64.餃子要員
「あ〜っ。休日の買い出しほど面倒くさいものはねーな……。たまにしかねえ休みだってのに、これじゃどこにも行けねえ。ま、一緒に出掛ける相手はいないが……。とにかくパパッと終わらせて帰ったら途中まで観てた格闘技チャンネルでも観るか」
ほっとホットの店長こと、袴田 敏樹。今日は貴重な休みの中、近所のショッピングモール、イポンに買い出しに来ていた。
「え〜っと、後は…シーツと枕カバーに…あ、そうだ、バスタオルもだいぶ古くなってきたから新しくするか。……しっかし腹減ってきたな。いっつも店のもんばっか食ってるからたまには自炊もいいんだが、やっぱ面倒だし、ラーメンでも食ってくか」
しばし買い物を中断し、フードコートとは少し離れた、いくつかの孤立した店舗エリアにあるラーメン屋に入る。
「いらっしゃ〜せ〜っ!」
(平日だってのに、けっこう混んでんな……)
食券機で味玉豚骨ラーメン大盛りと餃子とライスを購入し、席を探していたところ、
「こちらのお席へどうぞっ!」
カウンター中央の席へ案内され、食券を店員に渡し、すわ……座…る…? ん?
「あっ。」
座ろうとした席の隣に、見覚えのある女性が座っていたのだが、不覚にも声を出してしまった……
「あっ……えっ! あ、どうも! こんにちは!」
(えーっ!!マジかよ!? 高橋ちゃん……じゃねーかっ!!)
「あ…どうも……」
(店であいつらが話してんのを計らずとも聞いてしまい、あなたが高橋さんだという事は知ってます。ええ…知ってますが、いきなり名前で呼んだら連行されるだろう、この場合)
「あの、店長さんですよね! すっごい偶然ですね! どうも! いつも配達、ありがとうございます!」
「い・いえ…! こちらこそ、いつもありがとうございます……」
「何か、こんな所で会うなんて不思議な感じしますねっ。エプロンしてないって所を見ると、今日はお休みですか?」
「はは……。まあ…鋭いっスね」
「ふふっ。私も今日は非番なんですっ。」
「ああ……制服着てないところを見るに…なるほど…です」
(やっべ〜っ! やっべ〜ぞっ!! 何でこんなとこに、高橋ちゃんがいるんだよ! マジかよ! しかも何でこんな時に……俺今日、家で過ごしてた部屋着のまんまで来ちゃってるぞ! いいのか? これで!? いや! よくねえ!!)
「店長さん、ここよく来るんですか?」
「えっ? ええ……たまに。近いんで、あの…休みの日はここに買い出しに来てます」
(ヤベえぞ……ガチガチだぞ俺)
「そうなんですか〜っ。私も休みの日たまに来るんですっ。あの……今さらなんですが、店長さん、お名前って……」
「あ、袴田です!」
「ありがとうございます。いつもエプロンにある名札、見えはするんですけど、なかなか店長……袴田さん背も高くて、私小さいから、しかもたまにしかレジの方まで来られないから、わからなくて……あっ、これ取り調べじゃないので。ふふっ」
ズッキューン!! 可愛いぜ〜っ!!
なんだこの可愛いさはよーっ!
もっと……もっと取り調べてくれっ!!
しかもしゃがんで受けますからっ!!
「あっ、私高橋と申します。いつもさと……楳野さんにもお世話になってます。楳野さんの動画をいつも観てて、たまに配達に来てくれる時、お話しさせていただいてるんです」
「そうなんですか……何かすいません。昼の配達の時、ご迷惑掛けてませんか?」
「いえいえ、迷惑どころか、こっちが逆に捕まえちゃって色々と話しちゃって。本当、すいませんっ。お店もお忙しい時間帯なのに……」
「いえ、大丈夫ですよ。こちらこそ、いつもごひいきいただいてるんで」
(あいっつ〜! たまに配達の帰りが遅せぇ時、やっぱ高橋ちゃんと話し込んでたのかよっ! 時給下げてやろうか!! ……いやいや、そこまでいくと職権乱用だ……! う〜ん。今度から俺が配達行こうかな……なので高橋ちゃん、俺を捕まえてください)
「豚骨ラーメン味玉っ、お待たせしましたっ!」
「はいっ」
「あ…。先どうぞ」
「どうもですっ。いただきま〜すっ」
(ああ〜っ。可愛え〜っ! くっそ可愛ええ〜っ!)
