わたくしとイケナイお花
鑑定スキルで確認をして確信ではなく確実だったのだが、念のためにプロの目で確認してからの方がいいと判断し、理由は後回しで眼鏡君に庭師を呼びにいかせた。
今日はちょうど庭師が別邸の庭の手入れにきていて正面玄関側で作業に当たっていたため、眼鏡君がすぐに庭師をわたくしのところに連れてきてくれた。
連れて来られた時は訝しげな表情だった庭師だが、カラフルなヒナゲシに混ざる一見ヒナゲシのようにも見える紫の花に気付くと、表情が一瞬で険しくなった。
そして――。
「正解じゃ、これはダメな方のケシじゃの。栽培が禁止されておるものじゃが、繁殖力も生命力も高い故に一度生えてしまえば、駆除しても駆除してもまたしばらくすれば生えてくるんじゃよなぁ。特にこの周辺の地域は数年前からこやつの自生が度々確認されておるから、もはや完全に駆逐するのは難しいじゃろうなぁ。とりあえずこれは抜いて、アグリオス様に報告してから処分じゃのぉ」
庭師からは、わたくしの確信が間違っていなかったことを裏付ける言葉が返ってきた。
「え? ダメなケシって、あのダメなケシなんです? ダメなケシってあれですよね? 麻薬の原料にやるやつ。ええ……こんな風に普通に生えちゃってるものなのですか? ええ……マジかぁ……マジでぇ? そんなのあちこち生えている可能性あるやつじゃん……マジかよ」
事情を説明していなかったので、庭師の話を聞いて一度はポカーンとした顔になった眼鏡君だが、すぐにことの重大さに気付きだんだんと表情が険しくなった。
最後の方は独り言のようで、素の喋り方になってしまっている。
そう、普通の野花に見えても、これは麻薬の原料にもなる植物。
見た目はヒナゲシとそっくりで知らなければ見分けが付かず、このように勝手に生えてくることもあるのだが、多くの国で危険な薬物の原料になるとして栽培も取り引きも禁止されている植物。
だが医療用の薬の原料にもなるため、エレジーア王国では国の厳しい管理下でのみで栽培をされている。
「その通りのダメな方のケシですわね。麻薬の原料になるのでもちろん国で厳しく規制されており勝手に栽培をすれば罰せられますし、このように生えているのが発見されれば速やかにそして徹底的に処理をしなければならないことになっているので、普通というほど普通には生えてますわね。しかしケシの類いは繁殖力が強く一株でも残っていれば種が溢れて飛び散ってどんどん広がっていき、また種は動物や人にくっ付いて移動し広がることもありますからねぇ……完全に駆逐するのは非常に難しく、一度生えた場所には再び生えてくる可能性が高い植物です」
庭師を交えた三人で薄い紫の花を咲かせている株を囲み覗き込み、事実を確認するために揃ってそれを食い入るように見ていた。
どこからともなく種が飛んできて勝手に生え広がっていく、同じケシ系のヒナゲシにそっくりな種。
今回はヒナゲシには見られない色だったことで目に留まり、わたくしに少々知識があったためそれが何かということに気付いたが、同種のものにはヒナゲシにもありそうな色の花を咲かせるものもある。
そうなるとただでさえヒナゲシと見分け付きにくいものがより一層見分けが付かなくなり、知らず知らずのうちに身近で増えて続けているという状況になる。
この一見ただの野花にしか見えない植物が、人にとって大きな害をなす麻薬の原料となる植物だなんて何と恐ろしいことだろうか。
もちろん国としても発見次第速やかに徹底的に駆除をする方針で、冒険者ギルドを始め各種ギルドでもその対策に当たっているがやはり根絶というのは不可能で、せめて人の生活圏からは――となっても、一度生え広がってしまったものを完全に駆逐をするのは非常に難しいのが現状である。
そしてそれが違法を知りながらも加工し私腹を肥やそうとする輩も、それを服用し依存してしまう者も当然ながら存在しており、こちらもどんなに厳しく取り締まっても根絶には至るのは難しい。
人の欲から生まれる闇は非常に根が深い。
「うっわ、相変わらず怒濤の早口ですけど、おかげで状況は理解できました。これって簡単に麻薬に加工できたりするもんなんです?」
いつもは植物の話などあまり興味がなさそうな眼鏡君だが、公爵家の役人という立場もあり麻薬の原料となる植物となると気になるのだろう。
かなり前のめりな体勢で花を覗き込みながら、わたくしの話に食いついてきた。
