69.ライバルは美少女
えっ ー ?
さと寸さんとあの美少女さんがお知り合い?
しかもさと寸さん、漫画描いてるの?
美優は思わず覗き込んでいた顔を引っ込め、引き続き2人の会話に耳を傾ける。
「どんなペン探してるの? アナログで? デジタルで? このコーナーにいるって事はデジタルかな」
「ゆ……夢は、どっちなの?」
「私は前までアナログだったんだけど、今はデジタルだよ」
(よかった〜! 聞いといてよかったぜ! 調べたら今の漫画家はほとんどデジタルだったみたいだから、そこは恐らく……と思ったが、一応聞いておいてよかったぜ)
「夢はどんなの使ってんの?」
「私のはもともとタブレットについてたやつだけど、最近調子悪くて、今日も何かいいのないかな〜って見に来たの」
「そうか……」
(じゃあ……ちょうどタイミングも良かったな。……このまま探りを入れてみるか)
「やっぱこういうのって、物によっては描きやすいものとかあるんだろ?」
「まあ、そんなには変わらないよ? 初めは慣れなくてもそのうち慣れればそれじゃないと描きにくいって位になるものもあるしね。こんなのはどう? あ、悟はタブレットから買いたいのかな?」
「いや、今はまだ別に……。その何ていうか、夢も描いてんじゃん? この前読ませてもらった時に、どんな風に描いてんのかなーとかさ。ちょっと気になってフラっと見に来ただけだから」
「そっか。まあ、もし描きたくなったら私に言えば付き合ってあげるから」
「お、おう。ちなみに……夢は、どんなのが好きなの?」
「う〜ん。私なら……これかな。この他とはちょっと違う質感が好き」
「ふ〜ん。そうか」
俺はそのペンの形と置いてある場所を覚えようとじっとにらめっこをしていた。すると夢が、
「あの……クリスマスなんだけど、悟はバイトなんでしょ?」
「えっ? あ、ああ……バイトだけど何で……」
「あっあの、木葉から聞いてね。金田君が言ってたって」
「そっか。まあ、人が足りないから入る事になってな。……なんだ? 誘ってほしかったのか?」
「バカっ。別にそんな事言ってないし。……それに木葉ちゃんと金田君と会う事になったし」
「そうかそうか。それはよかったな」
(金田のやつ、何だかんだ夢に声掛けたんだな。まあ、木葉ちゃんも一緒なら、木葉ちゃんから声掛けた可能性もあるけど。まあ3人仲良くやってくれれば俺も特にどうこう言う必要はない。まあ金田は木葉ちゃんとデートでもしたかっただろうが。金田よ……美少女ゲットへの道はそうやすやすと上手く行くもんじゃないぞっ!)
美優はコーナーの角から2人の会話を聞きながら、一人想いを巡らせていた。
(クリスマス……! そうだ、クリスマスだっ……!! 今まで家族と一緒に過ごしてきたけど、今年は「いつもクリスマスは1人なんだよ〜っ」ってえんえん泣いてたひなたお姉ちゃんのとこに遊びに行こうと思ってたけど……そうよね。さと寸さんルートに乗ったならば、私にもさと寸さんと素敵なクリスマスを過ごす選択肢はあるのかもしれない……いや、でも私はひなたお姉ちゃんの家にサンタのコスプレでプレゼント持って凸りに行こうと思ってたし……)
「私、これ買おっかな」
「えっ!? 何? 今?」
「えっ? 何で?」
「いや、夢は今日は見に来ただけって言ってたし、その、これ……欲しいの?」
「まあ、これがいいかなって」
俺は夢が買わないで済むような、何か適当な事を話して夢の買う気を逸らそうとした。
「いやいや、俺、これ買うかも知れないしさ、俺が使った感想聞いてからにすれば?」
「えっ? でも悟、ペンだけ買っても仕方ないでしょ? しかもペン使った事ないのに、正直私に感想伝えてくれても、私にとって伝わりにくいところあると思うし」
「じゃ、じゃあ貸してやるよ! それで判断すればいいんじゃない?」
「じゃあ悟、漫画描くの?」
「いや、それはまだ……あの」
「やっぱり悟は年末になってもバカね。大丈夫かしら。本当心配」
「バカでもちゃんと年は越せるんだよっ!」
「まあ、いいか。もうちょっと使い込んでから、また考えればいいか。それに今日は色々と新しい物もリサーチできたし」
「お、おう……」
「あ、そういえばもうすぐ、出来るんだ。漫画」
「そうなのか? ついに完成するんだ。よかったな」
「うん」
「またよかったら読ませてな」
「うん。条件考えとく」
「おいおい。普通に見せてくれよ……」
(え〜っ!? なんなの〜っ!? さっきから聞いてればこの2人、めっちゃ仲良くない? ひょっとして付き合ってるのかな……? ……いや、さっきのクリスマスの話しだとそれはないわね……うん。でもいい感じな気がする……。もう……ますますクリスマスは、さと寸さんを捕まえておきたくなっちゃう……本当どうしよう)
「ところで悟、お腹空いてない?」
「え? まあ、ちょっと空いたかな」
「よし、じゃあご飯に行ってやるか」
「何だよ、その流れ。一緒に行ってほしいのか?」
「いえ、悟がお腹空いてるみたいだから一緒に連れて行ってもらってやろうかなって」
「わかりにくいな。なんでこう素直に聞けないかね」
「お店は選んでいいから。ありがたく思いなさい」
「はいよ」
2人の声が近づいてくる ー。
美優はとっさに立ち上がり、急いで店を出る。
そして店頭でうっかり悟に見つからない様、すぐさま隣のフィギュアショップに身を潜める。
「ああ〜っ、もうっ! せっかくさと寸さんに会えたのに! それにあんな美少女さんにも会えたのに、何やってんの? 私っ! ……クリスマスは、さと寸さんはバイトだって言ってたし、しかもあの美少女さんともお知り合いなら、近いうちにあの美少女さん、夢さん、だっけ……にもそのうち会えるかも知れない。結局、今日はさと寸さんと、うさぎさんのお店デートは叶わなかったけど、収穫はあったわ……。
でも……あの夢さんって人、もし、さと寸さんの事が好きだったら……あんな可愛い過ぎる人に、あたし、太刀打ち出来るかしら……恋のルートってこんなにも大変なのね……でも、負けたくないっ。でも、可愛かった。でも、負けたくないっ。でも……」
店に飾られているフィギュアに向かい、ひとりごとのように呟く美優は、他の客からいたたまれない視線を浴びている事にも気付かず、その場でフィギュアとにらめっこをしていた。