78.サンタ待ち
「悟、片付け終わったらもう上がっていいぞー」
「はいー。これ洗ったら上がりまーす」
クリスマスイヴの、閉店2時間前からの怒涛の忙しさに加え、その後のクリスマスチキンの店頭販売という、ただやみくもに体力を奪われる時間を過ごし、悟はクタクタになっていたものの、この記録的に忙しい日を乗り越えた達成感で、どこか涼しげな顔をしていた。
これから夢と木葉と金田のクリスマスパーティーに合流する為、悟はもう一仕事と言わんばかりに、片付け作業を続ける。
「今日は悟がいなかったらどうなってたかわかんねーな。ありがとな」
「いえいえ、仕事したまでっすから。店長もおつかれ様です」
「おう。明日からは多少落ち着くだろ。年末は実家帰るのか?」
「いや、帰る予定はないっていうか……特に考えてませんでした」
「つれねえな〜っ。親父さん、鹿野の方に住んでんだっけ? そんな遠くないんだから帰ってやりゃ喜ぶぞ?」
「まぁ、たまには帰ってもいいんすけど。親父は親父で何だかんだ1人を楽しんでるみたいだし、俺も年末年始は動画上げたいんで、今回はいいっす。また落ち着いたら帰ります」
「1人が楽しいっつっても帰ってきたらそれはそれで嬉しいもんだぞ? 俺は子供いねえが」
「店長は帰るんすか? 実家」
「いや……実は俺も店の忙しさにかまけて考えてなかった」
「だめじゃん……。だめじゃん店長」
「お・俺はいいんだよ……。悟はまだまだ若いだろ? 帰れる時はジャンジャン帰ったほうがいいぞ?」
「何すか、ジャンジャンって……。パチンコすか」
「そういや、本当にチキンのあまりいらねえか?」
「いや、いらないっす。しばらくチキン見たくないっす。しかもこの後食べなきゃいけないんで。お気持ちだけいただきます」
「おう、わかった。今日はお疲れさんな。金田んとこで飲み過ぎんなよ」
「いや未成年す。自分」
「いやいや、それでも飲むだろ? もうすぐハタチだろ? 若いうちは酒の許容量わかんねえから、気をつけろよな」
「だから、飲みませんって」
「おうおう。そうかそうか。お疲れ様」
「全然信用してねえ……。はいっ。お疲れ様でしたーっ」
悟は洗ったずんどう鍋をひっくり返して網棚に起き、ロッカーに向かいながらエプロンをはずす。
「はぁーっ。今日は……何だろ。この達成感。バイトで達成感を感じるのも、まあ……アリかな」
クタクタになった制服をクリーニングのカゴに放り投げ、ロッカーから自分の服を取り出す。
「金田ん家か……手ぶらは……まずいだろうな。向かう途中でコンビニ寄って何か買ってくか……あ! そうだ、やっぱ一回家帰ろう。あれを……。まあ今日はちょっと早く上がれたし、少し待たせても大丈夫だろ」
悟は着替え終わると店の裏口から出て、金田の家に向かう前に、一旦自宅へのルートに入る。
帰り道、疲れ切った体で歩きながら、なんとなく空を見上げる。
「この寒空の下、夢は来てくれたんだよな……まあでも、連れてこられたって言うほうが正しいかも知れんが、何か……嬉しかったな……やっぱちょっと急ぐか……」
寒さのせいか、一刻も早く夢に会いたいからか、悟は歩くペースを早めていた。
熱く白い息が消えては生まれ、悟の鼓動は早くなっていった。
大切なプレゼントを早く開けたい子供のような気持ちで、悟の足はいそいそと自宅に向かっていた。
「かぁ〜っ。やっぱ美女2人と飲むお酒は美味いね! 最高っす!」
「でしょでしょっ!? さあ、どんどん飲みなさいっ!」
「こらっ、木葉。そんなに金田君に勧めないのっ。金田くんも木葉のペースに乗らないでっ」
「大丈夫だよ、夢ちゃん。自分ちだし、それにそうそうの事で俺は酔っ払わないよ? それより夢ちゃんも今日は飲んで! 悟ももうすぐくるだろうし」
「そうよ、夢。アンタは今日、沢山飲んで悟君に思い切っきり甘えちゃいなさいっ。あなたはちょっと奥手なとこがあるからお酒の力を借りてでも、今日は悟くんにアピールしなさい! いつまでも2人こんなんじゃいい加減、アタシ達もしびれ切らしちゃうよ!?」
「別にお酒に頼らなくても大丈夫だからっ! っていうか、何で私が悟にアピールしなきゃいけないのよっ」
木葉は手にしていた食べかけのチキンを振り回しながら、説教じみた口調で、
「わかってないな〜っ夢は。本当は悟君の気待ち、わかってんでしょ? だけど悟君もあなたに負けず劣らず奥手ときた。じゃああなたが、悟君が来る前にしっかり出来上がってないと。悟君の為に多少のスキを作っといてあげなさいっ」
「何で私が悟の為に酔っ払らないといけないのよ……。私は私のペースでゆっくり楽しませてよ」
金田は、自分が思っているより顔が赤く酔っ払っている事に気付いていない。木葉は金田を焚き付けるのが上手いのか、思った以上に冷静で、これからの成り行きが楽しみで仕方ない感じだ。
「ひっく……。俺はね? 夢ちゃん……初めは夢ちゃんは、悟には全然興味がないと思ってたんだよ」
「その通りです」
