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一方その頃――公爵家長男の場合②

 王太子の元婚約者である彼女が人材として非常に優秀のはわかっていたが、だとしても彼女に将来的公爵夫人になる者、シャングリエ公爵邸の女主人としての役割は求めなかった。


 彼女の能力はシャングリエ公爵領の発展に役に立ち、現シャングリエ公爵夫妻である両親が王都暮らし故に領地運営まで手が回らず滞っている業務や、未解決のまま放置されている問題の解決の力となるだろうという確信はあった。


 しかしそれを求めてしまうと、彼女を妻として認めたことになるから。

 フリージアに対する想いへの裏切りになると思ったから。


 妻として認めたくないと言いつつ、業務だけ任せるのは矛盾していると思ったから。

 彼女の能力だけを利用することに、罪悪感があったから。

 そんな虫のいいことを言うのは、人として薄汚く思えて嫌だったから。


 いいや……心のどこかで彼女の将来の公爵夫人としての業務を任せてしまうと、優秀すぎる彼女に公爵邸の実権を握られてしまうという不安が心のどこかにあったから。

 俺だけでは手が回っていない仕事までさっさと片づけて、俺の仕事の遅さを無能だと鼻で笑われそうだから。

 家臣達も彼女の優秀さに気付くと、俺より彼女に従うようになりそうだから。


 フリージアに対する頑な想いと自分の意地と潔癖さの裏側に、自分でも認めなくない劣等感と嫉妬が隠れていた。


 だがこの頃の俺はまだそのことを直視できなかった。


 故に目に付かぬ場所に彼女を追いやった。

 俺がどんなに彼女を認めたくなくとも、この婚姻は王家からの命令で反故にすることはできないため、公爵家に迎え入れたことの義務と果たす意味もあり相応の予算と人を付けて。




 だが……いや、やはりというべきか。


 本邸から離れた別邸に彼女を移動させた翌日には、良くない報告ばかりが上がってきた。


 常に機嫌が悪く、些細なことで使用人を厳しく叱責し、別邸から追い出していると。


 翌日からもそういった報告が続き、別邸の人事担当の執事曰く、追い出される人員に対し代わりの人員が追いつかず当初の半数程度で回していると。


 学園時代にフリージアに聞いていた話から、ある程度は予想していたことだった。

 幼少の頃から才能に恵まれ王太子の婚約者に収まった後が周囲の大人から持ち上げられまくって育ったためプライドが高く、自分より下の者を見下し非常に厳しい態度を取る。

 実家でも使用人に厳しく当たるが故に、彼女に付きたがる使用人はいなかったとフリージアが言っていた。

  

 フリージアも頻繁に細かいマナーのことを厳しく指摘されていたらしい。

 確かにその光景は学園や夜会で、俺自身も目撃したことがある。

 話しかける順番、他人との距離感、あげくには笑い方や話の内容まで、他者の目に付く場所であるにも関わらず、貴族特有の遠回しで嫌味な言い方で指摘をしてフリージアに恥をかかせていた。


 それを知っていたからこそ、シャングリエ公爵家にきてもその態度が続いているものだとすぐに理解した。

 しかしここは学園ではなくシャングリエ公爵家。いつまでも立場をわきまえない態度をされても困る。


 彼女の対応に当たる使用人のことと、今後の彼女の立ち位置についてを考えて厳しめの対応を取ることにした。

 彼女が原因で別邸から使用人が減るなら少し人数を減らしてもいいと、別邸の人事担当に伝えた。

 それで彼女が不便をすることになり、こちらに文句を言ってくるのなら強く言い返し立場をわからせてやるつもりだった。


 ついでに別邸の詳しい状況を把握するため、部下の一人に別邸の監視を任せた。


 クロード・レックといったか――書類によると一年と少し前にシャングリエ公爵家にやってきた者で、どんな仕事もそつなくこなし人当たりも悪くないと、俺が領地の戻った時に家令が側近にどうかと推薦してきた者だ。


 確かにどんな仕事も嫌がることなくそつなくこなし、いつもニコニコとしており人当たりも差し障りがない。

 それに加え役人にありがちなスーツ姿で見た目も平凡、とにかく全く印象に残らないことが印象的な男だった。


 気性が荒く横暴なマルグリットの監視をするなら、このくらい影が薄くて印象に残らず、当たり障りのない対応ができる者が良いだろうという判断だった。


 その判断は間違いではなかったようで、こいつを別邸の監視をさせるようになってしばらくして現場の使用人からの苦情が目に見えて減り、代わりにクロードが現場の報告書を提出するようになった。


 その枚数が非常に多く、他の仕事に追われる俺はその全てに目を通す暇がなかった。

 どうせ報告の内容など、使用人からの苦情の纏めとマルグリットの素行の悪さの報告だろうと勝手に思っていたから。


 奴からは度々、一度マルグリットと直接会って話した方が良いのではと言われたのだが、奴が提出する報告書をチラ見した限りでは最低限の人員で平穏に回っているようで、それならそれでいいという気持ちと、使用人が減ってもマルグリットが文句を言ってこなく拍子抜けした気分が何となくイラついて、いつかは一度この目で別邸の様子を見なければいけないと思いつつもそれを先送りしてしまった。


