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わたくしと夫婦の会話

 もっと手下や護衛をゾロゾロ連れてくるかと思ったら、アグリオスが連れてきたのは腰巾着のフィリップだけ。


 護衛の姿すら見えないということは二人だけできたか、外で待機しているのだろうか。

 隅っこであれど公爵邸の敷地内で、アグリオス自信も武術の心得があるにしても少しい不用心では?

 つい昨日、玄関で腰巾着君がバチバチしたばかりだというのに。


 本当はわざわざ玄関まで出迎えなど面倒くさかったのだが、礼を欠き無駄に付け入る隙を与えないために玄関まで出迎えに。

 遠い場所でまでようこそいらっしゃいましたと、王太子妃教育で身に付けた満面の社交スマイルで。

 なおこの言葉には、こんな遠いところに新妻を追いやってってんじゃねーですわ、という嫌味も込められている。


 元から険しい顔でその程度の嫌味には表情が動かないアグリオスであったが、玄関の扉を開けたのが眼鏡君だと気付くと少しだけ眉が動いた。

 おほほほほほほ、お前様の手下はうちで使わせてもらっていますわ~!!




 玄関先では形式的な挨拶だけにして本番は応接室でというはずだったのだが――。




「…………………………」


「…………………………」


「…………………………」


「…………………………」



 やっぱり無言。


 何なんですの?

 この場を設けることを望んだのはそちらなのですから、そちらが仕切って下さいまし。


 応接室の椅子に向かい合って座るわたくしとアグリオス。

 その間にはまったく会話はなく、何とも微妙な空気が流れている。


 というか何か用があったのでは?

 用があるから今さら放置嫁のところにやって来たのでしょう?

 だったらさっさと用件を言っていただけませんかね。


 わたくし、ここにきてからの好き勝手できる放置生活が楽しすぎて、自分の興味のないことに時間を浪費するのがもったいなくなってしまいましたの。

 興味のないこと――まさにお前様! まったく興味のないおうんこ夫のことですわ!

 はー、何も喋らないなら何をしに来たんだっていう。 


 眼鏡君、これはどういうことですの?

 玄関の扉を開けたり、応接室までの先導役をしたり、お茶やお茶菓子の用意をしたり、すっかり執事状態になって、今は応接間入り口付近の壁際に控えている眼鏡君の方にチラッと視線をやると、わたくしの視線から逃げるようにフイッと別方向に向かれた。

 おめーの上司でしょ、何とかしてろ下さいまし。


「随分と親しそうだな」

 漸く口を開いたと思ったらこれ。

 相変わらず険しい表情のままのアグリオスの視線が、わたくしと眼鏡君の間を往復したことで何の話か察した。


「いえ、まったく。日頃は使用人を介して手紙でのやり取りしかしておりませんから、まともに顔を合わせたのは今日が初めてですわ」

 ええ、マルグリットとして顔を直接合わせるのは、今日が初めてなので親しいもおくそもないですわ~。

 メイドのマルガリータはお茶を恵んであげる程度の仲ですかねぇ。


「馬鹿な。では何故、クロードがここで執事の真似事をしている!?」

 あらあら、話しているのはわたくしとアグリオスなのに腰巾着が横から割り込んできましたわ。

 主人の会話に割り込んでくるなんて、躾がなっていない腰巾着だこと。

 そのような者を傍に置いているといつか盛大に足を引っ張れることになりそうですが、まぁわたくしには関係ないですわね。


「使用人が親戚の不幸で急にお休みしましたので、ちょうどいらした眼鏡君にお手伝いをお願いしただけですわ。別邸の使用人が少ないことはご存じでしょう?」

 使用人がいないところにちょうど良く眼鏡君がいましたからね。

 少々騒がしいが本当に便利な男である。


「クロード・レック、それで間違いないのか?」

「はい、間違いございません。報告書に書いた通り奥様は体調が芳しくなく、僕がこちらに伺った時はずっとお部屋でお休みになっていました。一度だけカーテン越しにお話を伺いましたが、それ以降は使用人を通して書面でのやり取りになっておりまして、近くでお顔を拝見するのは今日が初めてです」


 眼鏡君、優秀。主人に問われるまでは後ろで黙っていた。

 優秀というか、身分の高い者に仕えるにあたり当然の行動である。ただ単に腰巾着君がダメすぎなだけ。

 そしてさりげなく”報告書を読んでねーのかバーカ”という意味の嫌味が、言葉の裏に混ぜられているのも好感が持てる。


 そういうさりげない意図を含んだ会話の駆け引きは嫌いじゃないですわ。

 それを上司に向かってやる眼鏡君は、意外と度胸がありますわね。ヘラヘラしているうるさい眼鏡かと思いましたが少しだけ見直しましたわ。


 まぁ、脳筋アグリオスは気付いていないかもしれませんが。

 アグリオスはこういう貴族的な言い回しのやり取りが、苦手そうな雰囲気が学生時代からあった。

 苦手だからこそ表面的な言葉を信じやすく、フリージアにホイホイ釣られてしまったのだろう。


「そんなわけがっ! アグリオス様、この二人絶対に怪しいですよ! 使用人が全然いない別邸にクロードがほぼ毎日出入りをしていて、親しくないわけがないじゃないですか! しかも愛称で呼んでますし、絶対怪しいですよ! 今日だって一人も使用人の姿がなくて、クロードが妙になれた動きをしてますし、そもそもそのドレスは使用人なしでどうやってやったいうのですか!? は……まさか、クロードが!? アグリオス様、もっと強く尋問するべきです、本邸から遠く離れた使用人の少ない別邸で男と女が二人っきり……何も起こらないわけがなく……」


