90.かまってちゃん
12月25日
クリスマスの夜 ー
ピンピコリンポンピン♪
ピンピコリンポンピン♪
「はいはい。今出ますよー」
イヴに続いてクリスマスの夜もバイトをしていた悟は、家に帰ってひとっ風呂浴びて出たところ、ちょうど鳴っていたスマホを手に取る。
「おっ……まじか」
着信の主は、夢だった。
ピッ ー 。
「……もしもし。こんばんは」
「おっ、どした。今日はクリスマスだぞ。こんな日に電話くれるなんて、もしや今日も俺に会いたいとか?」
「えっ? クリスマスに電話しちゃだめな決まりでもあるの? ちなみに今日もって、そもそも私会いたいって言ってないから」
「あらら。強がっちゃって」
「もういい」
「……で、どうしたんだよ?」
「あ、あの……えっと、ありがとね。プレゼント」
「お、おう……。気に入って……あれでよかったか? もし違ったらって内心ヒヤヒヤしてたんだが」
「うん。あれだよ。いつも使ってるやつ。まさかあの時、秋波原のお店で見た時私の使ってるの覚えたなんてね。ちょっとビックリしちゃった」
「まあな。俺はお前の公認ストーカーだからな」
「ふふっ。何それ」
「こっちも、ありがとな。あんな素敵な絵、マジでビックリしたよ。本当、夢って絵上手いよな。っていうか、上手いよなって気軽に言うのもはばかれるくらい上手いよな」
「からかってるのか、本心なのかわからないけど、とりあえず素直に受け取っておくわ。どうも」
「いや、ずっと言ってるけど本当すごいって! さっそくチャンネルに貼り付けたよ。あの絵はゆくゆく価値が上がると見てるから、俺以外に渡すんじゃないぞ」
「そんな事しないわよ。まあ、せっかくだらキチンと描かせてもらったけど、次またいつでも描けるほど余裕がある訳じゃないから次何かあったら他の人に頼んでね」
「いや、それは無理な提案だ。何ならむしろ俺のお抱え絵師になってほしい位だ」
「何で私があなたのお抱えにならなきゃいけないのよ」
「俺が有名になって夢の絵をもっと沢山の人に見てもらうんだ。そうなったら俺も夢もウィンウィンだ。どうだこれ」
「……きっとスマホの向こうでドヤ顔で話してるんでしょうけど」
「まあ、見てなって。そのうち夢のあの絵がバズるぜ。きっと」
半ば興奮気味に夢の絵を推す悟は、夢に描いてもらったことがよほど嬉しかったのだろう、描いた本人に何故か得意気で自信満々だった。
悟はふと、昨日の晶からの連絡を思い出した。
夢は……知っているのか?
無駄に俺から話す事ではないかもしれんが、いやでもやはり、夢には話しておくべきか? いや、そうだよな。よし……。
「あのさ」
「あのっ」
「何だよ、同時って。……何だ?」
「あのね、プレゼントのお礼ともう一つ話しがあって……」
「うん?」
「今日、お兄ちゃんからLaneが来たんだ。晶君に会えるかもって」
「えっ……?」
……知ってたか。いや、というかもう既に聞いていたか。
俺は内心、何故かホッとしていた。
「ああ……それな。昨日兄貴から晃弘君に会う都合をつけてくれって言われてさ。それですぐに晃弘君に連絡した。それで今のところ、せっかくなら元旦に一緒に初詣をって事になりそうだ」
「そっか。私もお兄ちゃんから一緒に晶君に会わないかって言われて……。その、悟は……来るの?」
「ああ。行こうかなって。金田は初詣行こうぜって言ってたけど、あいつやっぱ元旦無理だって朝連絡来てて、俺は俺でここんところ元旦は誕生日とはいえ、毎年家に引きこもってるからな。たまには元旦に外に出るかって思ってな」
「……そっか」
「夢は、大丈夫なのか? 元旦」
夢は少し間を置いて、
「うん。行けるよ」
「じゃあ四人でだな」
「うん。さっき木葉と電話してて多分元旦は無理そうって言ってたから……」
「おけ。じゃあ決まりだな。俺から晶に連絡しとくから晃弘君にはたのむな」
「うん……」
俺は、ずっと夢にどうしようかと、聞こうか迷っていた事を、この話しの流れというか勢いで、思わず口に出して聞いてしまった。
「ところであのさ、夢は……知ってた? ……晃弘くんの事……いや、っていうか、晃弘君が晶に会いたがってたの」
「えっ? 何言ってんの? 私が悟に頼んだんじゃない」
「あ、ごめん。そうなんだけどさ、何て言うかその……う〜んとだな、つまり、その……何で会いたいかっていう……理由というかその……」
ここで夢が知らないと言うなら、ただの幼馴染だからまた会いたくなったんだろうなと自分から質問しておきながらケムに巻こうとしたところ、
「いいわよ、そんな気を使わなくて。そもそも悟、そういうの苦手だし、私からしたらバレバレだから」
夢の、ある意味優しさともとれるそんな台詞を聞いて、悟が何も返せないでいると、
「うん、知ってたよ……。なんとなくそうなのかなって……。昔、お兄ちゃんのアルバムみたら晶君との写真ばっかりで。それに昔からアイドルとか芸能人とかにも全然興味なかったし、ずっと女の人との恋愛とか浮ついた話も聞かなかったし、でもまさかね、とは思ってたけど……。悟とちょうど再会する前に偶然、お兄ちゃんが言ってたの。晶君に会いたいなって。
それがただの懐かしさじゃなくて、私には何か少し……悲しい感じがしたの。
