29.白羽の矢
「おい楳野、このサラダの賞味期限シール、まだ作ってないよな? 俺もう作っちゃうぞ?」
「ああ、悪ぃ。頼む」
「そういえばよ、この前下丸に配達行ったんだけどあそこにいる、いつもグレーのスーツ着てるスキンヘッドのおっさん、あれヤクザだな。ぜってぇ刑事には見えねえ、控え目にみてもあれはヤクザだ。絶対人撃ってるぞ、あれ」
「ああ、あのオッサン怖いよな。他のオッサン達も貫禄あるけど、あのスキンヘッドだけは別物だ。きっと昔グリーンベレーにいたと思うぞ。気をつけろ。俺はあのオッサンとだけは目を合わさないようにしてる」
「だよな、俺も無理だ。でもよ、入ってすぐカウンターに座ってるあのショートカットの子、めちゃくちゃ可愛いよな! 何であんな子があんな魔窟にいるのか俺わかんないわ。あの子があそこにいなかったらあの警察署はアーカム並みにヤベぇ所だぞ」
「確かに。早くバットマンでも来て一掃してくれねえかな。そしたらもうあそこに配達行かなくてもいいし」
(でもそしたらもう、高橋ちゃんに会えなくなるんだけどな)
「お前らいつまで仕込みしてんだ! さっさと終わらして店の前掃除して浸けといた鍋洗っとけ!」
「あ、はい!」
「……おい、何か店長機嫌悪くねぇか? 何であんなピリピリしてんだ?」
「わかんね。多分お前がスキンヘッドの悪口言ったからだろ。きっと店長のお気に入りなんだ。しくじったな」
「おいおい、マジかよ…。それならそうと早く言ってくれよ。俺はそんな2人の恋路を邪魔する程ヤボじゃないぜ。何なら協力したっていいぜ。俺は何を隠そう『キューピッドの金田』と言われる位、カップルを作る才能があるからな。将来ゆくゆくはこの才能を活かして自分で結婚相談所を立ち上げようかと思ってるくらいだ。まぁ、自分には出来ないんだが。そこだけは未だ謎なんだが」
「そんな事をしてるから、彼女が出来ないんだろ? 人のお節介に時間割いてるヒマがあったら、自分で探しに行けばいいんじゃねえの?」
「それが出来たら苦労はしねえ。俺は自分から行くよりも、こう……待ってんだよ。運命の出会いを」
金田は、壁の上にある換気扇を見上げながら遠い目をする。明らかにわざとらしい演技。おい。何がしたいんだ?
「曲がり角でぶつかった時や、エレベーターでボタン押す時に指が触れ合ったりとか、当然朝パンくわえて走ってるとこにぶつかるのもハズせねぇ。そんな出会いを俺は期待してんだ……」
金田の三文芝居は誰の心を打つでもなく早々に終わる。
「……それでも自分から外に動き出さなきゃ、パンにすらぶつかりもしないだろ? まあお前の勝手だが」
「それか、思い切って腹くくって何か悪いことしてあのショートカットの子に捕まえてもらうか ー」
「おい! マジで早くやれ! 何回も言わせんな!」
「はいっ!」
金田はそうそうにシールをサラダに貼り付け、逃げるようにホウキをもって店の外に出る。まあ、確かに今日の店長はいささか不機嫌だ。本当に俺ら、何かしたか?したのだろうか…。
ー しかし、それよりも。
俺は先日の夢との会話で生じたあの違和感、不安とも焦りともわからない心のモヤモヤがずっと離れず、ここの所調子が出ない。
何かわかるかもしれないと、夢の漫画を読もうと思ったが、何故かあんなに読みたかった夢の漫画を、今はまだ読む事が出来ずにいる。
本当にただ、興味本意で、交換条件だったとはいえ他人の、一生懸命作ったであろうものを、幼馴染だから、好きな人だからという理由でそうやすやすと見て、読んでいいものだろうかと、今になって少し迷っている。
本音を言えば ー
読む、というより、覗く、という感覚だ。
そもそも漫画なのだから、読める状況があれば読むのは当たり前、俺の動画も観るものであり観てもらって当たり前、それは作った人間からどうこう言ったり出来るもんじゃない。それが嫌ならそもそも描かず、作らず、もしくは人知れず自分だけの楽しみとしてやり続けていればいい。
夢は俺に漫画を見せる事自体、本気で嫌だった訳じゃない。多少なりとも今までやって来た事を誰かに見てもらいたかった、その上で俺を信用? かどうかはわからないが、最終的に夢の漫画は今、俺の所にある。
委ねてくれているんだ。見てほしいんだ。
今の夢の想いや楽しみ、悩み、色んな物がこもった作品を。
俺は決して生半可な気持ちで、ただ暇な時間を埋めるようにパラパラとページをめくって読んでいい訳じゃない。
きっと何かしら、俺は夢に対して「答え」を出さなくちゃいけない。それが夢の求めている答えじゃなかったとしても。
やっぱり、読もう。読みたい。
ここのところ、ずっと引きづっていたこの心のモヤモヤも、もしかしたら夢の漫画を読む事で晴れるかも知れない。
俺はたかが漫画、されど漫画、夢の漫画に過剰な程の思いと何か希望のような託したい気持ちを持って読む事を決意した。
そうだ、早く読みたい。そして夢に自分なりの感想を伝えよう。夢はきっとそれを待ってる。こんな素人の意見だとしても、俺に投げてくれた夢のバトンを、しっかり受け取って、そして丁寧に返したい。
「大役、お引き受け申す」
ぼそっと呟いた俺の一言を、店長は聞き漏らさなかった。
「その前に鍋洗ってくんねえかなぁ。ったく、どいつもこいつも」