「でもさ、なんかこう……2人のやり取り、仕草とかを見てるうちに、思う所が出て来てさ。初めは悟からのただの一方的な恋愛感情だけだなと思ってたのよ、俺は。うっく……しかしね? しかしだよ!? やっぱ俺は確信したね。木葉ちゃんの言う通り、2人は結ばれるルートなんだよ! だけど俺が気付かなかった理由は、やっぱ夢ちゃんのせいなんだよ!」
「え? なに? 怒られてるの? 私」
「いや、そうじゃなくて、俺のキューピッドスカウターがここまで夢ちゃんの事をわからなくなってたって事は、やはり夢ちゃんは相当の……いや、やっぱやめとこ」
「えっ? なに?」
「いや、ごめん、やっぱいい……」
「えっ……何なの? ちょっと……気になるよ。多分違うと思うけど」
「言っちゃいな。金田くん。許可する」
「どの立場なのよ。木葉」
「う〜ん……。まあ、アレなんだよ。夢ちゃん……」
「なに?」
「夢ちゃんはその……究極の……俺が見る初めてレベルの……ツンデレなんだよ」
「ギャハハハハッ!! うける!! 言い方っ!」
「え……」
木葉は缶ビールを持ったまま笑い転げ足をバタバタしながら、いまにもこぼしそうになっている。夢は怒りと恥ずかしさを合わせた、何とも言えない表情をしながらどんどん顔が赤らんでいく。
「初めはね? あまりに可愛くて、お高くとまってんのかなと思ったわけよ? 正直。でもさ、いざ話してると全然そんな事なくて、あまりに悟に対して肩についたホコリを払うかのように軽くあしらってる様子を見てたらさ、ああ、この子は本当に悟に興味ないんだなって思ってたわけ。でも時間が経つにつれ、この子は悟に冷たい云々じゃなく、ただ自分の気持ちに気付いてない、むしろ、っていうか……言いにくいんだけど、自分の気持ちに気付かない、もしくは自分の気持ちにフタをしてんだなって……。ごめんね? 何か好き勝手に知ったような口をきいちゃって。でもさ……それでもやっぱり、悟と話してる時にふと見せる表情とか笑顔を見ると、夢ちゃんは実は悟を必要としてるんじゃないかって」
木葉が口を挟む。
「悟君は夢に対して今、やれる事はやってると思うの。あ、夢が何もしてないって訳じゃなくて……ただ、2人を見てると、私と金田君はまず、夢にまず自分の気持ちに気付いてほしいなって……お節介や余計なお世話かもしれないけど、夢も悟君も、私と金田君にとってはそれぞれ大事な親友だからさ……何か、2人にしてあげられないかなって。……だから、言っちゃうとさ、あのディスティニーのパレードの時も、私達、ワザと夢と悟君からはぐれたんだよ。2人きりで色々話して近づいて欲しいなって。まあ、あの時は金田君はまだ半信半疑だったけどね」
「お節介なら、本当に嫌なら、やめるよ。でもさ、もし……もしだよ? 夢ちゃんが悟に対して少しでも可能性というか……何かしら歩み寄ってもいいかなって思っているなら、悟の気持ちに応えやってくれない? まあ、それは俺らがやる事じゃないし、あくまで夢ちゃんと悟の問題だけどさ……このままじゃ、悟が可哀想というより、2人が……もったいないなって」
そう言うと金田は缶ビールを一気に飲み干し、それを見た木葉も一緒に飲み干す。そしてテーブルにカン! と音を立てて空いたビールを置くと、
「はい! 私達が言いたいのはここまで! すぐにとは言わないけど、夢は自分の気持ちに、悟君の気持ちに向き合う! 昔、2人に何があったのかは知らないけど、それをどうこうするも2人の問題、私達にはどうしようも出来ないし、何より私は夢が一番大事。金田君にとっても、悟君が一番大事。だから、結果的には2人が上手くいかなくても私達は大丈夫だし、ずっとそばにいるから、夢は好きなようにやりなさい! 私達も度が過ぎたかもしれないけど、好き勝手に言わせてもらったから。ねっ!?」
「とにかく飲もうぜ! 今日はクリスマスだし! もうちょっとで悟サンタ来るから、それまでは俺たち3人で楽しもうぜ!」
金田は新しく3人分のお酒をテーブルに置き、木葉と夢に勧める。
「もう……金田くん。私と夢を酔わせてどうするつもり?」
木葉がほんのりと顔を赤らめ、上目遣いで金田を覗き込む。
「いやいや、そんな……! 別に変な事考えてねえし!? 何なら俺は2人よりよっぽどシラフで全然介抱出来るし!? 何も心配いらないし?」
金田は色気を帯びた木葉の視線に動揺しながらも、慌ててもろもろ否定する。
「今言った事、何一つ信用出来ないんだけど……。まあ、いいか。夢っ! 飲み過ぎない程度にジャンジャン飲みなさいっ」
「何なのよ、飲み過ぎない程度のジャンジャンって。2人共、もう酔ってるから……」
夢のつぶやきは2人には届かず、金田と木葉は勝手に何かやりきった感を出し、新たに開けた缶ビールで乾杯していた。
(悟……早く来ないかな。とりあえずこの酔った2人を何とかしてほしい……)
夢はやれやれといった様子でそんな2人を見ながら、ゆっくりと新しい缶を開け、もうどうとでもなれと言わんばかりにビールを喉に流し込んだ。