だから私、さっき言った今までのお兄ちゃんの様子も合わせて、ひょっとしてそうなのかなって……。
たけど、直接お兄ちゃんとは晶君についてのそういう話しはしたことないよ。
でももしこれから、お兄ちゃんが私に言ってくるような事があれば、私はちゃんと聞いてあげて応援するつもり。
わかってるとは思うけど、こんな事、絶対晶君には言わないでね」
「ああ……わかってるよ」
そっか。夢は既に知ってたんだ。
晃弘君の想いを知っていながらも何も話せないまま、そして秋波原で俺と7年越しに再会し、晃弘君に会ってほしいって言った夢は、その時、どんな気持ちだったんだろうか……。
俺は夢と電話しながらも一瞬、その時の夢の事を考えていた。
しかし……晃弘君の事だ、妹に自分の気持ちはある程度知られていると、自覚してそうだな。自分の気持ちは夢には知られてもいいと思っているんだろう。まあ、俺の勝手な推測だが。
でも夢、俺も何かしらの力になるぜ。
みんなが納得する答えに辿り着くかはわからない。でも俺は今、お互いの兄の事しかり、それ以上に夢の力になりたい。
「悟はいつ……お兄ちゃんの気持ちに気付いたの?」
「いや、以前晃弘君と連絡を交わしているうちに、たびたび引っ掛かるところがあって、ひょっとして、そう……なのかなってさ。だから確証はなかっんだけどな」
「そっか……。人を好きっていう気持ちは、誰にも止められないと思うの……。私自身、前に悟に話したように恋愛とか、好きとかよくわかっていない所もあるけどでも、あんな寂しそうに晶君に会いたいっていうお兄ちゃんを見てたら私、本当になんとかしてあげたくて……。
私なりにお兄ちゃんを支えてあげたいって思う。ずっと一人で抱えてて、あんなに長く一人の人をずっと想い続けているなんて、お兄ちゃんだけじゃなくても私の周りにいる人、例え木葉だったとしても何とかしてあげたいと思う」
(俺は、お前が好きなんだけどな。
まあ、こればっかりは夢にしてみれば何ともならない部分もあるか……それに俺はあきらめるつもりはないし)
「あと、私は純粋に4人で久しぶりに会えるのがのが楽しみ」
「まあ、そだな」
「晶君、どんな感じになってるのかな」
「あんま変わらんぞ。ただ図体がデカくなっただけだ」
「そんなことないわよ。きっと素敵な男の人になってる気がする」
「どうだかね……まあ、楽しみにしてるよ。夢との初詣」
「みんなででしょ。じゃあまた、近くなったら連絡するね……。あ、あと……」
「うん? 何だ?」
「……メリークリスマス」
「……うん。メリークリスマス」
「じゃあな」
「……うん」
お互い、それ以上何も言わずスマホを切った。少し照れ臭かったが、どうしても俺はそのまま、それ以上何も言わずに切りたかった。
夢も、そうであってほしかった。
俺はちょっと情けないような深呼吸をして、半乾きだった髪を拭き、パソコンの前に座り動画を録画する準備を始めた。
夢と話した後のゲーム実況はいつもテンションが上がっていた。が、今回は何か違う。夢からの連絡に慣れたというか、落ち着いているという感じだ。
クリスマスに2人で話せたのに……何だ、この落ち着きようは。美少女との甘い時間を幾度も過ごすうち、頭がおかしくなったのか? 俺。
………。
いや……いやいやいや……!
夢も、何かおかしかったぞ……!?
っていうか、ひょっとしたらさっきの電話、一度もバカにされてなかった気がする……多分。
何だろうか……この物足りない感じは。
からかわれなかったのは、俺としては嬉しい限りだが、こんな事初めてじゃないか? しかしそれはそれで物足りなく感じる。
俺は……欲しがっているんだろうか。
僕は、かまってちゃんなのだろうか。
ひょっとして俺は、すごく面倒くさいやつなのかもしれない。
いや、今はそれよりも……夢だ。
何だ? 何かあったのか?
クリスマスに電話くれるのは正直驚いたし、まあ素直に言えば嬉しかったが、何かいつもと違う夢だった…………………………………………………………………………………はっ!!
まさか……俺に告白しようとしてたのか!!?
それで、あんないつもと違う、しおらしい夢だったのか!?
「……いやいや、おバカさんだろ。
勘違いすんな。さ、動画撮ろ」
……しかし、気になる。
もし告白(わかってるって、それはないって)じゃなかったとしても、さっきの夢の違和感は一体何だ?
……めちゃくちゃ気になる。
う〜ん……。
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秋葉原の駅ビルにもたれ、目を閉じて、先日のやりとりを思い出して何とか答えを絞り出そうとしている俺をよそに、
「……さん」
「……寸さん」
声を掛けられている事に気づいていなかった俺の肩に、チョンチョンと指が触れる。
「おっ?」
「さと寸さん」
「ああ。こんにちは」
そこには顔を赤らめて、気付いてもらえなかった寂しさからか、半泣き一歩手前に目を潤ませ、恥ずかしそうにモジモジしながらこちらを向いて立っている少女がいた。
「お待たせしました。さと寸さん」
miyuco姫の登場だ。