80.悟の誤算
「マジかよ……夢……」
悟はテーブルに突っ伏して寝ている夢を見ながら何ともやるせない気持ちになっていた。
木葉が慌てて、
「さ・悟君、ごめんね! そんなに飲ませたつもりじゃなか……っていうか実際、本当のところはうんと飲ませてやろうと思ってたんだけど、こんなにもすぐに寝ちゃうとは思わなくて……前に飲んだ時はもうちょっと飲めたと思うんだけど……」
顔を近づければ、今にも寝息が聞こえてきそうな夢の様子に、悟のやるせない気持ちは一体どこへやら、おそらく初めてみるであろう夢の寝姿に見惚れていた。
(か・可愛いじゃねえか……ちくしょう。しかもこんな無防備な夢、初めてみた……かも。もしここに木葉ちゃんや金田がいなかったらどうなってたかわかんなかったぞ、俺)
悟はため息にも似た深呼吸をして、
「……まあ、しょうがないよな。きっとまだまだお子ちゃまなんだろう。しばらくこのまま寝かせておこうぜ」
「うん。またそのうち起きると思うよ。さあ、悟君、座って?」
「ああ。あ、これ。何本か買って来たから」
「おっ! ありがとっ!」
買ってきたお酒を木葉に手渡してテーブルに座り、悟はじっと夢の寝顔を見つめる。
(……これはこれでなかなかのシチュだぞ? 夢の寝顔を見ながらゆっくりパーティーの時間を楽しませてもらおうじゃあないか。ふふ……目が覚めた時の夢の慌てっぷりが楽しみだ)
「ういっす。遅かったな」
金田がトイレから戻ってきて席に着く。
「ああ、スマン。ちょっとヤボ用を思い出して遅くなっちまった」
「どうよ、悟。この幼馴染の寝顔は」
「いや、別に……。ふ〜ん、酒が弱いんだなくらいにしか思わんが」
金田に俺のスケベである種変態な妄想を察せられないように、特に興味なさげに答える。
「いやいや、この美少女の寝顔を見て、お前は何とも思わんか? 何なら俺と木葉ちゃん、一旦部屋出て2人きりにしてやろうか?」
「なにゆえそんな事すんだよ」
「またまた〜。独り占めしたいだろ? この寝顔を」
「私はここに残るけどね。金田君のさりげない下心は
みえみえですから。それに外は寒いし」
「い・いや、俺はあくまで悟と夢ちゃんを2人にしてやろうかなって。わかんないかな〜っ、俺の悟に対するこのさりげない優しさが」
「うん。全然わかんない」
「うん。俺も全然わかんない」
「何だよ2人して……悟、後で夢ちゃんと2人きりにしてくれって言ってもきかねえからな」
「へいへい」
「さあ、夢は寝ちゃったけど悟君が来てくれたし仕切り直して飲みなおそっ?」
「おっけ」
金田は冷蔵庫の方へ向かい、何やら可愛らしいリボンのついた、淡いピンク色の液体の入ったミニボトルを持ってきて悟の前に置いた。
「うん? 何だこれ?」
「悟、とりあえずお前はこの可愛いシャンメリーだ。安心しろ。ノンアルだ」
「おいおい。なぜにこんな可愛らしいのを飲まなきゃいけないんだ……大丈夫だ。俺はちゃんとノンアルビールを買ってきたからそれを飲む」
「いいのか? そんな事言って。このシャンメリーは夢ちゃんが悟にって選んだんだぞ? 美少女からのこんな可愛いシャンメリーを断るのか?」
「ふん。どうせアイツは私達と違って悟はお子ちゃまだから飲めないだろうし、可哀想だからこのシャンメリーでも飲ませとこうかなとか言ってたんだろ?」
「まさに一字一句違わずそう言ってたわ。逆に怖いわ、お前ら」
悟は内心、自分の事を考えてくれた夢を想うとこそばゆい気持ちで嬉しくはなったが、ここにきて今更年下扱いをされている事が少々鼻にかかった。
(夢はいつも、少しだけ俺をバカにする。まあ、それも夢らしいっちゃ夢らしいが……)
「……わかったよ。じゃあまずはこのお子ちゃまシャンメリーをいただくとするか」
「そうこなくちゃな。さあ飲もうぜ」
木葉が缶ビールを持って立ち上がり、
「はいはい。お二人とも、夢を起こさないように騒ごうね? 乾杯! メリークリスマスっ!」
「乾杯っ!」
「メリークリスマス」
木葉と金田はもう酒が入っている為、軽くビールを流し込んでいたが、悟は一口シャンメリーに一度口をつけたら、そのまま離すことなくグイグイとまるでコーラの一気飲みのように飲み始めた。
「おいおい! 悟? お前まさか、そのまま全部飲んじゃうの?」
「いいねぇ〜っ。いい飲みっぷりだねっ!」
バイトを終え寒空の中、金田の家まで長い時間歩いてきた悟は、自分でも思っていた以上に喉がカラカラだった。
そしてそのまま……
「うい〜っ……うまい!」
悟は空になったシャンメリーを大袈裟な動作でドン! とテーブルに置いた。
「こいつ、マジでそのまま一気飲みしやがった……」
「はははっ! ウケる! 面白いよ悟君! やっぱ君はなんかおもしろいっ!」
「うまかったぜ、夢」
「もうちょっとこう、味わって飲むとかねえのかよ。せっかくの夢ちゃんチョイスだぜ?」
「いいんだよ。とにかく美味しくいただいた」
3人が騒いでいるにも関わらず、夢は一向に起きる気配はない。
「じゃあこっちいっちゃうか? 次は」
金田はテーブルにある、まだ空いていない缶ビールを持ち悟の目の前でブラブラと揺らし始めた。
「おおっ。いいねぇ。悟君、いっちゃう?」
「俺はまだギリギリ未成年だ。けしからん」
「おいおい。ここに来て飲まないつもりか? せっかくのクリスマスパーティーだぜ?」
「お前がけしかけると思って俺はノンアルビールを買ってきてる」
「マジかよ」
悟は冷蔵庫から買ってきた自分の分の飲み物を取り出し、金田に見せる。
「俺はこれでいい」
金田と木葉は悟の買ってきたビールを見て、2人は「?」という表情をして顔を見合わせる。
すかさず木葉が、
「これって……」
何かを言わんとする木葉を制止し、金田が、
「おうおう! いいんじゃねえか! 悟はそれ飲め! グイッと行こうぜ!」
「やかましいな。いちいちノンアルの一本位で」
「うい〜っ。乾杯」
金田が自分の缶ビールを悟の缶に当て、グイッと飲む。悟もそんな金田を見ながらやれやれといった様子で続けて飲み始める。
(大丈夫かな? 悟君。それ、アルコール0%じゃなくて、糖質0%ってやつだよ。きっと金田君も気付いたはず。ふふっ……まあ、いいかっ。夢が起きた時が楽しみだっ)
「なげやりクリティカル」を読んでくださっている皆様、いつもありがとうございます。
少し前から引越しと転職のダブルパンチで執筆時間が大幅に減ってしまい、投稿のペースがめちゃくちゃに落ちております。申し訳ありません。
書きたい事はたくさんあるのですが、追いついておらず、また生活が落ち着いたら少しずつ投稿ペースを上げていきたいと思っておりますので、皆様どうか長い目で見てやって頂けますと幸いです。
これからも何卒よろしくお願い致します。
さと丸