欲しがり屋の姉に全部盗られて幸せになった話
私の名前は愛実。いろいろな意味で「恵まれてない」せいか、親からですらメグとしか呼ばれない。呼ばない名前なら付けなきゃ良いのにと思ってしまうのは、全部、姉のせいだと思う。
今も、私の部屋にずかずかと入ってきた姉は、机の上の箱を勝手に開けてる。
「メグ、このバッグ、いーじゃん。使わせてもらっていいかな?」
私が何かを言う前に、既に姉のノンはバッグを持ち上げてる。ネイルした爪がバッグの表面に引っかかっているのを見てヒヤリ。
「あのさ、それ幸人さんがプレゼントしてくれたバッグで、しかも、昨日もらったばかりなんだよ?」
二つ年上の姉は望未。なんでも欲しがる「のぞみ」ちゃん。親はともかく、私は断固として姉のことは「ノン」としか呼ばないと決めている。
そう決めたのは小さい頃の話だ。
どっちみち私の言葉なんて聞いてない。なんでも欲しがる姉にとって、私が誕生日プレゼントに彼からもらったブランドもののバッグは既に自分のモノ扱いなんだろう。
ちなみに、ノンからのプレゼントは、毎年「これがメグに、すごく似合うと思って」と言いながら、使い古したセーターが定番だ。どれも、親から「姉と妹で共有してね」と言って、だいぶ前に買ってもらった服ばかり。
とりあえず、目の前の「姉」はバッグを返す気はないらしいのはわかる。今までと同じだから。
「大丈夫よ。大事に使うから」
そういう問題ではないのだけど、これで拒否してもギャーギャーうるさいだけ。父も、母も「欲しがり屋」のノンが騒ぐのにほとほと懲りているから、私が何かを言っても「いいじゃない。貸してやりなさい」としか言わないだろう。
そして、バッグは確実に戻ってこない。小学生の時から、プレゼントされたモノ、お小遣いを貯めて買ったものは次々とノンに奪われてきた。
私が初任給で買ったブランドもののスカーフも、ノンがメイクをした時の着替えで「服にファンデーションが付かないように」と使われていた。ファンデーションがベタベタの状態で返してくれたけど、もちろん、付いたファンデが落ちるわけが無い。
高校時代は、最悪だった。
友だちに頼まれて、男バスのマネージャーをやったのはいい。迫力のあるプレイをすぐそばで応援できたから、マジで楽しかった。
センターをやってるキャプテンの先輩に告白されて、付き合った。嫌な予感がして、家では黙ってたけど、後で聞いたら、相手がクラスで喋っていたらしい。
悪いことに、ノンと同じクラスだった。
しばらくしたら、ノンが試合を見に来るようになったなぁと思っているうちに、彼からのメッセも少なくなって、たまのお休みにデートに行くこともなくなってた。
「ごめん。お姉さんと真面目に交際させてもらっている」
卒業式の日に、振られた。二股しておいて「真面目に交際している」なんてと乾いた笑いしか出なかった。
それからは勉強を頑張って、女子大に行ったノンとは何とかして別の、もっと偏差値の高い大学に入れるように必死だった。
女子大生になって垢抜けたノンは、あっさりと彼氏を振って、高偏差値の他大学の学生と付き合ったらしい。「姉」が誰と付き合おうと興味がないから、自分に被害さえなければ良い。
そういえば、ノンに振られた彼が「よりを戻そう」とか言ってきたこともあった。もちろん「姉のお下がりは服だけでたくさんよ」と拒否った。
そうだった。
2つ下だと、ちょうどお下がりがバンバン回ってくる。しかも、ノンは甘え上手。父にも母にも、そして、時々会いにいく祖母からも、次から次へと新しい服を買ってもらっていた。
「妹と共同で使うから、ちょっとイイモノを買って良いでしょ?」
ノンのお得意のフレーズだ。
確かに共有したこともある。ノンが気に入らないダサイ服は共有で、ブランドもののお気に入りは、絶対に私は着られないだけの話だ。
それでも、確かに「買ってもらった服の大半は妹と共有なの」はウソじゃない。単に、可愛い服、ブランドものの少数をノンが独占し、その他大勢が「共有」となる。
