わたくしと日常
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アグリオスとの話し合いを持ってから数日、別邸には日常が戻ってきていた。
「こんにちは~、マルガリータさん。あ、まだおはようございますの時間ですかね~。いやぁ、おはようございます。あ、こちらアグリオス様から預かってきた手紙です。じゃあとりあえず、いつものやつを一杯頂けますか? そうそう、アグリオス様が今日の午後――」
「いつものめちゃくちゃ濃いめのコーヒーを一杯出しますから、用件だけ言って草毟りをしたらさっさと帰って下さいまし、わたくしは忙しいのです! それからマルグリット様は、あの日以降気分が優れないとお部屋に篭もってらっしゃいますので、今日もアグリオス様にはお会いできないとお伝え下さいませ。代わりにマグリット様からのご要望が纏めた書簡を預かっておりので、こちらをアグリオス様にお渡し下さい。ていうか、そっとしておいていただきたいと言った――はずだとマルグリット様がおっしゃれておりましたが!? まだあれから一週間程度しか経ってないじゃないですか! せっかちか!? それから新たな使用人もいらないと念を押されてました!? わたくし一人で十分ですので新たにメイドも執事もいりません!! 草毟り要員なら眼鏡君か庭師か門番がいれば十分でしょう!!」
「いや、だからといって僕や門番まで草毟りに巻き込むのはどうかと。あ、でも毎朝コーヒーを頂いている分くらいは毟りますので、そちらのレーズンたっぷりのパウンドケーキも三切れくらい付けて下さい」
「コーヒーの分だけではなく、パウンドケーキ三切れ分も働いて下さいまし!」
そう、日常。
いつものように裏口からひょっこりやってきた眼鏡君が、厨房でわたくしのティータイムに乱入してくるのがすっかり日常と化していた。
休暇でしばらく姿を見ていなかった眼鏡君も、休暇から復帰後はほぼ毎日やってきて面倒くさいうえに厚かましい。
アグリオスから命令で別邸を見張っているようだが、わたくしは公式的にはお部屋引き籠もりですわ~。
そして何より面倒くさいのは、アグリオスが再度話し合いをしようとしつこいのと、ほぼ毎日のように眼鏡君経由で新たな使用人候補のリストを寄こしてくること。
そっとしておいて欲しいと言ったでしょう! 使用人もいらないって言ったでしょう!
アグリオスはまた来るとか言っていましたけれど、わたくしは放置嫁生活が忙しいので別邸には来ないで下さいまし~。
今日も午後からは公爵邸を抜け出して、町へ遊びに……いや、お金を稼ぎに行きますのよ~。
朝食とその片付けが終わり、掃除や洗濯を終わらせ一息つこうかなという頃に眼鏡君がやってきて、お茶やコーヒーに加えお茶菓子をたかられるのが日課となっている。
たかった分だけ働いて帰ってもらっていますけれど。
そして面倒くさいのが、眼鏡君がアグリオスから預かってくる言伝や書類。
あの日以来、もう一度話し合いの場を持とう度々言われ面倒くさいし、必要なものがあれば書くようにと書類を寄こしてくるの面倒くさい。
しかしそのおかげか、別荘に納品されるものの中にわたくしが要望を出したものも含まれるようになった。
眼鏡君がたかってくるコーヒーもその一つ。
エレジーア王国にはコーヒーの栽培に適した気候の地がほとんどなく、国内でのコーヒー生産量は極めて少ない。
国内で流通しているもののほとんどは、南西の隣国プエブロ王国や東の隣国ベルマネンテ帝国からの輸入品がほとんどで、国の文化的にもコーヒーより紅茶が好まれていることもあり流通量は紅茶よりも遥かに少ないが、癖になるキリッとした苦みと眠気を抑制する効果のため上流階級の男性や役人を中心にコーヒーを常飲している者はそれなりにいる。
また大きな町には専門店やコーヒーを取り扱ったカフェも存在している。