 クロードがしばしの休暇で実家に帰る時も一度マルグリットと話してみては言われ、これで何度目かわからないしつこさに思わず眉間に皺を寄せてしまった記憶がある。



 それが今日、唐突に別邸に行く気になった。


 それは領地の視察でここ最近の仕事の成果を実感できたことと、初夏の心地の良い気候のおかげで、今年の初めから続いていた憂鬱な気分が少し晴れたせいか。


 いいや違う。


 早朝から赴いた視察の帰り、場所の窓に流れる景色を眺めているとたまたま目に入った女性。

 メイドのような姿で魔砲を担ぎ、土手で草を毟っている長い髪を二つに分け三つ編みにした冒険者。

 何から何まで違和感しかないその女性の煌びやかな銀髪から目が離せなくなった。


 ほんの一瞬を妙に長く感じながらその銀髪を見入ってしまうと、相手も俺の視線に気付いたのか……それとも最初からこちらを見ていたのか、掛けられていた眼鏡の向こうの瞳とばっちりと視線がぶつかった気がした。


 そこにはフリージアと同じアメジストの瞳。

 だが垂れ目で優しい印象のフリージアと違い、ややつり目で切れ長な目。

 その瞳に色に親近感を覚えながらもその一瞬はすぐに過ぎ去り、その女性は俺の視界の外へと流れていった。



 そして直後に既視感に気付いた。


 煌びやかな銀髪にアメジストの瞳、それはマルグリットの色だった。

 ややつり目で切れ長なのもフリージアではなくマルグリット。


 それに親近感を覚えたことに悔しさを感じながらも、その日は気分が良く心に余裕があったためか、クロード・レックにしつこく言われていたマルグリットとの会話の場を設ける気分になった。




 屋敷に到着してすぐに、マルグリットへの先触れを休暇から戻ってきたばかりのクロード・レックに命じた。


 命じたはいいがなかなか帰ってこない。

 奴が帰ってこないうちに先触れで指定した時間が近づいてきたため、とりあえず別邸へと向かうことにした。


 どうせ別邸に閉じこもって特に何もしていないと聞いているので、突然訪問しても何の問題もないだろう。

 認めたくはないが書類上では夫婦であるため、夫が妻の下を訪れることに何の問題もない。



 そして訪れた別邸で――。



 俺の乳母の息子つまり乳兄弟であり幼馴染み、現在は俺の側近筆頭のフィリップが、髪の毛をバッチバチと逆立たせながら全く開く気配のない別邸の正面玄関を強引に開けようとしていた。


 そして強引に開けようとするたび、その衝撃に反応して玄関からバチンと弱い雷が発生してフィリップの髪の毛がブワッと逆立つ。


 ????????????


 どういうことだ? 何が起こっている!?

 何故別邸の玄関が鍵を開けても開かないどころか、罠のような仕掛けが設置されているのだ!?


 人の気配がない別邸。固く閉ざされた玄関。

 何かがおかしいと気付き始めていた。


 そういえば、クロード・レックが休暇に入ってから別邸の報告は止まっていて、俺も日々の仕事に追われ、尚且つ最近別邸からの苦情がなかったためあまり気にしていなかった。

 いや、多少何かあってもあの女が困るならそれはそれは清々すると思っていた。


 しかし、いざこの異常な状態を目の当たりにすると不安で胸がざわついた。

 あの女が困るのは構わないがもしものことや何か事件に巻き込まれていると、別邸に彼女を追いやり放置していた俺の責任で後味も悪い。

 それに嫌いであっても、その身に何か起こることを望んでいた訳ではない。


 正面玄関が開かないのならば裏へ回るべきかと思い、何度も玄関に体当たりをしてバッチバチになっているフィリップを止めようとした時。


 ガササッ!


 一瞬前まで人の気配はないと思っていたのが、地面を踏む音でそこに誰かがいることに気付き緊張と共にそちらを振り返った。


「いや~、報告に戻れなくて申し訳ありません~。マルグリット様に会うのに随分手間取りまして~」


 振り返った俺の視線の先、裏口方向の建物の陰からヘラヘラとした笑顔のロード・レックが頭を掻きながら姿を現し緊張が途切れた。

 その緊張感のない顔に思わずイラッとして眉間に皺がよるが、そんな俺の表情に気付かずクロード・レックが言葉を続けた。


「本日マルグリット様は体調が芳しくなくお休み中のことで、明日の午前中に改めて時間が取れないかとのことです。あ、そうそう、この玄関ですねぇ……使用人が少ないので安全を考えて防犯装置を取り付けたそうです。明日マルグリット様にお聞きになってみては?」


 貴様に言われなくても、この状況はどういうことなのか問い詰めるつもりだ。

 すぐにでも問い詰めたいところだが、体調が芳しくないというのなら仕方ない。


 部屋で寝込んでいるのなら、正面玄関に人の気配がないのも納得ができなくはない。

 使用人も少数しか残っていないという聞いているので、そちらに付きっきりなのだろう。


 ……む、体調が芳しくないというなら医者を手配するべきか?

 いや、体調が芳しくないのなら今日の明日で急いで時間を設けず、日を遅らせた方がいいのではないだろうか?


 いや、この状況がどういうことが知りたいので早くマルグリットと話をしたいところなのだが……。


 とりあえず、クロード・レックから詳しく事情を聞くことにしよう。




 この時の俺はまだマグリットがどういう人物であるか全く知らなかった。


 フリージアとティグラート殿下からの話を聞いて知ったつもりでいただだけだった。


お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
この公爵家長男が人の見る目の無い節穴であんぽんたん(あっマルグリットの言ったとおりでしたね)である事がよく分かる回でした。
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