61.漫画もシフトも好きにしていい
『ずっと私から逃げてたくせに……自分のほうで踏ん切りがついたからって、そんなのわがままだよ…。ずっと私、寂しかった。お父さんが亡くなった時、オーディションが落ちた時、タクヤに一緒に隣にいてほしかった。』
「こっからまた角度変えて…」
『ずっと一緒にいてほしかった…なのに、何でなのよ! どれだけ自分勝手に、私の事を……ねえ。何か、何か言ってよ……このままじゃ、私……』
「…で、ここでタクヤを振り向かせて…と。やっぱノゾミはこの角度からのが一番いいかな」
『離れてしまう運命だったなら! そんな運命、アタシはいらない!』
「よし! 決まった! これでいこうっと」
ペンを置き、デスクから離れてソファに横たわり、夢はこれまで描いてきた漫画を振り返りながら、もうあと少しでその漫画が終わる事を感じていた。
「もうすぐ……終わっちゃう。…気がつけば、随分時間が掛かっちゃったけど、描けてる時は本当あっという間に進んでたな。多少の波はあったけど、描けている時のスパンをもっと伸ばせるようにしたいな。正直、描けない時は描けない。でも描ける時はいっぱい描きたい。なるべくペースを落とさずに。クオリティも下げないように。むしろペースもクオリティももっと上げていかなくちゃ」
私はストーリーやネームを考えるのは得意じゃない。だけど絵と、アイデアには自信がある。まだ何の結果も出せてないけど、今は自分の良い部分をなるべく表に出せるようにしていきたい。
「木葉は、私は悟に会う度に漫画が描けるようになってるって言ってた。でも、そんなの関係ない。とにかく私にとって、この漫画を完成させるのが全て。そして出来上がったら……また悟に読んでもらいたいな」
夢は気付いていなかった。
アイデアが降ってはそれをストーリーを落としていったが、いつの間にか自分の孤独だった実体験をストーリーに重ねていた事に。そして悟に漫画を読んで、褒めてもらう事が唯一、夢自身の漫画を描く原動力になっている事を。
「とにかく、あともう少し、頑張らなきゃ。
2人をハッピーエンドに連れていきたい……」
夢はソファから起き上がり、再びデスクに向かいペンを取り始めた。
描き続ければ描き続けるほど、自分の中の何かが「浄化」されていく様な感覚。過去から引きづっていた重い足かせのような物が少しずつ軽くなっていく感覚。夢は自分のやりたい事を続ければ続けるほど、そんな感覚を実感していた ー。
「今はまだ自分の為に描いているようなもの。でもいつか、読んでもらえる人に楽しんでもらえるような漫画を描きたい。それでも、ずっと自分の為に描き続けてるのかもしれない。とにかく今は、ずっと描き続けたい」
祈るような想いで、ペンを走らせていく。
頭のどこか片隅で、悟の笑顔が浮かんでいた。
「ありがとうございましたーっ!」
「ふうっ……今日もつっかれたな〜っ。早く明日の投稿分の編集しなきゃな。もうちょっとで『のんのんぴよる』のルート攻略が完結しそうだし、編集終わったらもう一本撮っとくかな……」
今日は遅番の日だ。
実は先週店長から、遅番のバイトが万が一休んでも近所に住む俺がフォローし、閉店作業も出来るようにとの事で、先週から何日か遅番出勤している。
「おい悟、お前年末のシフトどうする? まだ出してねえけど。俺が決めていいか?」
「えっ? ちょっと待ってくださいよっ」
「おめ〜の分だけちょっと待ってくれって言うから待ってたんだが、もう出さねえならこっちで決めっぞ」
「いやいや、今出します。……え〜っと。……あれ? 全然人足りてないじゃないすか、これ」
「ああ、お前年末迎えるの初めてか。まあ毎年バイトは実家帰るだの旅行だの、なんだかんだ来ねえんだよ。まあ、お客も似たようなもんなのか、案外暇な日もあるんだけどな。去年はほぼ俺は出ずっぱりだったが、しかし今年はお前がいるからな、大丈夫だ。頼りにしてっぞ」