お陰で、私が「買って欲しい」という頼みが通ったことがなかったのを、今さら恨んでも仕方ないと諦めた。
そして、就職。
ノンは、信販会社のオペレーターとして就職した。ハッキリ言って給料は良くないし、クレーマーが大変だというのが初日からの愚痴。
一年も経つうちに、ノンの目が虎視眈々と「寿退職」を狙っているのがわかってしまった。しかも、職場にいるのは女性と年配の男性ばかりの職場だ。
マッチングアプリも使い込んでいるみたいだけど、思うような相手は見つからないらしい。
姉の「欲しがり」を警戒した。
私は4年生になっていたからだ。
高校時代、死ぬほど勉強したおかげで超高偏差値の大学生だった私が、インターンシップでの巡り合わせも良くて、大手の商社に内定が出ていたのを、ちゃんとノンは見ていた。
ノンの目が、私の周りをギラギラと見つめているのが怖いほどだった。
一人暮らしをするのは、絶対にダメだと親に反対されてしまった。実際問題として、一人暮らしをしたら、生活はかなり苦しい。
姉からの苦しさと、一人暮らしの生活苦。
どっちも困った問題だけど、実家から出ることに、そもそも親が絶対反対では選ぶ余地はなかったのだ。
そんな私にも、入社して間もなく出会いがあった。
父親はメーカー系の重役という先輩が、私を気に入って猛烈にアタックしてきた。それが幸人さんだ。大学は三流だけど、取引先の重役だという父親の顔があれば、今後も出世は思いのままだろう。
大学が低偏差値な分だけ遊びまくったらしい。イケメンの彼は女の子のあしらいも上手だ。デートでも女の子の喜ばせ方を知っているし、プレゼントも流行のブランドをきちんと取り入れてくる。
女子大出の女の子からしたら、最高の相手に見えるはず。
そう。
全てを盗られまくってきた妹として最大に警戒すべきはノンのはずだ。
私は幸人さんからの猛アタックに負けた形で、ゆっくりとお付き合いを始めた。遊び慣れした彼からしたら、身体はおろか、唇すら許さない私に焦れたのは当然だ。最後のカード「結婚」を切ってくるのも、すぐのことだった。彼が上手いのは「結婚」をチラつかせつつ、プロポーズをして来ないところだろう。
けれども、何回か、ご自宅にもお呼ばれして、ご両親にも紹介された。彼とママ、そしてイケオヤジのお父さまと紹介されて「すっごい、ご家庭」だと理解できてしまった私。
ママとお父さまに気に入られた後で、結婚を意識して正式なお付き合いを開始した。もちろん、唇も許さないのは変わらない。
「結婚するまではダメなの、分かって?」
再三、口にしてきた言葉だ。幸人さんからすると「今どき異常に身持ちの堅い女」だとかで、逆に興味が湧くらしい。
もちろん、結婚を意識して交際をしている以上、定期的にデートもするし、プレゼントなんかもいただいてしまう。楽しいデートの演出は、大学時代に培ったノウハウなんだろう。
『こんな彼氏のことを知ったら、絶対にノンは盗りに来るよね』
もちろん、申し込まれたお付き合いにOKを出す前、私は商社の情報力を使った。彼のお父さまの会社についても、いろいろと確かめるのも忘れない。
私の人生をかけた戦いだ。負けられない。
私はいつもの通り、ノンには何も言わなかった。むしろ、できる限り隠した。けれどもノンを含めた家族に「婚約予定の彼氏」として紹介するのは避けられないこと。
一度名前さえ知ってしまえば、後は思いのままなのだろう。SNSのリサーチを欠かさないノンは、あっさりと幸人さんのアカウントを発見。
「カッコイイ彼氏よね。もっと早く紹介してくれれば良かったのに」
ニンマリした顔で文句を言われたが、華麗にスルー。相手にするとバレてしまうから、ムシの一手だ。
それから、しばらく大人しくしていると思ってた。
「お姉さんと仲が良いなんて知らなかったよ」
その一言で、何となく「お察し」の私だけど、愛想笑いでゴマカした。
「ずいぶんと妹思いなんだね。優しそうなお姉さんで君は幸せだったね」
どうやら、私に内緒でやりとりをしているつもりらしい。ノンのSNSを覗いたら、アッチコチの写真に「匂わせ」が強くなってきた。
