52.二人の選択
「悟と会うようになってから、正直自分の気持ちはよくわからなくなってた……。昔のように話も出来るし、今は悟にも何かしら理由があったのかも知れないって少しは考えられるようになった。でもふと、昔の、あの時一人になった時の事がよぎるとどうしてもやるせなくなって、辛くなっちゃう。
……悟は私に会うようになってから、どんな気持ちでいたの?」
「俺は…ただ、お前に好きって伝える事しか考えてなかったよ。夢にまた会えた事、これはきっとチャンスだ、ずっと夢を想い続けてきた、俺に与えられた絶好の機会だって……。
でも、晃弘君の事や夢の漫画の事を通してお前に会ってるうちに、夢は俺の事、好きじゃないかもって思い初めて……そうなんだ。俺はずっと夢も俺の事を想ってくれてると思ってた、心のどこかで。……きっとそうなんだって、どこかで信じてた、信じようとしてた。
多分、そうじゃなきゃ俺自身、7年もの間夢を想い続けるなんて出来なかったんだろうと思う。あの時の事だって、俺が夢に再会できてこの気持ちを伝えられたらきっと俺も夢も報われるって、そうなるってずっと信じてた。」
……電話の向こうで、夢が小さく溜め息をついたのが聞こえた。
「……本当、悟はロマンチストだね。そんな上手くいく訳ないよ…。あんな別れ方して、それから7年も会えない時があってそれぞれ生きてきて、そしてまた再会して想いが伝わってハッピーエンドなんて……ほんと、バカ」
「ああ。そうだよな。そこまで上手く行く事なんて、そうそうないかもな。
でも俺は実際、夢を想い続けてきて実際に再会できた…。これってやっぱ奇跡だろ? 俺は夢にまた会えた時、夢を見て確信したんだ。やっぱり俺の幼馴染は、一番キレイな…」
「もういい…。わかった。」
夢はさえぎる。
言い訳めいた言葉だったのだろうか。俺は情け無くも、もう少し夢とそのことについて話していたかった。
「とにかく、私はワタシなりに、ずっと思ってた事を悟に言えたからよかった。もうずっと、この気持ちはこのまま閉じ込めておこうって思ってた…。 でもやっぱりそれだと私だけが、ずっと置いてけぼりのような気がしたから今、悟に言えてよかった。いったん、これで長かった私の春休みはおしまい。
まだまだ言いたい事はあるけど、それは悟も一緒でしょ? でももうそんなのキリがないから、だからもうおしまい」
夢は自分に言い聞かせるように続ける。
「だから、今日悟は私の言った事、真摯に受け止めて反省しなさい。手紙でも何でも出来たはずだし、あなたの好きな人に対してこんな寂しい思いをさせた事は、私としてもすぐにはい、そうですか…って納得できない。ムリ。悟も悟で結局言いたい事言えたんだし、お互い、今はこれでおしまい。だからさっきの悟の気持ちに対しても、私は何もどうこうしない。保留にすらしてません。ああそうですかとも思ってません。ただああ、何か声がしたなーっ位にとどめておくから」
「いや……それは悲し過ぎるんだが」
「悟は自分勝手なのっ! 自分の事ばっかりなの! いくら私をずっと好きだったからって7年も放ったらかしにされた私の事よりも、ただ自分の気持ちを伝えたかっただけでしょ? 伝えたら、何とかなるって思ってたんでしょ? その前に私自身の事とか、どう思ってたのかとか、自分の事より先に……もういい。なんかこれ以上言っても、ただのワガママに見えるし」
「わかった。……とりあえず…ひょっとして、まだ俺にはチャンスがあるって事なのか?」
……俺は地雷を踏んだようだ。
「ねえ!? 本当になんでまだここにきてバカなの!? わかんないの? さっきの悟の話しなんて、もう存在すらしてないから! それなら先に私のこの7年間を何とかしてよ!? 無理でしょ!? こんなワガママなお願い、どうやったって無理でしょ? 何でわかんないの!? もうっ! ほんっとに怒るよ! もう怒ってるけどっ!」
夢はもういやだと言わんばかりに、そのまま電話を切ろうとしたが ー
「……やっぱり悟は……何も変わってないね。
真っ直ぐで、自分の事ばっかり。
でもそれでもずっと、私の事を想い続けてくれてたんだったら……私の7年間も少しは報われたかも。」
「えっ? どういう事?」
「いい、言わない。悟バカだから、もう一回言ったところでわかんないだろうし」
「あきらめるな」
「……もう、遅いから、寝るね」
「あ…うん。……わかった」
「あと、忘れないでね」
「ん? 何を?」
「漫画、また描けたら……よろしくね」
俺はもうこのヤリ手過ぎる美少女に何も言えなかった。
「うん。待ってる」
「じゃあ…」
俺達は知らずとも、電話を切りながら少し微笑んでいた。