わたくしと勘のいい男
先頭は眼鏡君。
その後ろには道具を色々抱えた庭師が数名に加え、何でいるのかわからないアグリオスとその護衛の騎士。
彼らが歩いて来た方向にはアグリオスが乗ってきたと思われる馬車と、庭師達と道具を運んできたと思われる馬車も見える。
いつもアグリオスにくっ付いている腰巾着君の姿が見える範囲にはない。
さすがに先日の騒動を考えると、正常な思考回路を持っている者なら彼を連れてはこないだろう。
その辺、アグリオスはまだ正常な思考回路が残っていたらしい。
「……マルグリッド?」
「いえ、マルガリータです。わたくしはメイドのマルガリータです」
ちっ、あんぽんたんのくせに勘のいい男ですわ。
アホ面を維持したまま、わたくしを凝視するアグリオス。
さすがにこの完璧な変装も、わたくしを知っている者にまじまじと見られるとバレてしまう可能性が高い。
即答で否定した後はこれ以上顔を見られないように使用人らしくサッと頭を下げてやり過ごしてしまいましょう。
「そんな雑な誤魔化し方が通じるわけはないだろう! 背中の魔砲から、別邸の玄関や応接室に仕掛けられていた罠とそっくりな魔力の気配がプンプンするぞ! って、魔砲なんか担いでどこへいくつもりだったんだ!」
はっ! 変装は完璧なのに、そこは失念しておりましたわ!
冒険者活動で魔砲はちょいちょい使うのでわたくしの魔力が染みついておりましたわ。
ちっ、無駄に気配に鋭いあんぽんたんですわ。
さすが学園時代に武術の成績が良かっただけのことはありますわね。悔しいですが、そこだけは認めてさしあげますわ。
「それにそれは変装のつもりか? 上位貴族の家門出身者がメイドの恰好をしているという意外性以外は、髪の色も変えてなければ声も変えてなくて全く変装になっていないぞ。ふむ、それは目元の印象を変える眼鏡か? 元の目付きが悪すぎてあまり変わってないではないか」
顔を見られないように頭を下げた体勢を維持しながらこの状況をどう切り抜けるか考えを巡らせて無言になるわたくしと、わたくしの方へ近付いてくるアグリオスの足音。
頭を下げているので顔は見えないが、アホ面からいつもの無表情に戻っていそうな口調だ。
なんとかやり過ごせないか思考を巡らせていたのだが……え? まさか、この完璧な変装がバレた!?
確かに髪の毛は三つ編みしただけですし声は変えておりませんけれど、目元は変装用の眼鏡をかけておりますのに! ちょっぴり目元の印象が変わっているはずなのに!
って、今わたくしのことを目付きが悪いとおっしゃりました!?
失敬でしわね! 確かにわたくしはつり目できつい印象はあるかもしれませんが、これは目付きが悪いのではなく切れ長の目ですわ!!
「クロード・レック、お前はこのことを知っていたのか? お前の報告にあった使用人というのはこの女――マルグリットのことなのか?」
「えええええ!? マルガリータさんがマグリット様!? 僕はマルグリット様のお顔をよく知らなかったので、全然全くちっともさっぱり気付きませんでした!! 先日、お部屋のカーテン越しにお会いした時は僕の横にマルガリータさんがいらっしゃいましたからてっきり――あ、もしかして何か謎の魔導具とかで細工が!? ああ~、全く全然さっぱりこれっぽっちも気付きませんでした~! いやぁ~、先日初めて生マグリット様をお近くで見た時も全く気付きませんでしたね~! 僕って注意力が足りないなぁ~、もっと精進をします!!」
頭を下げた体勢を維持していて顔が見えないのでよくわかる、眼鏡君の話し方がめちゃくちゃ芝居がかっているのが。
しかもめちゃくちゃ大袈裟すぎてわざとらしい。
まさか、眼鏡君までわたくしの変装に気付いていた!?
馬鹿な……今までそんな素振りは全くなかったのに……っ!
少しだけ顔を上げて視界の端っこで眼鏡君の顔を見ると目が合い、眼鏡の奥のほっそいほっそい目の端が笑うように動いた。
キイイイイイイイッ! もしかして、この陰険おクソ眼鏡もわたくしの完璧な変装を見破っていたと!?
しかしその下手くそな芝居、あんぽんたんだけれど勘のいいアグリオスには通じないのでは?
気付いて報告していなかったとなると、眼鏡君も怒られること待ったなしですわ。
「む、そうか。こんなガバガバな変装も見抜けるとは……クロード・レック、お前はもう少し観察力を磨くことだ」
「はい、精進します!」
あんぽんたんはやはりあんぽんたんでしたわあああああああああああ!!
そしておクソ眼鏡は、相変わらず白々しいですわああああああ!!
「それで、マルグリットはいつまでそうしているつもりだ。これがどういうことなのか説明してもらおうか」
チィィィッ! 眼鏡の君のおクソな演技に騙されるあんぽんたんのくせに偉そうでムカつきますわ!!
