14.大丈夫だ、問題ない
「いいぞ。大分増えてきた。もうちょっとで400人突破だ」
高橋ちゃんという超絶可愛い美少女警官の視聴者を獲得した(知った)俺は、よりいっそう動画作成に励んだ甲斐あってか、一気に昨日だけで登録者数が60人ほど増えた。
「ふふっ……今や既に高橋ちゃんルートに突入した俺に怖いものはない。高橋ちゃんが観てくれているなら百人力! 誰も俺の快進撃を止められないぜっ!」
実は最近、俺は自分の動画のゲームプレイを見直し、プレイスタイルを変えていた。
いつも行き当たりばったり、その時の気分で狙う美少女を変え、ある意味それは贅沢な事なのだがあえて、色んな誘惑に駆られつつも、なるべく一番初めに選択した美少女をメインにプレイするようになった。
「昨日の動画の反応が良かったのは、きっと直前のルート選択で美鈴に行きたかった所、あえての、もう一度『いちごルート』に入ったのがよかったのだろうか。ここのところ、こんなプレイを続けて、今まで観てくれている人達にしたら違和感があるかも知れないが、女の子を絞る事で逆に既存の視聴者にとっても動画に新鮮味が出ているのかも知れない」
これが正しい判断だったかはまだわからないが、視聴者にしてみれば一貫性のあるプレイで腑に落ちる所があったのかも知れない。と今の所そう思う。
「当分しばらくは、このプレイスタイルでやってみっか。多少なりとも違和感は否めないが、実際登録者数が増えているという事自体、動画が良くなっているって事だからな。まあ、どうしても女の子を変えたくなったら、またその時に考えればいい。逆にそれがまた動画のアクセントになるかも知れないしな」
今は、自分であろうがなかろうが、否、自分というものを持っていようがいまいが、まず第一に優先するのは『観てくれている人が楽しんでいるかどうか』。
これを己がの最優先事項にしよう。
よく言うじゃないか。
好きな事は売れて成功してからやれって。
今はまだだ……。まだまだだ。こんなの ー。
こんな底辺で自分が自分が……って我を張ってやってる場合じゃない。そうだ。
それに何より、登録者数が増えてきている事が、今の俺の唯一の励みだ。間違ってはいない。
アンチコメントに感謝だな。
「あと、出来ればチャンネルバナー、ヘッドとアイコンを変えたいな。初めに設定したらずっと変えない方がいいとも聞くが、さすがに今使ってるのは見切り発車よろしく、クオリティーが適当感ハンパない。
……ネットで依頼すっか。チャンネルがもっと大きくなる前に、ビシッと。今の内の変更なら、まだある意味被害は比較的最小限だ」
スマホからアイコンデザインの作成、グラフィックデザインを依頼できるwebサービスで色々検索しようとした矢先……
ーピコン。
スマホ画面にリマインド画面が表示される
〈ドトーア11時〉
「あっ、そろそろ出ないとな」
リマインダーに入れていた予定。今日は駅前のドトーアで夢とその兄の晃弘と待ち合わせの日だ。
夢に再会した日 ー。そしてあの時に言われた、
「私の兄に会って」
何故あの時夢は、それを話したのか。
そして、何で俺なのか。
それも、今日わかる ー。
「ようやく……伏線回収ってか!」
意味もなくイケメン声優の声を真似しながら、無駄にカッコつけて上着を羽織る。
……幼馴染とその兄貴に会うとしても、何か、緊張するな。7年振りだもんな……。しかも兄の晃弘とはそんなに仲よかったか? っていうと、そうでもない、当然、晃弘は俺の兄貴との方が仲良かったし、何なら俺はずっと夢と遊んでたし。
まあ、向こうが会いたいと、ましてや夢の頼みなのであれば、やぶさかではない。俺も久々に会ってみたいし、何より、夢に会えるしな。ただ ー
「……今日は、晃弘がいるから、俺の伝えたい事は、まだ言えないな」
……確かに俺は、またいつか夢に会えれば……いや、また必ず夢に再会して自分の想いを伝える、そのはずだっだった。そして7年越しにその願いが叶った。俺は正直今、自分にとってとんでもなくありがたいチャンスを与えられている。それは知っている。が、しかし。しかしだ、今ではない、今日ではない。
俺は玄関にしゃがみ込み、スニーカーに足を突っ込む。
「ー それに今、動画作成忙しいし ー」
ー ? ー
ー俺、今、何つった? ー
ふと、靴紐を縛る手が、止まった。