異世界人はコアラ人間?
「こっちの人間は女しかいないのか?」
青木が言うと「ハーレムキター!」にしか聞こえないのは、私の心が汚れているからだろうか。
「いいえ、これはオスよ」
異世界人の股間にも驚いたが、そう言った直後の天野さんの行動にはもっと驚いた。天野さんは死体の性器に手を突っ込んだのだ。驚きのあまり誰も声を出せずにいると、天野さんは性器から何かを引っ張り出した。それは男なら誰でも見慣れたものにそっくりだった。
「ほら、オスだから陰茎があるでしょ。彼らの性器の形は地球のコアラにそっくりなの。体の中で尿道と肛門と性器が繋がっていて、体の外には総排泄孔という一つの穴しか開いてないの」
あまりの衝撃的な光景に誰も声が出なかった……というわけではなかった。
「この世界じゃア◯ル・セックスがデフォなのか!?」
青木に女子たちの白い視線が刺さる。青木は地元の国立大学の教育学部を受験する予定だ。前々から思っていたが、このとき私ははっきり決断した。もし自分に子供ができても、青木のいる学校には入学させない!
さすがの青木もこのときばかりは空気が読めたようだ。
「いや、その……なんで異世界の人間はこうなんだ?」
かなり下手な誤魔化し方だが、天野さんは気にしなかったようだ。この場で青木を弾劾するのは馬鹿馬鹿しいと思ったのだろう。
「ここは日本じゃないし、地球ですらない。地球以外の天体。つまりここの連中は宇宙人と同じ」
そう言われて、私も含めてクラスのみんなは納得した。このとき異世界人に対する同情みたいなものはなくなったと思う。
私は最大の疑問を訊いてみることにした。
「事情はわかったよ。でも神様はなぜ直接手をくださないんだ?」
「神々の間では、互いに相手の世界に干渉しないというルールがあるの。勝手に召喚された世界の神々はこの世界の神に抗議したけど、ここの神はそのルールをいいことに無視し続けてきた。だから被害を受けた神々は一致して制裁を行うことにしたわ。神が直接手をくだすことはできないけど、召喚された人間に滅ぼされたのなら、それは召喚した側の自業自得ということになる」
互いにルールの抜け穴を突きまくってるのか。でもやっぱり滅ぼすんだね。
「ここの神が気づく前に終わらせなければならない。先にみんなを帰還させるわ」
「待って。天野さんはどうするの?」
大竹さんの発言は私には意外だった。天野さんより異世界人の心配をするものと思ったからだ。
「もちろん帰るわよ。でも全員が危ない橋を渡る必要はないでしょう」
リスクは「ない」ではなく「増えない」というのは、そういう意味だったのか。
「本気で滅ぼすの?」
「そう言ったわよ」
「どうやって?」
「……大量破壊兵器」
次の瞬間、私たちは教室にいた。日本に戻ってきたのだ。私が日時を確認すると、異世界に連れて行かれた時刻だった。異世界には数時間いたはずだが、その時間はなかったことになっていた。私たちの記憶を除くと、異世界に召喚されたという事実自体がなくなっていた。
ただひとり、天野さんだけは戻ってこなかった。それどころか、天野さんという転入生は存在しないことになっていた。