「あの、フィリップさん? それはちょっと話が飛躍しすぎでは……? って、愛称ってもしかして”眼鏡君”のことですか? いやいやいやいやいや、どう考えても愛称っていうか名前を認識されていなくて適当に呼ばれているだけでしょう?」


「そうやって必死になっているとこが尚更余計怪しい! こいつ毎日のように別邸に通い詰めてますし、アグリオス様! これは由々しき事態です!」


 腰巾着君がまた話に割り込んできたと思ったら、何を言っているのでしょうこいつは。

 躾と礼儀がなっていないだけではなく、思考回路も正常に機能していないのでは。

 目上の者の会話に割り込んできたあげく、勝手な憶測での無礼なもの言いと内容。

 しかも愛称と適当呼びの区別も付かないなんて、さてはお前……女性との距離感を掴むが絶望的に下手クソなタイプですわね。


 というか思い込み激しくてめんどくさ。

 やっぱりアグリオスは部下をちゃんと躾けるか、それができないならちゃんと選ぶべきだと思いますわ。


「いやいやいや、別邸に通ってるのは僕が別邸の担当で、その状況をアグリオス様に報告するのが仕事ですから。そもそもマルグリット様はアグリオス様と婚姻関係にあられるでしょう」

「それにしても通い詰めすぎでは? それに男女の関係の始まりに婚約も婚姻も関係ない」


 あまりの話の飛躍っぷりに眼鏡君も即否定をしているのだが、馬鹿腰巾着君はまったく聞く耳を持っていない。

 というかその一言、おめー様自身やおめー様の上司にも刺さってそうなのですが?



 このお二人、フリージアに入れ込んだあげく揃って婚約を解消しておりますからね?

 婚約者にフリージアのことがバレて解消されたのか、フリージアのために婚約を解消したのか、詳しいことまでは知りませんが。


 フリージアの取り巻きだった男達の中には、フリージアに本気になりすぎて婚約者と婚約を解消した者もチラホラいる。

 貴族ならば学園を卒業するくらいの歳には、ほぼほぼ婚約者がいるものだ。


 フリージアにはまだ婚約者がいなかったが、それは彼女が平民から貴族になったのが十を過ぎてからで、その歳だと侯爵家と釣り合いの取れる家門の同年代の男子はすでに婚約者がいたのと、義母が欲丸出しでできるだけ身分の高い相手に嫁がせようとしたからだ。


 フリージアもまたそれに乗り気で、在学中に身分の高い男性に片っ端から近付いていっていた。

 それに見事に釣り上げられたのが王太子や第二王子、アグリオスなどの、この国でも身分の高い男性達である。

 もちろんフィリップのようなあまり身分の高くない家門の者もいたが、頑張ったところでフリージアにとってはキープのキープのキープですらなく、フィリップのように一時の感情に任せだ婚約を解消しただけになってしまった者もいる。



 アグリオスの表情が険しくなっているのは、腰巾着君の礼儀のなさと騒がしさか、それともその話の内容を真に受けてしまっているからか、腰巾着君の言葉が刺さってしまったのか。

 どちらにせよ、面倒くさいことこの上ない。


 わたくしもさすがにこれは表情が少々険しくなって、ただでさえ短い堪忍袋の緒がプチンとなりそうですわ。というかプチッとなりましたわ。

 ええ……恋愛脳で後先を考えず家同士で決めた婚約を解消してしまうような方と、同レベルの行動をすると思われているのは非常に遺憾ですわ。


「あら、それはご自身の経験のお話で? ほほほ、さすが経験者は語られますわね。ええ、存じておりますわ。婚約者がいらっしゃるのに、婚約を解消するほど別の女性に燃え上がられたとか。そういう方にとってそうなのでしょうね。しかし世の中そういう者ばかりではないことを、お知りになった方がよろしいのでは」


 わざとカチャリと音を立ててティーカップを置きながら、挑発するための表情を作る。 目をゆっくりと細め、口の端を少しだけ上げる。

 口元だけで微笑み、目は笑わず呆れている表情。


 それと当時に腰巾着君の顔が見るからに赤くなり表情が引き攣って、こちらに向かい踏み込んできた。


 やはりこの腰巾着、身分の高い者の従者として失格である。

 相手がわたくしだからこのような態度の可能性もあるが、仮にも公爵家長男の夫人で元は侯爵家の長女。

 どこをどうひっくり返してもわたくしの方が身分が高い。

 それはアグリオスの後ろ盾があるからといってひっくり返るものではないのだが、それを理解していない愚か者。


 そして何より、アグリオス様とわたくしの会話の場だということを忘れた行動。

 それはわたくしだけではなくアグリオスにも無礼な行動だと理解ができていないのか、それとも少し煽られただけで感情的になっているだけなのか。


 動き出したフィリップをアグリオスが気付き手で制そうとするが、すでに顔を真っ赤にしている彼はそれに気付かず更にこちらに。


 それを見てサッと場所を変える眼鏡君。

 あの眼鏡、ヘラヘラしているわりに付与が仕掛けてある位置をしっかりと把握してますわね。


 この状況で安全な場所に逃げるとか、確実にわたくしと眼鏡君の間にフィリップが想像しているようなものがないという証拠である。

 しかも相変わらずニコニコとしているその表情には、これから起こるかもしれないことへの期待が見え隠れしている。


 確実に最悪な男である。

 フィリップを手で制そうとしたアグリオスの方が、今だけなら人としてマシに見える。

 今だけなら。


 人として最悪な眼鏡君が最も巻き込まれなさそうな辺りへ移動する頃、腰巾着君の足が絨毯の仕掛けの上に乗った。

お読みいただき、ありがとうございました。

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