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72.私はサンタ


 すっかり陽は傾き始め、何となくだが店の前を通る通行人が増え、中にはクリスマスケーキや紙袋を持っていそいそと歩いていく人もまばらに出てきていた。悟と店長は、ぽつぽつと入り始めているお客の対応をしながら時間を過ごしていた。


 

 「このまま忙しくなんねーかなーっ」


「もういいですって。今日はこういう日なんすよ。いい加減諦めてください。何なら早く店閉めましょう、クリスマスイヴなんすから」


「バカ野郎、こんな時こそ、遅い時間にチキン買いにきてくれるお客さんの為に俺達はいるんだよ。しかもこちとらチェーン店だ。よっぽどの事がない限り店の閉店時間は変えねえぞ」



 夕方のラッシュ、恐らく忙しくなるであろうと店長が予測し、仕込みを多めに作る。揚げ物は熱を保ったままある程度の保存がきくので、新たにチキンを追加で揚げていた。



 「これ、余ったらどうすんすか? マジで」


「閉店30分前になったらこれ被って外で呼び込み販売する」



 店長は本社から送られてきていたサンタ帽をダンボールから取り出し、寂しい独り身男2人でチキンの店外販売をやろうとしている。マジかよ。


 イヴの夜によく駅前やケーキ屋の前で女の子2人がサンタの格好をしてケーキやチキンを売っている光景は、もはやある種イヴの夜の風物詩だがここは弁当屋。しかも男2人、エプロンをつけてサンタ帽を被って声を張り上げチキンを売る光景はあまりにもさびしく、詫びし過ぎる。これじゃますます自分達で寂しいイヴの夜を過ごす事になる。

 


「いいか。これは最終手段だ。このまま店にお客が来て全部売れたらやる必要はねえ。だからこれから入って来るお客さんの中で、チキンを注文しない場合は必ずチキンを勧めるんだ。この寒い中、外に出たくないだろ。だから売りまくれ。俺達は今日、このチキン全てを売り切る事で皆さんに素敵なクリスマスをプレゼントするんだ」


「マジかよ……。プレゼントっていうか、普通に商売だろ……」


「喜んでくれればいいんだよ! こっちも儲かる! ウィンウィンってやつだ!」


「俺達は独り身の時点でもう負けてるんすよ」


「いや、負けてねえ。中には独り身のお客さんだって来るだろう。そんなお客さん達の為にも俺達は今日、ここにいる。俺達は人に幸せをお裾分けする立派なサンタだ」


「いやだから、ただの商売ですって……」



 本当、今年のクリスマスはなんだかな……。

まあでも、これもある意味思い出になるか。しょうがない。恐らく売れ残るであろうどんどん作られていくチキンの山を見つめながら俺は店長と2人の、店頭チキン売り販売イヴを覚悟した。






 「ああ……まさかこんか結果になるとは……」


 ボウリング場を出て夢と木葉と並ぶように歩き、金田はボウリング対決に負けて一人肩をうなだれていた。夢と木葉の連続ストライクによる動揺で、その後の金田はあまりにも悲惨なスコアを叩き出し、見事2人に敗北した。

 


「楽勝だったね! 夢! いくら女子2人かがりとはいえ、ここまで金田君のスコアが低いのはむしろ金田君自身の実力のたまものだね! どこ連れてってもらおうか?」


「そうだね。私としては、金田君はいつまで手加減してくれるのかなって思ってたんだけど、最後までわざとらしい位にガーターを連発してくれて、本当、紳士だなって思った。ありがとうね。金田君」


「いや、マジだったから。俺、マジでやったから頼むからそんな事言わないで。泣いちゃうぜ? 俺」


「う〜ん。何ご馳走してもらおうかなっ」


 

 木葉が腕を組み、ニヤニヤしながら金田を見つめる。



「いやだから、何でおごりなの?」


「まあまあ、固いこと言わないよ? 紳士なんだから」


「いや、おごらなくていいなら別に紳士じゃなくていい。俺はただの敗北者としてお2人についていきますから。勘弁してください」



 金田の泣き言を、意にも介さずといった様子で木葉は夢に尋ねる。



「夢は? どこか連れてってほしいとこある?」


「私は、ランチョンマークタワーにあるフレンチレストランがいいな」


「えっ!? あそこってきっとバカ高いし、しかも今日なんて予約でいっぱいだぜ!?」


「私は山田屋の鉄板焼きかな? ステーキとアワビが食べたい」


「……夢ちゃんも木葉ちゃんも、からかってるんだよね? そうだよね?」


「え? 何で? マジだよ? マジの提案だよ。別にからかってないよ」


「いやいや、勘弁してよっ。マジで無理だよ? そんな所……ボウリングで負けたからってこんな酷い仕打ちってある?」


「う〜ん……でも金田君、負けたんだしな〜っ。どうする? 夢?」


「うん。確かに少し、ほんのちょっとだけ可哀想かな。でも、思いつかないな……木葉は他にある?」


「いや……ほんのちょっとって……」



 金田はもはや半泣きだ。



 歩きながら、木葉は意を決したように2人の顔を見て、



「よ〜し。じゃあ……決めていい?」


「うん。いいよ。木葉に任せるよ」


「お願いします。出来るだけ俺と財布に優しい入りやすい所でお願いします! 何でもしますからっ!」


「よし、しょうがないっ。わかった! じゃあとりあえずは駅に向かうよ? 夢は今日遅くなっても大丈夫?」


「うん。親は私が今年は一緒じゃないからって出掛けてるから大丈夫だよ」


「よしっ。じゃあ2人共、私について来なさい」



 木葉はまんまと術中にハマった2人に、ニヤニヤ顔がバレないよう、2人を先導するように駅へ向かった。




(やった。ナイスあたし。さすがだね。


 ……待っててね、悟君っ)





 

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