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帰還者オーバースタディ

 あれから何日か後、偶然放課後の教室に私と青木と大竹さんが残った。

 天野さんの存在が消されたことに気づいてから、誰もあの事件を話題にしなかった。する勇気がなかった。

 だがその沈黙を大竹さんが破った。

「尾崎くん、天野さんのことを憶えている?」

 尾崎というのは私の名だ。

「憶えている」

「やっぱり夢でも妄想でもなかったのね」

「……だと思う」

「天野さんの下の名前は憶えている?」

「いや、憶えていない」

「照子。古臭い名前だと思ったから、よく憶えている」

 青木、おまえは一言多いんだよ。

「じゃあ青木くん、天野さんはどこから来たか憶えてる?」

「どこからって、学校? それとも住所?」

「どちらでも」

「知らない」

 知らないのに訊き返したのかよ。

「三重県の伊勢市だって自己紹介で言っていた気がする」

 大竹さんは知っていたのか。私は大竹さんが何を言いたいのかが気になった。三重県伊勢市の天野照子?

「まさか!」

 私は思わず叫んだ。

「おい、どうした?」

 二人ともびっくりしたようだが、先に口を開いたのは青木だった。

「……伊勢神宮に祀られているのは、天照大御神だ」

「尾崎くんも気がついたみたいね」

「天野さんがアマテラスだっていうのか? あり得えないだろ!」

 珍しく青木が常識的なことを言っている。

「天野さんは大竹さんにどうやって滅ぼすのかと訊かれたとき、大量破壊兵器と答えた」

「それがどうした?」

「アマテラスは太陽の神様だ。太陽はどうやって光っている?」

 私にそう言われて、青木も気づいた。

「……水爆かよ」

天岩戸(あまのいわと)伝説は知っているよな」

 青木は思い出そうとしたのか、変な表情になった。大竹さんの方が先に答えた。

「スサノオの乱暴狼藉に腹を立てたアマテラスが、天岩戸に隠れたという神話ね」

「子供のとき疑問に思ったんだ。アマテラスの方が偉いのなら、なぜスサノオを直接罰しなかったのかってね。天岩戸に隠れるという間接的な方法だと、他の神々や人間が迷惑を被る。合理的じゃない」

「アマテラスは女神だからじゃないのか?」

「日本書紀にはアマテラスの性別は明確には書かれていない。神仏習合のときには大日如来と同一視されたから、男神だとされたぞ」

「『シンブツシューゴー』てなんだ?」

「そこは本題じゃないから後でググってくれ。俺が言いたいのは、アマテラスはスサノオを自力で罰する力はあったが、それができない事情があったんじゃないか、ということだ」

「アマテラスが権能を地上で使うと水爆になってしまうから?」

 私は大竹さんに頷いて答えた。

「全部憶測だな」

 青木は考えるのが面倒になったらしい。

「それを言ったら、俺たちの異世界体験だって妄想かもしれない」

「妄想ってことはないだろう」

「異世界の存在は科学的に証明できない。今は空想上の産物でしかない。そんなところに行ってきたというより、クラス全員が集団催眠とか集団幻覚とかにかかったという方が、科学的には説得力があるぞ」

 私がそう言ったら、青木も大竹さんも黙ってしまった。

 ちょっと空気が悪くなったので、思いつきを提案してみた。

「厄落としに神社に参拝しない?」

「「伊勢神宮に?」」

 青木と大竹さんがハモったのにちょっと驚いた。本人たちもそうだったようで、一瞬だが互いに相手の顔を見た。

「アマテラスを祀っている神社は他にもあるんじゃないかな。菅原道真を祀っているのは太宰府天満宮だけど、菅原神社って日本中にあるって聞いたことがある」

「菅原神社は学校の近所にもあったわね」

「ググれば分かるか」


 その週の週末、クラスの希望者で最寄りの神明神社に参拝した。

 参拝を終えたところで、青木がボソッと言った。

「天野さんはこっちに戻ってこれたのかな?」

「彼女がアマテラスなら、戻ってこれたと思う」

 大竹さんがそう言ったので、私と青木は大竹さんの方を見た。

「アマテラスが天岩戸に隠れたときは、日照りがなくなるなどの天変地異が起きたじゃない」

 それが起きていないということは、この世界にはアマテラスがいるということか。

 一緒に参拝した女子が大竹さんに声をかけた。

「テンコ、みんなで菅原神社にも参拝することにしたけど、テンコも来ない?」

 大竹さんの下の名前は典子(のりこ)。なのでクラスの女子たちからはテンコという愛称(ニックネーム)で呼ばれていた。

「うん、行く」

 そろそろ本格的に受験の準備を始めなければいけない時期だった。

「あ、俺も行きたいな」

 青木がそう言ったら、女子たちの間から「えーっ」という声が挙がった。

「おまえはこっち」

 私はそう言って、青木の肩に腕を回して、女子たちから引き離した。

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