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77.サンタと天使


 「こんばんはっ」


「はいっ? ……あっ! えっ? ど・どうもっ!!」



 店前に広げた販売用の備品を片付けていた店長の後ろから、高橋ちゃんが声を掛ける。



「こんばんはっ。今日はもう閉店ですかっ?」


「い、いや〜っ! あの……はい、今日はちょっと早く店を閉めようかと思いまして……っていうか、もうおケガのほうは大丈夫なんですか?」


「はいっ! もうすっかり……とはいきませんが、ちょっとまだアバラがたまに響く程度で……てへっ。この前は本当に、袴田さんに助けられましたっ! 本当にどうも、ありがとうございましたっ!」


「いえいえっ、自分はそんな大した事は……」


 (名前で呼んでくれてる……ああ……嬉しいっす! 高橋ちゃん!)


「いやいやっ、あれはどう考えても袴田さんのおかげですっ! あのまま捕まえられなかったらあの人はまたやってましたから……。調べたところ、やはり常習犯だったみたいで、あのモールだけじゃなくて色んな所でやっていたみたいです。本当に捕まえられてよかったです! ありがとうございましたっ!」



 ペコりと頭を下げる高橋ちゃんは、すっかりいつもの元気な明るい美人婦警さんに戻っていた。



「いえ! 何かあったらいつでも呼んでください! 困った時はすぐに駆けつけますので!」


「ふふっ。ありがとうございます。でも袴田さんを呼ぶ前に他の同僚が駆けつけますから。お気持ちだけ、ありがたくいただきますね。あっ、でも餃子要員として力を貸していただきたくなったら、お願いしますっ」


「はいっ! いつでもどうぞっ!」



 店長は思わぬ高橋ちゃんの登場で、すっかり外の寒さを忘れていた。


 

 「あっ……ひょっとして今日、お弁当買いに来られましたか?」


「あ、そうだったんですけど、でももうお店おしまいでしたら大丈夫ですよ?」


「いえ! 大丈夫です! 店はもう閉めるところでしたが、まだご注文いただければお作りしますので!」


「えっ!? 本当に? いいんですかっ!?」


「はいっ! どうぞお店の中へ入ってください。自分もすぐ入りますんで。中に楳野もまだいますんで」


「やった〜っ! ありがとうございますっ! では、お言葉に甘えて、失礼しまっす!」



(高橋ちゃんからの注文なら、いつでも大歓迎です! たとえ夜中でもいつでもお店開けますから!)



 店長も高橋ちゃんに続いて、最後のダンボールを手に、店内に入ってくる。



「お〜いっ。悟〜っ。最後のお客さんがいらっしゃったぞ〜っ……うん? どこいった? アイツ」



店内には悟の姿はなかった。



「ああ、ゴミ出しか」



(……うん。これは高橋ちゃんと2人きりになってしまったな……サンタさん、ありがとう。でもちょいと緊張するな。自分の店なのに)



 店長はレジを過ぎて厨房の奥まで荷物を持って行き、悟の不在を確認するとまたレジカウンターの方へ戻ってきた。



「すいません。今、楳野ゴミ出しに行ってるみたいで、ご注文、いかがいたしますか?」


「あっ、いえいえ。大丈夫ですっ。お仕事のお邪魔しちゃ悪いので、またいる時にご挨拶させていただきます。……え〜っと、チキン南蛮弁当一つと、大根サラダ2つと……あと、特製のり弁一つでお願いしますっ!」



(なにっ!? 2つ……? このイブの日に弁当2つだと……!? やはり、誰か……誰か一緒に過ごす相手がいるのか……!?) 



「は・はいっ! かしこまりましたっ! 少々お待ちください!」



 店長はそそくさと厨房に入り、調理を初める。



(マジか……やっぱそうだよな……。こんな可愛い子ならほっとかねえ男はいねえもんな。……いや、待て……待てよ、俺。そうやってすぐ決めつけて考えちまう所は俺の悪い所だ。まだ男だって、ましてや彼氏だって決まっちゃいねえ。いや、決まってるかもしれんが……。ああ……聞きてぇ。聞きてぇな〜っ。……いやいや! だめだ! こんなの、俺らしくねぇ! しっかりしろ、俺! とにかく今は高橋ちゃんに美味い弁当作らねぇと! いや、他のお客さんにもいつも美味い弁当作ってっけども! が、しかし! 今は特別の特別に気合い入れて作るぞ! いちいち動揺してる場合じゃねえ! 集中しろ! 袴田 敏樹!)