「……あつっ!」
「大丈夫ですかっ!?」
「あ、はいっ。大丈夫ですっ。すいません、お腹空いちゃってて。猫舌なのに、急いで食べちゃった。」
おお……神よ。こんな子が存在する世界に俺がいていいのだろうか……。
「店長さ……袴田さんは、何かやられてたんですか?」
ラーメンをフーフーと冷ましながらショートカットのヒロインは興味津々な目で聞いてくる。
「えっ?」
「いや何か、ガタイが良いな〜って。大きいから」
「ああ、大学まで柔道をやってました……今も一応道場に在籍してるんですが、なかなか行けなくて……」
「そうなんですか〜っ! やっぱり。柔道かラグビーかなって気がしたんですよ〜っ。私も仕事柄、訓練受けてたんですけど、女子の中でも小さい方だから本当大変で……」
「いやいや、大きさなんて、関係ないですよ。心・技・体を鍛えていればそれだけで柔の道は充分ですよ」
「おおっ。なんか強そうな人がいう台詞だっ! 袴田さん……さてはあなた、相当ですな?」
「味玉豚骨大盛りにラーメンと餃子っ! お待たせしましたっ!」
「あ、はい。いただきます。……いえいえ、そんなでもないです、自分」
「もしや昔、大会とかでブイブイいわしてた的な」
「……。」
ー ふと、昔の自分がフラッシュバックで蘇ってくる。
予選大会決勝、無念の敗退を喫した時、長年の夢だった五輪へのチケットを手に入れる事が出来なかったあの日の事は、今でも脳裏に焼き付いて、離れない。
「あ……よかったら餃子、ご一緒にどうですか?」
「えっ? いいんですかっ!?」
「どうぞどうぞ」
いつの間にか、俺は高橋ちゃんの屈託のなさのおかげか、落ち着いて接するようになっていた。それとも昔の事を思い出して感傷に浸っちゃったからか? おいおい……弱くなったな。俺も。
「ありがとうございますっ! 実は食べたかったんですけど、全部食べられるかわからなくて……じゃあお言葉に甘えて、いただきますっ」
……素直に驚いたり喜んだり、本当、子供みたいな純真な人だな。ちくしょう。
「やっぱり、色々食べたいけど一人じゃ食べられないから、こうやって誰かと食べれるのは嬉しいです。ね?」
(はいっ!! 嬉しっす!!)
「じゃあまた、どこかでご一緒したらいっぱい頼んでください。残さず平らげるんで」
おいおい…何だ? 調子乗ってんのか? 俺?
あんまはしゃいでると、軟派な奴に見られっぞ!
「え〜っ! 是非っ! よろしくお願いしますねっ」
こんな天使ちゃんの隣でラーメンを食える俺は、何か前世で徳でも積んでたのか? それを知る由もないが、とにかく神様、ありがとう。幸せっす。俺。
ラーメンを食べ終え、2人揃って店を出る。
「餃子、ご馳走様でした〜っ!ありがとうございますっ」
「あ、はいっ。また餃子食べたくなったら呼んでくたさい」
「ははっ。袴田さん、面白い。じゃあ、袴田さんは私にとっての餃子要員だっ!」
ええ!! なに要員でも構いません!! 何なら手錠掛けてキープしてください!!
「袴田さん、お買い物だったんですか?」
高橋ちゃんが俺の手荷物を見て取り調べを初めた。
「えっ、ああ……。ちょっと細々と」
「私もなんです。従姉妹の子がたまに泊まりに来るんですけど、可愛いパジャマを買ってあげようかなって」
「ああ、そうなんですか。」
くそ……何か言え、俺。
「袴田さん、今日はご一緒してくださってありがとうございましたっ! 今度配達じゃなく、行ける日はお店まで取りに行かせていただきますねっ!」
「いえいえ、お気になさらず、いつでも配達を利用してください」
おい……。マジかよ、俺。……何か、何か言えよ!
「じゃあまたっ! ありがとうございましたっ!」
「はいっ。では」
エスカレーターの方へ歩いていく高橋ちゃんを見送りながら、
「そうだ……これでいいんだ。また店に来てくれた時に、話せばいい。少しずつ、少しずつだ。焦るな、焦んじゃねえ。大人の余裕ってやつを見せろ。……そうだ、俺はビビったんじゃない……うん、ビビったんじゃ……ビビったんじゃ………」
袴田は残りの買い物を済ませようと高橋ちゃんの顔を思い浮かべながら歩き出した。
「う〜ん、これなんかどうかな……。あんまり可愛いのだと、美優も嫌がるかな? でもこれ位可愛いほうが私が癒されるっ。……あっ! でもこっちのピンクの方はスリッパとお揃いだっ。迷うな……何ならいっそ両方 ー」
ー ドンッ!!
その時、パジャマを選ぶのに夢中になり過ぎたのか、自分の後ろを通る人とぶつかった。
「あ、すいませ……」
ぶつかった事を気にもせず、その若い男性は何か呟きながら、ひなたのそばを通り過ぎていく。
「ま、いっか。……え〜っと。今のところはこの2つが有力だね。でももうちょっと見てみようかな」
隣のコーナーに回り込み、物色を続ける。
「おおっ。このぞうさんのプリントが入ってるの、めちゃくちゃ可愛いぞ? でも、子供用か……いやいや、それでも何とかこのサイズなら着れるか? 店員さんに他にもサイズがあるか聞いてみようかな……」
辺りを見回し店員を探そうとした時、ふとひなたの視界にさっきの男が入った ー。
ー?
男性用のパジャマを見ている女性の真後ろで、その男は女性から背を向けるように立っている。
しかし、腕を後ろに伸ばし、その手には何か持っているのを確認できた。
その男の手にはスマホがあり、そのまま後ろの女性のスカートの方まで伸びている。
「ありゃりゃ……何ですかあれは。私、今日非番なんですけど……でもこれは許すまじだよ。絶対に」
ひなたは持っていたパジャマを掛け戻し、2人のいるコーナーを周りこむように、気配を消しながら近づいていった。