わたくしも王太子妃教育の一環として周辺諸国の文化を学んだ際にコーヒーのことも学び、その時に口にして以来お気に入りで、王太子妃教育で登城した際に飲み物を振る舞われる時によくコーヒーをリクエストしていた。
もちろん淹れ方も多少は知っている。
他国の文化の知識は外交を有利に運ぶ武器にもなると、王妃殿下がいつもおっしゃられていたため、王太子妃教育ではエレジーア王国の女性はあまり飲まないコーヒーも淹れ方から学んでいた。
コーヒーはお気に入りでも、わたくしの要望なんて何一つ聞いてもらえなかった実家ではコーヒーなんて飲めませんでしたから、あの話し合いの後日アグリオスから要望があれば書くようにと届けられた書類に、デカデカとコーヒー豆とドリップ式のコーヒーメーカー一式と書いて送り帰したらすぐに届けられて驚きましたわ。
エレジーア王国北東部に位置するシャングリエ公爵領地内には東の隣国ベルマネンテ帝国と接する地域があり関所も設けられており、ベルマネンテ帝国北部との交易の窓口となっているため、コーヒーも手に入りやすいのだろうか。
どちらにせよ頼んですぐに届いたのは嬉しいですわ~。
で、それを早速淹れていたら眼鏡君がフラリとやってきてたかられ、翌日から毎日これである。
「いやー、実家にいた頃は紅茶よりコーヒーの方が多かったですからねぇ。しかもベルマネンテ帝国産の豆なんて懐かし~。本邸で仕事中にお茶はある程度リクエストは聞いてもらえますけど、コーヒーはリクエストしても出てきませんからねぇ。草毟りを手伝うことになっても飲みに来ますよ」
この男、今コーヒーを飲みに来ていると言いましたわね。
うちは喫茶店でもカフェでもありませんわ!!
しかしその発言も気になったのが、それよりももっと気になる発言が。
懐かしい?
今コーヒーを懐かしいと言いましたわよね?
この男、見るからに食えない貴族のような雰囲気を出していて忘れがちだが、男爵家という低階級貴族の養子で元は平民出身である。
そこで小さなささくれのように、それは心にひっかかった。
他国からの輸入がほとんどで流通量の少ないコーヒーはお茶に比べ高級品で、その需要はほぼほぼ上級貴族や、平民でもかなり裕福な層である。
レック男爵家は貧しくはないが際だって裕福というわけでもなく、男爵階級にありがちな経済状況の家門だった記憶がある。
祖父がレック家の跡取りではなかっため平民になったという眼鏡君のお家は、平民でありながら家庭でコーヒーが出てくるというほど裕福だったのだろうかという。
レック家の寄親であるエーベン公爵家は、ベルマネンテ帝国の貴族と血縁関係を結んでおり、ベルマネンテ帝国との外交の主力にもなっている家門。
エレジーア王国南東部――つまりシャングリエ公爵領から南方にあるエーベン公爵領は、ベルマネンテ帝国との国境に接しており関所も有しているため、エーベン公爵領にはベルマネンテ帝国の商会が多く出店しておりベルマネンテ帝国の文化の影響も強い。
シャングリエ公爵領よりもエーベン公爵領の方が南で温暖な地域ですし、温暖な地域で栽培されるコーヒーはエーベン公爵領では流通が多いのかもしれませんわね。
ベルマネンテ帝国は庶民にまでコーヒーが浸透している国だと聞きますし、ベルマネンテ帝国の影響が強いエーベン公爵領は、経済的に余裕がある家庭ならコーヒーを常飲しているのかもしれませんわね。
何となく気になったのだが、あえて突っ込むほどのこともないと憶測でとりあえず納得し、ささくれは心の隅っこへ追いやっておく。
しかしやはりどうにもすっきりしないのは、この糸目眼鏡男の貼り付けたようなニコニコ笑顔がどうにもこうにも胡散臭すぎるからだろうか。
「あ、草毟りを手伝いまくるのでコーヒーもう一杯頂けませんか? パンケーキもおかわりで。いやぁ~、ここにくるとティータイムがあるので朝食代が浮いてホント助かりますねぇ~」
つい考え込んでいるうちにこれである。
だからうちは喫茶店でもカフェでもないんですわ!!
飲んで食べてした分は働いてもらいますわ~~~~~!!!
お読みいただき、ありがとうございました。




