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わたくしと草毟り

 エレジーア王国北東部にあるシャングリエ公爵領の夏は短く、真夏の直前までは過ごしやすい気候が続く。

 王都では気温が上がり夏の気配を感じるこの時期、シャングリエ公爵領では春の余韻が残る初夏の真っ最中。

緑がより鮮やかになり、色とりどりの花が次々と咲く季節。


 別邸の庭でも葉も花も元気にスクスクと育ちまくって、輝く緑に色とりどりの花が咲き乱れていますわ。

 そう、まさに乱れて……植えた覚えのないお草まで生え散らかして、お庭がお乱れになっておりますわ~~!!


 別邸にやってくる庭師は最初に眼鏡君が連れてきた一人だけで、しかも週三回程度。

 さすが公爵家の庭師で土系や水系の魔法も使える優秀な方なのですが、いかんせん別邸の庭は無駄に広く、元々大荒れに荒れていたこともあり敷地内の全てが綺麗に整えられているわけではない。


 目に付きやすい建物正面側は綺麗に整えられているのだが、建物裏手の使用人や業者しか通らないような場所までは手入れが間に合っておらず、ちょっとでも雨が降った後に晴れればすぐにお草が伸び散らかしてしまう。

 表からが見えない場所だが人の通る場所なので、庭師が来るようになって一度は軽く整えられたのだが、たった一人の庭師の限られた労力と時間ではやはり裏手よりも正面の手入れが中心になるためこちらまではあまり手が回っていない。


 そしてわたくし用の花壇というか小規模な菜園があるのもこの辺り。

 庭師が別邸にくるようになった頃、空いている場所にハーブや薬草を植える場所を作りたいと頼んだところ、裏手までは手が回らないので、菜園でも何でもいいから植えて手入れをしてくれた方が助かると庭師が簡単に整えてくれた後、わたくしが好き勝手に色々植えている。

 手が空けば庭師がその辺りも手入れをしてくれるのだが、そうでない時は素人のわたくしが手入れしているため、やはり雑草の処理があまく気付けば謎のお草が生え散らかしている。


 この季節、毟っても毟ってもお呼びでないお草が生えてきてキリがないのだが、だからといって放置すると花壇がお草に侵食され植えているものがダメになるだけではなく、猛烈な勢いで伸びるお草は人が通る道すらもすぐ侵食してしまう。

 そうなると蛇や蜂が住み着いて危険ですからね……ええ、スズメバチの巣はもうこりごりですわ~。


 そんなわけでここ数日、毎日のようにわたくしの花壇菜園周辺の草毟りをしている。

 毎日コーヒーとお茶菓子をたかりにくる眼鏡君を巻き込んで。

 巻き込んでというか、食べた分だけ働いてもらっているだけですわ。



「え? これもダメなやつです? めっちゃいっぱい生えてますし、何となく可愛い気もしますし、もうセーフにしません? なんかそういう庭っぽく見えますし」


「アウト! アウトです!! 小さいポンポンみたいな花の集合体で確かに可愛いのですがここに植えたわけでもありませんし、そもそもここは花壇ではないのでアウトです。このヒメツルソバという花は、絨毯のように植えて地面を覆う彩りには良い花ですが、種が溢れて勝手に広がりがちなので、手入れをしなければあちこちに生え散らかしてしまします。よって、アウトオオオオ!! 寒い地域原産の花ですが、何故か寒さにあまり強くないので、シャングリエ公爵領のような気候では冬の間に枯れそうですが、おそらくこぼれ落ちた種は冬をこして翌年も無事生え散らかすのだと思われます。それにしても寒い場所原産なのに寒さに弱いとは不思議な植物ですわねぇ。そういうところが植物の面白いところですけど。そしてこのヒメツルソバは地方によっては食用にすることもあり、不老長寿の花ともいわれることもありますね。雑草扱いはしてますが薬草でもありますので、毟った後はわたくしが責任持って持ち帰ります」


「うわ、早口! めっちゃ早口! え? 前々からちょっぴり思ってましたけど、マルガリータさんって園芸婦人!? ていうかこれを毟らせているのは、食用か薬用にして使うつもりだったりします!? いやいやいやいや、普通に食材は届いてますよね!? ていうか薬草って……まさか変なものを作ってませんよね!? 正面玄関や先日の応接室の仕掛けのような、アホの子しか引っかからないような面白おかしい仕掛けみたいに、アホの子にしか効かない面白おかしいポーションなんか作ってませんよね!?」



 この眼鏡、相変わらずうるさいしすぐに手を抜こうとする。

 抜くのは手ではなくお草ですわ。


 園芸用のものに見えるほど可愛らしい花を咲かせているが実はただの雑草ものは多く、勝手に生え散らかしていて邪魔な雑草ではあるが実は食べられるものだったり薬草だったりというお草も多い。

