やはり実際に目にすると、その異様さはかなりのものだ。これほどのモンスターたちが整然と、人間たちの拠点を狙って攻撃してくるとは。明らかに組織立っている。
一体どんな奴が、何を企んで、こんなことをしているのか? その疑問の答えのいくらかは、既にこの場に提示されていた。
「はっはっはっはっ! この程度か人間ども!」
などと笑い、モンスターの群れの一番後ろで腕を組んで立つ者。あいつが、モンスターたちに命令してここを襲ったに違いない。
確信して、アキカズはそいつに向かって走った。
決して小柄ではないアキカズよりも、頭二つ分ほど背の高い色黒の巨漢で、それに見合う、いやそれ以上に分厚い、不自然なほどの筋肉を備えている。巨体過ぎて合う鎧がないのか、体の要所要所に防具を着けているだけで、それらは全身を覆えてはいない。だからこそ、その発達した筋肉がよく目立つ。
そんな巨漢が腰に差して、似合っている長剣。それはつまり、もし普通の人間が持てば長すぎて、そして重すぎて、扱いきれぬような大きさの剣であるということだ。
あいつがあの剣を振るえば相当な威力であろう、と分析しながら、アキカズは走った。襲って来るモンスターたちをかわし、あるいは斬り伏せ、その防衛線を突破して、巨漢に迫る。
「覚悟!」
「ほう? 少しはできそうだな」
巨漢の方も、接近してくるアキカズに気づいたようだ。おもむろに腰の剣を抜いて、分厚く大きな両手でしっかりと、まるで斧でも扱うかのように柄を握り、迎撃態勢を整えている。柄も鍔も刃も真っ黒な、何やら禍々しい剣だ。
モンスターの群れを突破してくるアキカズを見て、手応えのありそうな相手だ、面白い、とでも思ったのだろう。楽しそうに舌なめずりをして、咆哮を上げると、その剣を振った。
アキカズは、足を止めずに刀を構える。走る勢いを乗せての一撃で巨漢の剣を打ち、体勢を崩させて二撃目三撃目と斬り込むつもりだったのだが、
「うわっっ⁉」
走る勢いを乗せての一撃が、全く通用しなかった。
巨漢の剣は、アキカズの刀と衝突した後、まるでアキカズなどそこにおらずただ素振りをしただけのような速さで、振り切られた。アキカズは刀ごと、刀を持ったまま、刀に引っ張り上げられる形で、宙を飛んでいく。そのまま大きく、家一軒分を越えるほどの放物線を描いて、修羅場から離れた山の中に落ちた。
木々が密集している山の中。アキカズは、辛うじて受け身をとれたが、今の怪物じみた一撃を受けた両手は痺れてしまっている。刀にヒビなどは入っていないようだが、その刀をしっかりと握ることができない。打ち飛ばされた時、よく放さずに済んだものである。
「な、な、何なんだあいつは……」
かなりの怪力であろうと予想してはいたが、まさかこれほどとは。モンスターたちを統べるボスに相応しい強さ、とでもいうべきだろうか。
だが、驚いてばかりもいられない。あの巨漢の雄叫びが近づいてくる。
アキカズは体内の気光を操り、手に集めた。アキカズの治癒の術は、巫女であるカナエに比べれば稚拙なものだが、この程度のことなら問題ない。痺れはすぐに消えた。
だが、問題はここからだ。あんな攻撃をまともに体に受けたら、アキカズの鎧は両断される、というか砕かれるだろう。中身ごと。アキカズごと。
強敵だ、とアキカズが気を引き締めたところで、その強敵がアキカズに向かって走ってきた。キャンプの方はモンスターたちに任せ、自分が打ち飛ばして仕留めきれなかった獲物に、トドメを刺しに来たということか。
「生きているだろうとは思ったが、逃げもしないでそのツラってことは、まだやるつもりだな! いい度胸だ、殺してやろう!」
アキカズは改めて、その姿をしかと見る。人間離れした巨体。人間離れした筋肉。人間離れした武器。そして、人間離れした攻撃力。
だが、この巨漢が人間でないことは、実はアキカズにはとっくに解っていた。こいつが普通の人間サイズでないのは、腕の太さや胸板の厚さだけではない。耳の長さもだ。上方に向けて尖った、長い耳。明らかに人間の耳ではない。
加えて、その肌の色。色黒といえば色黒なのだが、アキカズの知る色黒の人間の肌とは違う。黒いというよりも、暗いと言いたくなる色だ。
「……俺が抱いていたイメージとは、随分違うが」
アキカズは臆さず、むしろ一層の闘志を燃やして、巨漢を怒鳴りつけた。
「お前が、この山の異変の黒幕というわけだな、ダークエルフよ! 我が名はアキカズ、人類とエルフの敵であるお前を、この場で討ち取ってくれる!」
すると、巨漢がピタリと脚を止めた。
そして、巨漢はニヤリと笑った。
「名乗られたからには、名乗り返そうか。オレの名はヴァンクーア。アキカズよ、お前が勇ましく述べた今の口上には、二つの間違いがある」
「何?」
油断なく構えるアキカズを前に、黒い巨漢ヴァンクーアは、ナメているのか長剣を肩に担ぎ、気を抜いた様子を見せている。
だが、得体の知れない相手であるし、何やら情報を引き出せそうなので、アキカズはとりあえず攻撃せず、話を聞くことにした。
「一つ。モンスターどもを召喚し、操っているのはオレではない。つまりオレは、この山の異変の黒幕ではない。さっきお前も見た通り、手駒として借りたから、無関係ではないがな」
というヴァンクーアの言葉。アキカズには少し意外だったが、言われてみれば確かに、魔術師などには全く見えないこの男が、大規模な召喚術を行っているというのも違和感がある。
「お前には仲間がいて、そいつがモンスターを召喚している者、真の黒幕ということか」