しかしもう誤魔化すのは無理そうなので、こうなったら開き直るしかないですわね。
「おっほほほほほほほほ、バレてしまっては仕方ありませんわね! そうですわ、わたくしはマルグリットですわ! どういうことだと言われましても、使用人がいないのでわたくしが使用人になってみただけですわ! ええ、それで何も不自由しておりませんので、やはり使用人など必要ありませんわね! むしろその方が気が楽なのでどうぞどうぞこのまま放置しておいてくださいまし! それから、担いでいる魔砲は学園在学中の頃から趣味にしており競技用魔砲ですわ! ほら、すぐ裏に少々魔砲をぶっぱしても平気そうな雑木林がありますから、気分転換に時々いっておりましたの。嫁入りをしてこの待遇には傷ついておりますので、心の傷を癒やすために!」
開き直って顔を上げると仏頂面のアグリオスが腕組みをしてこちらを見ていたが、構わず言いたいことを好き勝手言ってやった。
そのお面がわたくしの言葉にどんどんと驚愕の表情になっていくのが、ちょっぴり気持ち良い。
はああああ、開き直って言いたいこと言うのは気持ち良いですわね!!
アグリオスンの後ろで、胡散臭い笑顔を貼り付けているおクソ眼鏡は相変わらずイラッとしますが。
大人しく放置嫁生活を満喫しているつもりだったが、やはり初夜でのあの態度やこの別邸に押し込められ放置嫁生活に突入するまでの時期のことを思い出すと、腹のそこからフツフツと怒りが込み上げてきて怒濤のように巻くし立ててしまった。
魔砲を担いでいる本当の理由――公爵邸を抜け出して冒険者ギルドへ通っていることはさすがにバレると抜け出せなくなりそうなので、それっぽい言い訳で切り抜ける。
魔砲による競技射撃は高位貴族でも嗜んでおられる方は多いので珍しくなんともありませんわ~。
「……………………なるほど、そういうことだったのか。それなら仕方な――くない! つまり現在使用人はゼロということか!? 身の回りのことはどうしている? 食事は? 掃除は? ドレスの着付けはどうしている? 先日のドレスは……まさか……」
巻くし立てたらそのまま納得してくれるかと思ったのですがダメでした。
そして質問攻め――だけでは終わらず勝手に何かに思い至り眼鏡君の方を振り返るアグリオス。
それ、間違いなく見当違いもいいところです。
「いえいえいえいえいえ、ないないないないない絶対ないです。あの日も僕が来た時にはすでにお着替えになられていたので、急にお休みになった使用人のマルガリータさんに着付けしてもらったのだとばかり思ってました。それに報告書にも書きましたが、別邸には使用人が足りなくともそれをカバーする対策があちこちに施されており、日常的な生活には全くお困りではないようでした。だとしたら使用人がやっていたことを思っていたいたそれらのことを、実はマルグリット様が普段からお一人でやられてたということ! マグリット様はご自分で身の回りのことを全てできるということですよ!!」
ちょっと? この腹黒クソ眼鏡?
使用人は足りないどころか全くいないし、それをカバーする対策を施してたのもわたくしというマルガリータである。
わたくしより先にアグリオスの言葉に反応した眼鏡君によって、嘘はついていないけれど全てを語っているわけではない報告書の内容がポロリとされる。
語っていない部分は、マルガリータの正体に気付いていないのなら語れない部分。
しかもこの感じだと、別邸の違和感に気付くヒントも報告書に書かれている可能性も高い。
ただアグリオスがそれに気付いていなかっただけ。
この眼鏡、やはり食えない男である。
その報告書とやらと一度見せてもらいたいところですわね。
「ええ、わたくしは自分の身の回りのことくらい一人でできますの。先日着ていたようなシンプルな作りのものでしたら使用人の手助けなど不要ですし、髪の毛もアップにしないのなら自分の手で十分ですからね。ほら、このクソ長い髪を三つ編みするのも自分でできますから、下ろして整えるくらい余裕ですわ」
ぶっちゃけ下ろして整えるより三つ編みの方が楽なのだろうが、フリージアのぶりっこおもしれー女プレイに釣られる程度に女のことをわかっていないアグリオスなら、髪を下ろすのは手を加える必要がなくて三つ編みは手間のかかる高等技術だと思っていてもおかしくない。
「クソ……?」
しまった、つい言葉が乱れてしまいましたわ。
「あら、お恥ずかしい。完璧な変装を見破られて、驚きのあまり言葉が乱れてしまいましたわ」
「完璧」
アグリオスは何か言いたげな表情だが、わたくしはもう言いたいこと言ったので会話を打ち切って自由時間を満喫したい。
アグリオスがきたので抜け出して町へいくのは諦めて、裏の雑木林で魔砲の練習でもしていようかしら。
「それはでは、わたくしこれから少しお散歩でもしてきますので、お庭の確認はお好きになさってください。お庭の確認などわたくしが立ち会っても邪魔なだけでしょう?」
そうそう、お仕事の邪魔にならないように放置嫁は撤退いたしますわぁ~。
「魔砲を担いで散歩? 待て待て待て待て! 魔砲を担いで散歩にいくのも、裏の雑木林で魔砲をぶっぱするのもいいが――いや、良くない! それはどこかに射撃場を用意するのでそこでやるように。それより、庭の方は庭師に任せて少し話がしたい」
「え? お話?」
まだ何か話すことがあるんですか!?
わたくしとの話より庭に咲いていたイケナイお花のことの方が重要でしょう!?
お読みいただき、ありがとうございました。




