53.チキン南蛮
「店長〜っ。あれから立山、ずっと俺に風当たり強いんすよ…話し掛けてもろくに顔も見ねえし、終わっても先帰っちゃうし、こっちはレジで上がってくる弁当ず〜っと待ってんのに、アイツだまって後ろに上がった弁当置いてくからこっちは気付かねえまま、ぼーっとつっ立って待ってたら、お客さんから弁当出来てんじゃないの? って言われるまで気付かなかったり…ある意味業務妨害っすよ。店長から何か、言ってやってくれませんか?」
「なんだ、アイツまだ金田に怒ってんのか? そりゃよっぽどだな。まあ、自分に声が掛からなかったのがかなりショックだったんだろうな。何かアイツ、お前をライバル視してるフシがあるからな。それにボーッとつっ立ってるおめえも悪いだろ。そういえば土産はちゃんと渡したのか?」
「渡しましたよ。余分に買っといたサングラスを渡しました。やっぱあの子ぶたはさすがにヤバいかなって。逆にアイツの神経逆撫でしかねないと思って」
「そうだな。まあこれ以上アイツに嫌われたらそのうち嫌がらせにオーダー受けた弁当、奥からまとめて出してきそうだしな。ガハハッ」
「勘弁してくださいよ。バイトの人間関係を潤滑にするのも店長の仕事じゃないっすか? しかもアイツ、悟とはフッツーに話してるんすよ? どういう事すか? しかも声を掛けてきたのは悟の方で、むしろ立山が怒ってる件についてはある意味俺は被害者だといっても過言じゃないですよ?」
「だから、お前をライバル視してっからお前が憎いんだろう? そのうち後ろからフライヤーの油ぶっかけられないように気をつけな」
「そんなぁ……」
「しかしお前らもいいよな、青春してんな〜っ! 恋愛にライバルに、最高の…なんだ? シチュ…だったか? とにかく俺ももっかい青春してえよ!」
「いや…こんなの、全然青春じゃないっす……ただの逆恨みですよ…。はぁ〜っ。もうこうなったらガチで木葉ちゃんにぶつかっていって、あわよくば慰めてもらおうかな…」
「なんだその、このはちゃんて……おっ? …いらっしゃいませーっ!」
「まあしょうがねえか…そのうち収まるだろ……」
店の自動ドアのセンサーチャイムが鳴り、金田はレジカウンターへ向かう。
「いらっしゃいませーっ!」
(……おっ? たまに来てたゴスロリ風な娘じゃん? そういえば最近来てなかったな…ファッションは俺的にはイマイチだが、けっこうツンケンしてっけど以外と可愛いいんだよな…。接客という名目で目でも会話でも癒してもらおう…)
「いらっしゃいませ、ご注文のほう、お決まりで ー」
「チキン南蛮弁当2つと、みそ汁2つ」
来た。食い気味に来た…。でも俺はそんなツンケンしてる女、けっこう好み……だぜっ ー !!
