50.二人のブランコ
次の日、俺は朝から夢の家へ向かった。
しかしインターホンを鳴らしても誰も出て来ない。
「何だ? どっか行ってんのか? 参ったな…。せっかく兄貴に頼んで引越しの準備抜けてきたのに。
……よし。待つか」
ー しかし待てども待てども、誰も帰って来ない。
いくら子供とはいえ、ずっと他人の家の前で見知らぬ子供が座りこんでいたら、近所の目線が憚られる。
子供でも、そんな視線は理解出来る。
俺はずっと夢に会ったら何て言おうか考えていた。
俺がいなくなる。もう会えなくなると伝えたら、夢は何て言うだろうか? どんな顔をするだろうか?
引越した所から、ここまでどうやって来ればいいんだろうか? あと、俺がいなくなって、アイツが毎日悲しんでたら、俺はどうしたらいいのか…。
……いやいや、まて! そもそも何で夢が悲しむって決め付けてんだ!? ひょっとしたら全然悲しまないかもしれないじゃないか! ああそうなの? 元気でね! って明るくバイバイして俺の事なんかすぐ忘れて他の奴と遊ぶかもしれないじゃんか! 何なの? 俺は自分で勝手に夢の心配なんかしてカッコわりぃ〜なぁ! もうっ!!
俺は一人勝手に、他人様の家の前で妄想しうずくまっていた。
「もう昼だし、さすがに兄貴に怒られるか。一回帰るか」
そして夕方まで引越しの荷物をまとめた後、俺はやはり、というかどうしても、もう一度夢の家に行きたくなった。
「……もしまた行っていなかったら、電話するか? いや、やっぱりちゃんと夢の顔を見て話したい。もし、夢が泣いてしまったら俺が拭いてやるんだ。
……っていうか俺は? 俺は…きっと泣かない…泣かない……うん。泣かない。……よな?」
ー ふと、家の電話が鳴る。
「夢か?」
電話に向かう兄貴を追い越し、ぶん取るように受話器を取る。
「もしもしっ!!」
「ああ、悟か。ちょっと遅くなるから2人でなんか弁当でも買って食っといてくれ。財布は冷蔵庫の上にあるから。すまんな。じゃあな」
「はいよっ」
「何だ? 親父か?」
「遅くなるから先に弁当でも買って食べとけって。何だよ…もう」
「よし、じゃあ後これ片付けたら行くか 」
初春とはいえ、まだ寒さの続く夜、兄貴と近くの弁当屋へ向かう途中、
「しかし、仕方ないとはいえ、急だよな。俺まだ誰にも引越しの事、伝えられてねえぜ。学校の事は任せとけって親父言ってたけど、大丈夫かよ。お前は友達に挨拶出来たか?」
「いや、誰にも」
「そっか。まあ、昨日の今日だもんな…。
小学生の時、何も言わずいきなり転校した奴がいてよ、昨日まで来てたのに急に来なくなっちまったもんだから、学校ではえらい噂になってよ。そいつの親父が捕まっただの、やれ夜逃げだとか、実はスパイだったとか、はたまた心中だってな。まあ子供だからそんな事で盛り上がるのも仕方ねえっちゃ仕方ねえがな。俺らも休み明けいきなり学校に来なくなってたら、その時みんなに好き勝手、色々言われてたらたまったもんじゃねえな」
「……兄貴は、いいの? それで」
「いや、まあ誰かしら最低、仲のいい奴2・3人には伝えときたいよな。後々手紙とか、何か恥ずいし」
「いや、引越しだよ。兄貴は、いいの?」
「いやだから、こればっかりは仕方ねえだろ? 俺らはまだ未成年だし、今は親父の言う通りに、それに母さんの為にも、少しでも力になって早く良くなって欲しいしな」
「……俺と兄貴でなんとかさ、2人で家事とか分担して、週末は母さんとこに行って……って、そういうの無理かな? な!? それとあと、なるべく兄貴の言う事もちゃんと聞くようにするし!」
「いやいや、無理に決まってんだろ。親父にしてみたら母さんプラス、俺らの事も心配になって、そのうち倒れかねないぞ」
「無理か…」
「まあ、諦めろ。俺は自分でも思ったより引越しに関しては前向きでな。受験前で確かにキツいけど、調べてみたら今度住むとこは、今よりも都会的だし通える高校の選べる範囲も増えそうだし、なにより近くに柔道の強い学校もある。もともと距離的に諦めてたが、俺の努力次第ではそこに通えるかも知れないという選択肢も出てきた。
まあ悟には早い話しかも知れんが、引越しや転校なんて当人にしたら一大イベントだが、まあそんな珍しいもんでもない。俺はこの引越しに対して自分としては、母さんの為でもあるが、ひいては自分の将来の為にもなるかもって思ってる」
「寂しくないのか?」
「いや、まあそりゃあ多少は…というか寂しい気持ちはあるさ。住んできた所だからな。でもこればっかりは俺達の力じゃどうしようもねえ。与えられた問題や状況に対して、自分がどう受け取め、選択するかだろ」
「何か難しい。もういい」
「まあ、そのうち……ってか、すぐにわかるぜ」
弁当屋からの帰り道、コンビニに寄ろうという事になり来た道とは違う道順を歩いていると、その道の向かい側に公園がある事に気付く。
(……ひょっとして、公園に居たり……して、ないか…?)
「兄貴、先帰ってて! すぐ帰るからっ!」
「おいおい。何だよ? 何か買い忘れたのか? 財布は俺が持ってんだぞ?」
「いや、いい! すぐ帰るから!!」
俺は兄貴にそう言い残し、公園まで走り出す。
いないか……!? 夢……いるのか?
公園に入り、いつも夢と話していたブランコの方まで駆け寄ってみるも、暗がりの中、公園の照明に照らされたブランコには誰も座っていない…。
「やっぱいないか……居たとしてもこの寒さじゃもう帰ってるよな。……ちくしょう。もし……このまま会えなかったら……」
小さな少年が、暗がりの公園の中、一人立ち尽くしていた。