シフトを確認してみると、何とまあ綺麗に金田と立山のシフトが、示し合わせたかのようにかぶっておらず、お互いの休みをそれぞれ優先出来るように打ち合わせでもしたのか、とっくに2人のスケジュールは決まっているらしく、あとは普段週1・2日ほど出てくる大学生の早坂は年末の2週間全て休み、牧田のおばちゃんと、昼間サラリーマンやってる遅番メインの中川さんがちょいちょい入ってる。
「こんな人数で、年末乗り切れるんすかね…心配になってきた」
「いや、このままじゃ無理だ。たまに暇な日があるとはいえ、突然来る時は急に来て、終わらないオーダーが続いて死ぬほど忙しくなるから、だからお前には普段通りなるべくコンスタントに来て、全体のシフトをフォローしてほしい」
「ああ。俺も頼りにされる位、成長したんすね」
「いや、相変わらずお前が仕事出来ない事は俺が一番よく知ってる。猫の手も借りたい、というやつだ。とにかく入れる日はなるべく入ってくれると助かる。年末は時給も少し上がるぞ?」
「おっけっす。じゃあ……ふむふむ……。えっと……」
「そういえば最近、どうなんだ? ムリマの幼馴染は。何か進展あったのか?」
店長が鍋を洗いながら質問してくる。
閉店作業中の世間話はもはや俺と店長のひと時のくつろぎタイムだ。
「無理目ですって。……いや〜っ、実は最近、ここだけの話し、告ったんすけど……」
「マジか! で、どうなったんだ? 上手くいったのか?」
「いや、それが……多分フラれたんだと思うんですが、俺はまだフラれてないというか……」
「あん? 何言ってんだ? それ、フラれたんだよっ」
「そうなんすけど……そうなんすけど、何て言うかハッキリとは ー」
「お前、まさか、ハッキリ言葉にしてくれきゃわかんないって女の子みたいな事をいうつもりじゃねえだろうな? 相手の女の子の言いにくい事を汲み取ってやるのも、フラれた奴のせめてもの、負け惜しみというか思いやりだぞ? 男気だぞ?」
「でも、何か……アイツ自身も自分の中で…何かわだかまりがあったような気がして…。上手く言えないんすけど、フラれ切ってないというか」
「それはその幼馴染の性格なんじゃねえの? なかなか本音を言えないというか。相手の性格わかってたんじゃねえのか?」
「わかってるつもりではいたんすけど、俺もそこは上手く聞けなくて」
「なんだそれ。幼馴染なんだろ? 相手がどういう人間かわかってんだろ?」
「いや、でも人は変わりますって」
「まあな、変わるよ。……でも根本的なとこはやっぱ変わんねえんじゃねえか? むしろ根本的な所が変わってたら、再会しても好きになってないだろ。それにお前の事だ、幼馴染から変わってないって言われてないか?」
「あ、何度か言われた気がする」
「幼馴染から続く関係でよ、今もその相手が好きってのは、やっぱ元々のその子の根本的な、変わってない部分に惚れてるんじゃねえのか? 生きてる上で物事に対する考え方とかは、そりゃ何度も変わるかも知んねえけど、根本的なとこは、人間そんなに大して変わらねえぞ? 変わったとしても、やっぱその人としての根っこの部分は残ってると思うぞ」
店長は手早く洗い物を終え、エプロンをはずす。
「とにかくお前は相手の事を充分わかった上で告白してフラれたんだ。よかったんじゃないか? 後で嫌な所が見つかって後々別れるよりかは」
「決めつけないでほしいっすね。まだ俺は諦めてないっす」
「まあ、とにかくお前は俺と同じ、寂しい独り身だからシフトいっぱい入れていいぞ」
「もう……シフトはお任せするっす。先上がります。
おつかしたーっ」
「おう、お疲れさんっ!」
ー 店を出て寒空の下、家路へと急ぐ。
……確かに、俺もそうだが、夢も変わってないと言えば変わってない。……そうだよな、人ってそんなに変わるもんじゃないかもな。
「ただ……今のこの生活は変えて〜っ!! 来年中には俺は絶対有名になってやるっ! 見てろよ! 店長! 夢っ!」
「う〜ん……ちょっと入れ過ぎたか? まあでもアイツもフラれたなら働いて気を紛らわせられるかもな。
俺って、従業員おもいなデキた奴だな〜っ」
店長はようやく完成した年末のシフトを、満足気に眺めていた。
悟のシフトは、しっかりとクリスマスの日が「出勤」になっていた。