「……おあと、ご一緒にコールスローもいかがでしょ ー」
「いいです」
ー うん。そうだね。知ってる。
君はいつも店のオススメを断るよね。
でも、それでいい、それがいい。
俺は君のそのツンデレ感にやられたい、ただのM男なのさ……ハハ…。
「ありがとうございます! こちらの番号札をお持ちになって少々お待ちください! 南蛮2つでーす!」
「はいー」
店長のチキン南蛮が出来上がるまで、味噌汁を袋の隣に置き、カウンターで待機する。
店内端の椅子に足を組んで座り、尋常な速さのフリックさばきでスマホを操作するゴスロリ娘を横目に見やり、金田は推測する。
「……年は若く見えるが、実は以外にハタチを越えている。何故なら先ほどの注文の仕方、そしてこの落ち着きようは、ただロリな可愛いカッコできゃぴきゃぴしてる10代のそれとは明らかに違うからだ。ゆえに家族や友人達の前、近所に出歩く時などは、普段そんなファッションをしてる人とは思えない位、地味な格好をしているとみた…! オンとオフってやつだ。
彼氏は……いない。フフン…きっとあれだ。二次元のほうで既に将来を約束した美形の王子か勇者か、はたまた魔王幹部のNo.2辺りの美形男子に挟まれ、まだ誰にも絞れない、といったところか…。こんな美少年がカウンター越しにいるというのに……ああ、なんと嘆かわしい事だ。向こうの世界にどっぷりな余り、この現実世界での美男子の存在に疎くなってしまうとは……とても悲しく、哀れな事よ(俺が)。
それにこの人を寄せつけない、そして先ほどの会話からもうかがえる、この過剰なまでのツンデレ感。あくまで、いち店員な俺を、道に生えている雑草をはらうかの如くあしらい、そして何事もなかったかのように店内の椅子に鎮座し、己の南蛮を待たずとも待っているその姿勢、佇まい……見事だ。この店に来るお客さん達の中でツンデレNo.1の称号を与えたい。
そんなツンデレ子の為、さしづめ召し使いのように前を向き、一心に南蛮弁当を待つ俺はまさに、ロミオとジュリエットに登場するロミオ。
ー 今しばし、今しばし待たれい。
デレ子様の南蛮、アツアツのまま献上しようぞ! ー
「……おい。…おいっ? 金田!」
「は、はいっ!?」
「南蛮、上がったって言ってんだろ!」
いつの間にか、デレ子がおめえ一体何ボケボケやってんだと言いたそうな目をこちらに向けている。
「あっ! すいません!」
急いで袋に弁当と味噌汁を入れ、召し使いはジュリエットに弁当を献上する。
「すいません! お待たせしましたっ! チキン南蛮弁当2つとお味噌汁ですっ!」
「………」
無言で会計を済まし弁当を受け取ったこの店No.1のツンデレは足早に店を出て行く。
「ありがとうございましたーっ!」
「ありがとうーございまーす!」
「……すんません。気づかなくって」
「お前、立山の時もそうやってボーっとつっ立ってて気付かなかったんじゃねえの? 逆恨みだ何だってわめいてあんま悪口言うんじゃねーぞ。あと、一回こっち引っ込んで一緒にこのずんどう鍋持ってくれ」
あの獲物を仕留めそうな鋭い視線。まじ最高っす。
いただきましたっ!
金田は、一人ガッツポーズをし、浮かれていた。
「おいおい。……もう聞いてねえ」
「あっ!? ひなたおねぇーちゃーんっ!!」
「おっ? ひょっとして署まで迎えに来てくれたの?」
「うん。ちょうど今この時間なら出てくるかなって。でも警察署の前で待つのって、何かドキドキするね。ほら! 買っておいたよ! チキン南蛮! 一緒に食べよっ!!」
「ありがと〜っ! 気がきくねぇ。あたし本当幸せっ! こんな可愛いい従姉妹がいてくれて。このこのっ」
「やめてよっ。こそばいよっ。うちの近くにはほか弁ないし、いつもひなたお姉ちゃんのとこに来た時しか食べれないしっ。ねえっ、早く帰ってあれ見よ? あの、美少女ゲームのっ」
「いいよ〜! 確か昨日新しいの上がったばっかだし、美優も前回までは見たんだよね? 今日は泊まってくんだよね?」
「うん! 大丈夫。言ってあるよ」
「そっか。わかった。一応後で私からもアネキに連絡しとく。 ……あっ! そういえば…ふふっ。すごいよ、美優」
「どうしたの? 何が?」
「びっくりする事があってね……実は…わかっちゃったんだ」
「何が? 何がわかったの? ねえ、もったいぶらないで教えてよ〜っ!」
「美優の好きなチャンネルの人……私の知ってる人だったの」
「え?……まじ?」