同時に「なんか、君って意外なところがあったんだね」と彼の目がちょっと厳しくなってきたのを感じる。
どうやら、あることないことを吹き込んでいるらしい。ノンの「妹下げでの自分上げ」は、芸術品と言うほどに洗練されているから、普通の人だと手もなく騙される。
妹のために尽くす優しい姉。
姉に支えられるのを当然のようにしている傲慢な妹。
私がどんなに説明しても、この誤解というか、ノンの描いた構図を変えるのは難しい。
幸人さんとの結婚に向けて徐々に話は進んでいる。そろそろ、決定的で断固とした手を打たないといけない。
ある日、ノンに正面から文句を言った。
「ねえ、私が彼とお付き合いしているのは知っているよね? そろそろ結婚だって正式に申し込まれるはずよ。彼の家柄もあるんだから、私の家族として品のないことをしないでね」
「あらあら。大丈夫よ。ちゃんとメグの良いところをお話ししているだけだから」
結婚って単語を出した瞬間、姉の目がキラリンと光ったのを見逃してない。
そうなのだ。彼は、私と同じ大手の商社の社員で高給取り。お父さまもメーカーの役職付きの資産家。
言うことのない結婚相手に見えるのは承知の上。
ノンからしたら、今までで一番欲しいものに見えるだろう。
そんな中で、とうとう私たちは結婚の約束をした。幸人さんの表情は冴えなかったのでイラッとしたけど、ここは耐えるしかない。いざとなったら、全部ひっくり返そう。
まだ、我慢だ。
それから、1ヶ月も経たないうちに、彼から「別れてくれ」と切り出された。その彼の横で勝ち誇った笑みを浮かべるのはもちろんノンだ。
はぁ~
やっぱりこうなった。
さすがの父も母も怒ってくれた。私は「二度と、連絡をしないで欲しい」とお願いして、結婚式も欠席することを条件に引き下がってみせた。
私は、ノンとの話し合いの途中、何度も自分の頬を自分で平手打ちせずにはいられなかった。ダメ、ここで表情に出したら絶対にダメ。
ここは我慢だ。
彼の家でも後々のトラブルを嫌ったのだろう。雀の涙の「慰謝料」をくれたのは、恐らく彼の父親の誠意というか、保身のつもりなんだろうか?
それから半年後。
「元」彼とノンとの結婚式が華やかに行われた。得意絶頂といった表情のノンは、彼とのハネムーン。
ヨーロッパへ2週間。
私は休みを取るどころでは無い。連日残業で、会社情報の書類の山に埋もれていた。
元彼の父親の会社が倒産した対応のためだった。
実は、商社の情報網には、ずいぶん前から引っかかってた。だから、私は「もうすぐだな」というのを察知できていたわけ。
そして、幸人さんは大手商社にありがちな「情実入社」組だ。早い話が父親の会社とのコネ要員だ。相手が潰れた以上、地方の関連会社に飛ばされることになるだろう。
そして、さらに大きな問題は、幸人さんのママが息子にベッタリだったということ。彼も強度のマザコンだけに、新婚の二人で地方に行くよりも、実家にいることを選ばされる。つまりは、退職を選ばされるのは予定通りだった。
ノンが離婚をしたがったのは当然だけど、結婚した経緯が経緯だけに、父も母も「離婚するなら家に帰ってくるな」と猛反対。
当然、幸人さんのママも「うちの可愛いボクちゃんのところにお嫁さんに来たんだから」と手放すつもりはないらしい。
よかった~
姉が「あれ」を欲しがってくれて。
始めから我慢して付き合うフリをしてきた私はニンマリしてしまう。だから、結婚が決まっても唇一つ許してなかったのは、そう言うことだ。
そして、同じプロジェクトで知り合った先輩と、じっくりと愛を育んでるのが今の私よ。顔は普通だけど、優秀で努力家、そして信頼できる人と結ばれる。
もう、私の彼を欲しがる姉は、ここにこられない。
お読みいただきありがとうございます。
二度読みして頂けると、途中の言葉の意味がコロンとひっくり返るシカケです。
じっくりお楽しみください。
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