「そうですわねぇ……知識があれば――と言いたいところですが、この品種は見ての通り小振りですので一株から取れる原材料の量もたかがしれてます。そしてその少量を効率良く抽出するため機具、それを作る技術も必要となってきますので素人にはかなり厳しいですかね。つまり麻薬の製造となるとそれなりの栽培地と施設が必要になるので、偶然見つけた一株だけではどうにもなりませんわね」
技術と知識と機具が必要で一株生えていたところでどうなるというわけではない。
だが一株を放置すれば来年には更にあちこち生え、数年で別邸の庭を埋め尽くす勢いで増えることだろう。
そしてそれを見つけたことを切っ掛けに故意に増やすこともできる。
長期間にわたり放置されていたと思われるこの別邸がまだこいつに埋め尽くされていないことが不思議なくらいなのだが、まだそうなっていないということは別邸にこいつの種が運ばれきたのは去年か今年くらいのことなのだろう。
一株では微量だとしても、庭を埋め尽くす勢いで群生するようになれば使用に足る量になる。
自生していることに気付けば悪用をされる可能性もあれば、事故が起こる可能性もある。
そして群生しているのが私有地ならば、その所有者が栽培と麻薬製造の疑いを掛けられることも。
故にたった一株だと決して見逃してはならない。
麻薬は人を蝕み、蔓延すれば国を蝕む。
決して許してはならない存在なのだ。
とりあえず変に疑われるのも嫌ですし、この違法ケシはさっさと抜いて眼鏡君と庭師に預けてアグリオスに報告してもらいましょう。
――そういえば、東の隣国ベルマネンテ帝国ではここ数年、麻薬組織の活動が活発になっているとかで、薬物関連の取り締まりが非常に厳しくなっているという情報がありましたわね。
わたくしがまだ王太子の婚約者として王城で外交を学んでいた頃の情報ですと、このケシが原料となる麻薬が特に多く出回っているとかなんとか。
エレジーア王国にまで飛び火しないとよろしいのですが。
特にシャングリエ公爵領はベルマネンテ帝国との国境もあるので、あちらの国の情勢は気になりますわねぇ。
アグリオスへの要望リストに、国内だけではなく国際情勢にも詳しい新聞を加えておきましょう。
生えていてはいけないお草を見つけてしまったため、眼鏡君はそれを回収して大急ぎで本邸に帰っていき、わたくしは庭師と共に他にもいけないお草が生えていないか敷地内を見回りを。
幸い今のところ他には生えていなく、発見して抜いたものも種が溢れるまで成長したものではなかったのでひとまずは安心。
しかしやはり一つ生えてきたからには、また近く生えてくる可能性があるので油断できない。
しばらくはこまめに庭全体を確認しなければいけませんわねぇ~。
はぁ~、一段落したところでお昼を簡単に済ませたら午後からは予定通り町へ遊びに……いえ、冒険者ギルドでお仕事をやりに。
冒険者ギルドでコツコツ稼いだお金も貯まってきましたし、帰りに農業ギルドに寄って薬草の苗を帰って帰りましょうかねぇ。
アグリオスに提出する要望リストに書けば植物の苗も届きそうですが、やはり自分の花壇に植えるものは自分で選びたいですわ~。
というわけで、今日も午後からは町へおでかけ!
これもすっかり最近の日課ですわ。
……と思ったのだが。
「え……?」
「あ……?」
「は……?」
昼食後、愛銃M870を担いで裏門を出たところで、こちらに向かってきていた眼鏡君にばったり。
そして、思わず変な声が出た。
変な声が出たのは眼鏡君にばったり会ったからではなく、その後ろに見える数人の庭師……でもなくその傍らにいる人物。
アッアッアッアッアグリオスーーーーーーー!?
何で裏口に!? ていうか、先触れは!?
めめめめめめ眼鏡君!? これはどういうことですのーーーー!?
「いやぁ~、さっきのお草をアグリオス様に報告したところ即座に対応していただけるとのことで、他にも生えてないか確認するための庭師も手配してまいりました。いやぁ~、アグリオス様の対応が早すぎて先触れを出している時間がなかったんですよぉ~。それで、ことがことなのでアグリオス様も現場をご同行されるとわけで一緒に。庭師も数名いますので裏口からというわけですね」
相変わらずのヘラヘラ笑顔の眼鏡君。
その後ろには数人の庭師と、目を見開き半口を開けたアホ面で固まっているアグリオス。
えぇと……どうしましょうか、この状況。
お読みいただき、ありがとうございました。