 レジカウンター近くの丸椅子に座り、のんびりスマホをいじっている高橋ちゃんを意識しながらも、店長は調理に没頭しようとしていた。……が、しかしながらまたも考え込んでしまい、



(しかし……何かこう、気のきいた事の一つや二つ、出てこないかね……俺。実は正直なところ、俺も悟や金田の恋愛にどうこう言えるほど恋愛経験があるわけじゃねえ。しかし、自分の想う女性にはこう……何かしらの言葉は伝えてぇ。世間話しでも何でもいい、一緒にいて相手がいい気分になってくれるような気のきいた事は素直に話せるようになりてぇ……まあ、無理しても仕方ねえが、せっかくのこの、まさかの店に2人きりの状況はチャンスだ。何かしらの会話でまた高橋ちゃんに会えるきっかけが欲しい。ただ店に弁当を買いに来てくれるだけじゃなくて……。男いたら無理だけど)



 「袴田さん、そういえば今日、ちょっと背の低いちょっと派手目な格好をした10代の女の子、お店に来ました? たまにこちらに来てる娘なんですけど」


「ー? えっ? いや、どうですかねーっ……。今日はめちゃくちゃお客さんが来てくださって、自分はずっと厨房の方にいたので、すいません、ちょっとわからないです……。あ、でもそういえば店の前に出る時、確かそういう感じのお客さんは来てたかもしれないです」


「そうですか。たまにこの店にチキン南蛮を買いに来てると思うんですが、私の姪っ子なんです。また一緒に来た時はご挨拶させてくださいっ」


「あ、そうなんですか! わかりました。その時は是非!」



 店長は慣れた手つきで調理したオカズを綺麗に盛り付けていく。普段店に来てくれているお客を贔屓している訳ではないが、高橋ちゃんを想うがあまり、今日一番、心のこもった弁当を作っている、という自覚があった。



 「よし」



 店長は弁当とサラダを持ち、レジカウンターへ出て来る。



「お待たせしましたっ! 特製のり弁当とチキン南蛮弁当、大根サラダ2つになります!」


「はいっ! ありがとうございますっ!」



 店長は手慣れた仕事のはすが、やけに緊張した面持ちでレジカウンターに商品を乗せる。



「今日はお店終わったらパーティーとかやるんですか?」



 高橋ちゃんが無邪気な笑顔で店長に尋ねる。



「いや……特にそういったものは……。まあ、家でのんびりチキンとお酒でゆっくりしようかなと……」


 (本当はあなたと一緒に過ごしたいんですが……)


「のんびり過ごすクリスマスもいいですよねっ。私もいつも一人で過ごすんですけど、今年は姪っ子が一緒で、今私の家で待ってるんです」


「えっ……えっ? そうなんですか!? 姪っ子さんと……あ、ああ。そうなんですか〜っ!? ああっ! そうですかーっ!!」



 さっきまでの不安は一体どこに、高橋ちゃんの何気ない一言で安心しきった店長は、妙にハイテンションになり、そして勢い余ってか、



「あっ! そうだ! よかったらクリスマスチキン、いかがですかっ!? さっきまで店前で販売していたんですが、お家でまた温めたら美味しく食べられるので! サービスでおつけしますっ!」


「えっ!? いいんですか!?」


「いいんです、いいんです! お2つ……いや! もうこうなったら4つ! サービスしちゃいます! どうぞっ!」


「え〜っ! 本当に〜っ!! うわーっ、ありがとうございますっ!」



(いいんす! プレゼントっす! 俺はあなたのサンタクロースですからっ!)



 天使にペコりとヤラれた店長は得意気に、しかし照れながらチキンを袋に入れ、高橋ちゃんに手渡す。



「いつも配達のご注文をいただいている、せめてもお礼です!」


「嬉しいですっ! ありがとうございますっ! やったっ!」



 喜ぶ高橋ちゃんの笑顔に満足した店長は、



「また今後とも、よろしくお願いしますっ!」


「はい、是非っ」


「いつもありがとうございます! お気をつけて!」


「は〜いっ」



 自動ドアに向かう天使の後ろ姿を見送りながら、店長は思わず高橋ちゃんに声を掛ける。



「メ!! メリークリスマス!」



 開いた自動ドアを通り過ぎようとした高橋ちゃんは、店長の声に驚き、ピタりと足を止め、振り返る。



「メリークリスマスっ!」



 そう応えて笑顔のまま、高橋ちゃんは店を出て行った。



 「メリー……クリスマス……高橋ちゃん」



 自動ドアが閉まった後、店長は独り言のように呟いた。




 冷え込む夜の寒さを打ち消すような、あたたかい時間が2人の間に流れていた。



 



 「う〜っさぶっ! さぶ過ぎるっ! もうむり!」



 ナイスタイミングと言わんばかりに、ゴミ出しを終えた悟が店の裏口から戻ってくる。



 「おう! さみーな! お疲れさんだな!」


「何すか。その全然寒さを感じなさそうなテンションは」


「いやいや! 悟! 今日もお疲れさんな! よくやってくれたよ! そうだ、悟も持って帰るか? チキン」


「いや、いいっす。後で金田んちで嫌ほど食うと思うんで」


「何だよー。俺にはお前のサンタは務まらないってか?」


「……いやいや、逆に何でチキンあげたらサンタになれるんすか」



「なれんだよ! お前にもいつかわかる!」


「いや、多分わかんないっす」




 店長は満足そうにチキンをいくつか袋に詰め、自分で持って帰って食べるつもりなのか、自分のロッカーに入れていた。



「そもそも、サンタって、チキン食うのか?」





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