7.私の場合
「はぁ〜っ。到着」
玄関を過ぎるなり、ジージャンを脱ぎベッドに前のめりで飛び込む。しばらくの間、枕に顔をうずめ苦しくなるまで息を吐く。
寝返りを打ち、ぼーっと見上げる真っ白い天井。
「悟か……ビックリしたな」
「あいつ、ちょっとだけカッコよくなってたな。まあ性格は相変わらずだったけど」
ベッド横のテーブルにある読み掛けの少女漫画雑誌を取ってパラパラとめくってみる。
「……今どこまで描いたっけ。タクヤがノゾミに忘れ物を届けようと電車に乗った所で……」
漫画をパラパラとめくりつつも、考えてるのは自分の描いている漫画。描き始めた時は描くのも読むのも楽しくて仕方なかったけど、今はもう何年も続けたこのある意味ルーティーン化した作業に心なしかマンネリを感じる。でも楽しい事には変わりないんだけどね。
「そうだ…! ノゾミも忘れ物に気付いて、タクヤとすれ違う設定にしてその後いつものコンビニでバッタリ……いや、バッタリする前にタクヤがコンビニで元カノが今カレと歩いてるのを見つけて、悲しい顔をするタクヤをノゾミが遠くから見つめる、そこで…」
いつもアイデアは降ってくる。だから今まで描いてこれた。私は頭で色々考えて、その通りに出来るタイプじゃない。いつもその場その場でストーリーを紡いでる。これはこれで楽しいんだけど、やっぱり読み返すとアラがあるし。ツメも甘いし。でも、大筋の話しさえブレなければ多少は……
ふと、起き上がる。
「ダメダメ、頭で考えない。考えるな、感じろ。の精神でしょ。今日はもう疲れちゃったから、もう考えない」
冷蔵庫からビールを取り出しお風呂の給湯器をオンにする。
「はぁ〜っ。美味し」
「そういえば、悟は同級っていっても早生まれなだけで、私は一個上なんだよね。次会ったらやっぱり呼び捨てやめさせようっと。お姉さんと呼びなさ……いや、あいつにお姉さんと言われてもキモいな、うん」
ふと、悟とやりとりしたLaneを読み返す。
普段、わざわざLaneを意味なく見返すことなんてしないんだけど。
「……7年振りかぁ。あっという間のような、すごく長いような。やっぱ誰にでも幼馴染っているだろうけど、私にとって幼馴染って、悟だけだったもんな。でもよくみんなにからかわれてたな、異性の幼馴染だからってデキてるデキてるって。まあ、どうでもいいけど。でもからかわれた後、悟は決まっていつも私に冷たくなったりイジワルしてたな。恥ずかしかったのか、まあ子供だし、実際今日見てもあんま変わんなかったけど」
缶ビールを口に当て、美少女らしからぬ喉音を立てながらビールをどんどん流し込む。
「そう言えば昨日上がってた、ピヨのゲーム実況見なきゃ」
早々にLaneからYou Chubuに切り替え、楽しみにしていた大人気ゲーム実況者ピヨの最新動画に目を通す。
やっぱ面白い。
「なんだかんだピヨの動画、最高だな〜っ。何でこんな普通のゲームをここまで楽しく出来るのよ。ウケる」
給湯器の『お風呂が沸きました』という、音声メッセージにも気づかず、夢はピヨの動画に夢中になっている。
「ヤバい。面白過ぎる。ひひひひ。だめ」
ー 「ピピン」
突然、Laneの受信メッセージが見ていた動画を割り込むように表示される。
「えーっ。もう何?」
「あ、お兄ちゃんだ。」
『悟と会う日にち、いくつか送るよ』
『はい かしこまり 悟に送っとくね』
送信。
「これでよし、と」
ー しばらくピヨの動画に夢中になっててすっかり時間
が経ってしまった。
「ああ、もうまたやっちゃった。ガス代もったいなー」
ちょうどピヨの動画が終わり、そのままお風呂に入ろうとした矢先、You Chubuにある自動的に次の動画が再生される機能でそれは流れた ー
「イエー! 今日もやっちゃいます ー」
(えっ? 聞きなれた声? いや、さっき聞いたような声 ー)
「さと寸の美女ゲーチャンネルー!!」
「えっ? これって?」
(聞いた声、この声とこのはしゃぎっぷり、知ってる。これって……)
動画が再生されているスマホの画面を恐る恐る覗き込む。
「……悟だ。マジけ」