70.インテルメッツォ 2
クリスマスイヴの2日前、悟はゲーム実況をしながら、かつてない興奮に包まれていた。
「あと2人……あっとふったりっ! あっとふったりっ! あっとふったりっ! こいこいこいこい……!」
先日から配信を始めた「クロスメイド・クリスタル」を、ライブ配信でプレイするという始めての試みで、チャンネル登録者が1000人を越えるまでプレイするという企画をSNSで発信し、配信中にどんどん登録者が増えてきて現在、目標の1000人を目前にしていた。
「……おっ? おっおっ!? 3人きたっ!! よっしゃ〜っ!! やったぜ〜っ! うおーーーっ!!」
遂に悟のゲーム実況チャンネルが登録者1000人を越えた。正確にいうと、先ほどまでに登録者は998人まで伸びており、あと2人、登録者が欲しかったのだが、一気に3人の登録者が増え1001人になった。
悟は喜びのあまり、パソコンの前でガッツポーズを取り泣きそうになっていた。その間もまた1人、2人と登録者が増えていく。
「う〜っ! 嬉し過ぎる! めっちゃ嬉しいっ!! 観てくれてるみなさん、登録してくれたみなさん、本っ当〜にありがとうございますっ!!」
部屋の中で一人、感謝の言葉を述べ手を合わす。
「やってきてよかったっす! 本当にみんなありがとうっ!!」
画面右側のチャット欄からはさと寸へのお祝いメッセージや、労いのメッセージが届いており、あまりのフィードの早さで全部に目を通す事は困難だった。
「みんな、メッセージありがとう! 今沢山来てるから全部読めないけど、また後で一人一人、読ませていただきます! ちょうど区切りの良かったところだけど今、山小屋のバーに着いて、ひょっとしたらここに新たなキャラ、多分女剣士かな? がいるかもしれないので、もうちょっとやってみます!」
悟は嬉しさと興奮のあまり、もう半分泣いていた。
鼻をすする音が入らないよう、一声添えて、ティッシュでかみ、涙を拭きながらプレイする。
自分の好きな事を信じてやってきて、よかった。本当によかった。
(これからもっともっと、美少女を追いかけて美少女の素晴らしさをみんなと共有するんだ! 今まで美少女を追い続けてきた自分を誇りに思いたい。俺はもっともっと上へ行って美少女マスターになるっ!)
すぐさま美少女追っかけ配信者モードに戻った悟は、画面右端に表示される、あるメッセージに気付かなかった。
miyuco姫:「さと寸さん、おめでとうございます。一緒にお祝いしたいです」
悟の生配信を他の視聴者と共に見続けていた美優は、悟のチャンネルにとってとても大事な瞬間を共に喜んでいた。
「さと寸さん、本当によかった……。もっともっとさと寸さんのチャンネルが大きくなればいいな……私もルルーラの事をもっと多くの人に知ってもらって、私は私なりに美少女の素晴らしさをみんなと共有したい。あと、もっとさと寸さんのルートに乗っかって行きたいっ! それに夢さんの存在も放ってはおけないわっ。……私もうかうかしてられないっ。頑張んなきゃ」
残りの部分はアーカイブで見ようと、美優はYou Chubuの画面を落とし、自身のサイト、ルルーラ美少女図鑑を立ち上げ、新しい美少女の情報のアップや、「クロスメイド・クリスタル」の参考レビューや攻略情報を編集する作業に没頭し始めた。
「私も絶対……さと寸さんに見合うような存在になりたい。そしていつかさと寸さんと……」
…… 一通り読み終えた後、タイトルロゴの気になる所を微修正し、そしてプリントアウトし積み上げた原稿を丁寧に重ね直し、夢は大きくため息をついた。
「できた……やっと……出来た。
……私の漫画」
夢は完成した漫画のタイトルが描かれた原稿用紙を見つめながら、描き始めた当初から今までの事を思い出す。
「大変だったな……でも、やり遂げた達成感のほうが大きくて気持ち良い……。何か今、体に力が入らないけど、どこか解放された気がする。好きな事とはいえ、やっぱりそれなりに大変だったもんね……。途中で描けなくなったり、アイデアを上手く漫画に落とせなかったり、本当大変だったけど……あっ!? その辺りから悟に再会したんだっけ。……悟の動画活動とか、色々頑張ってる所に多少影響を受けて自分もやらなきゃって思わされたところもあったな。でも、一番は……やっぱりまた描けるようになったのって……」
悟に見てもらいたい。私の漫画を ー 。
そして、読んでもらいたい。
焦る必要はないけど、出来るならやっぱり早く読んでほしい。本当は今すぐにでも電話して、漫画が出来上がった事、読んでほしい気持ちを伝えたい。
「明後日はクリスマスか……悟と、会えるのかな」
ベッドに寝転び、枕に顔を突っ伏し、もぞもぞと体をひねり、もどかしい気持ちを体で表現する。
ー 夢はもう、たまに悟の事を思い出す事を、そしてその気持ちを自分で否定し拒否する事はなくなっていた。
恋愛感情なのか、仲の良い幼馴染としての感情なのか、もう、どうでもいい。
とにかく、悟に漫画を渡したい、悟に会いたいという気持ちで、夢の心は満たされていた。
「今……もうちょっと、描けるかも……」