 実家にいた頃はそういったお草に大変助けられましたわ。


 食べてお腹を満たすだけではなく、風邪に効く雑草、腹痛や頭痛に効く雑草、胃腸の調子を整える雑草、リラックス効果で疲れを取ってくれる雑草、外傷に効く雑草などなど。

 雑草だと侮ることなかれ。

 気付かないだけで身近には役に立つ雑草がたくさんあるのだ。


 ええ、別邸の庭にもたくさん。

 そういった雑草はわたくしが責任を持って回収して、ポーションにするか冒険者ギルドで買い取ってもらいますわ~。

 学生時代に低級の調合師の資格を取っているのでポーション作りもできますのよ?


 そんな! 怪しいポーションなんて! 作るわけが……!!

 ポーション作りはアレンジ、チャレンジ、大惨事が基本ですからね。

 そう、アレンジやチャレンジをしたポーションは大惨事の始まりなのだ。

 アレンジ、チャレンジはしませんが試行錯誤はいたしますけれど。

 そして残念ながら、アホの子だけに効くポーションなんて作れませんわ。



「こっちも雑草ですか?」


「雑草といえば雑草ですが、これはアカメガシワといって雑草というよりはもはや木みたいなもんですね。おそらく鳥のおクソに種が混ざって運ばれてきたのでしょう。成長すると十メートル近くになりますし、大きくなると根を張ってしまいなかなか抜けないですし、根が残っていれば刈り取ってもまた生えてきて面倒くさいやつですね。涼しい地域にはあまり生えないのですが、シャングリエ領には生えているのですねぇ。これも一応食用になりますが、葉や茎を折った時に出てくる汁はかぶれることがあるので、素肌には当たらない用にご注意して下さい。こいつはまだ生えてきたばかりのようなので引っこ抜けばいけますねぇ。ていうか貴方、鑑定スキルはお持ちではないのですか? 鑑定スキルはお役人の嗜みでは?」


「詳しっ! ていうかやっぱ早口! やっぱ雑草オタク貴婦人!? 貴婦人っていうか木婦人!? それとマルガリータさんは魔力の扱いが得意なようですが、誰しもがそうではないですからね? そうだよ! 鑑定スキルもだよ! 鑑定スキルの精度も使用者の技量と知識と経験がものをいうものですから、誰でもホイホイと正確で精密な鑑定ができると思わないで下さい! 普通の人はせいぜい名前がわかる程度なの! 僕もわりと普通の人なの!! ところでこっちのカラフルな可愛い花も、抜いていい雑草です?」


「ああ、それはヒナゲシですわね……この辺りはヒナゲシが勝手にたくさん咲いてますわねぇ。植えたのではなくて、勝手に種がどこからともなく飛んできて生えてるだけで、放置してるとどんどん増えるので全部根っこから抜いてしましょう。いくら可愛いくても容赦してはいけませんわ――あら?」


 草毟りのはずがだんだん雑草教室の野外学習のようになってきている。

 まぁ一人でやっているとだんだん飽きてくるので、話し相手がいるのは悪いことではありませんわね。いちいちリアクションがうるさいですけれど。

 鑑定スキルは……まぁ、実家にいる頃から雑草をよく食べていたので、何となく得意になっていますわね。


 せっせと草を毟りながら、にわかクサムシリストの眼鏡君の質問に答えている時にその花が目に付き、草を毟る手が止まった。


 あちこちに生え散らかしているヒナゲシに紛れているので、ボーッとしていたら見落としていたかもしれない。

 今日気がつかないでそのまま花が散ってしまったら、そのままずっと気付かなかったかもしれない。


 淡いオレンジ色、白、ピンク、赤などカラフルで小振りな花を咲かせているヒナゲシ。

 ここだけではなく、公爵邸の外でも自生しているのをよく見かける珍しくもなんともない花である。

 そうヒナゲシなら。


 ヒナゲシが株毎に纏まってあちこちに生えているのが見える中に、ピンクというより淡い紫のような色の花をつけている株があり、そこで目が留まった。

 花の色だけだとなんともいえないのだが、その茎を巻き込むような葉の形を見て確信した。


 そしてすぐに眼鏡君に指示を出した。


「眼鏡君、今すぐ庭師を呼んできて下さいまし」






お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
遂にあの植物が来るのでしょうか、それとも何か特別な物?次回が楽しみです。
咲き乱れ、から始まった言葉遊びの妙が凄まじいというか素晴らしい回でかなり笑わせてもらいました。 特にアウト絶叫とアレンジ、チャレンジ、大惨事の語呂の見事さには大爆笑です! ところで最後の巻き込んだ葉…
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