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111.夢見る美少女


 ー 株式会社 リリアン出版 ー


 誰もが一度は目にした、聞いた事がある出版社であり、近年では書籍の出版だけでなくアニメやゲーム、音楽業界にも進出しており、エンターテイメントの世界に向けて様々なコンテンツを発信し多数の子会社を持ち、今や誰もが知る日本有数の大手出版社。


 夢は今更になって、そんな大きな出版社に自分の漫画を送ってしまい、そして今、そこから呼ばれてこの大きな建物の目の前に立っている事実に、自分の事ながら茫然としていた。



 夢は入口玄関の前で立ち止まり、一旦深呼吸をした。

 

 自動ドアのガラスの反射越しに映る悟が見える。



(……大丈夫。絶対、大丈夫だよ)



 美少女は緊張した面持ちで自動ドアを通ると、そこには威厳のある外観とは裏腹に、洗礼された広くて綺麗なロビーが広がっており、正面奥に受付カウンターが見えた。



(え〜っと……。まずは……あそこだよね……)



 受付へ向かう途中、ロビーの壁沿いには誰もが知っているような漫画やアニメのおそらく等身大であろう、有名なキャラのポップが立ち並んでおり、心もとなく歩く夢を「ようこそ!」と言わんばかりに出迎えている。


 

 受付カウンターにたどり着くと、受付の女性が笑顔で話しかけてくる。



「いらっしゃいませ。本日、お約束はございますでしょうか?」


「あ、はい。……メディア企画編集部……の、水野さん……という方と……」



 社会経験のない夢は、たどたどしく伝える。



「かしこまりました。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「はい、小山内 夢です」


「ありがとうございます。ではそちらにお掛けになって少々お待ちくださいませ」



 受付の女性は丁寧にお辞儀をし、夢を壁沿いのソファーで待つように促して受話器を手に取る。



 夢はソファーに座り、再度小さく深呼吸をし、辺りを見回す。


 スーツを着た男性や、はたまたカジュアルな格好をした人、いくつかの本を両手に抱え忙しそうに通り過ぎる人。誰もがこの業界関係者であろう人達が、夢の前を通り過ぎて行く。



 夢はまるで自分が別世界に来たような気がし初めていた。



(はぁ……すごいな……。今日、私本当に呼ばれて……るんだよね……? 何かの間違いとか手違いだったりして……そしたらすっごい恥ずかしい……。

 ……外には悟がいるんだよね……。

ここからは見えないな……どうしよう。ここまで来てもらえばよかったかな……。ちょっと、電話してみようかな……一瞬だけでも……。いや! だめだめっ! 何甘えてるの? 悟も言ってたじゃない! 私は自分の意志でここまで来たんでしょ? ちゃんと、しっかりしなきゃ! こんなところで不安がってちゃ何も出来ない! しっかりして、私!)



「……さん? 小山内さん?」


「はっ!? はいっ!」



 頭の中で色んな考えが巡っているうちに夢はいつの間にか自分の世界に入り込んでしまっていて目の前で人が声を掛けているのにも気付かなかった。



 そこには受け付けの女性とはまた違う女性の姿があった。



「初めまして。私、リリアン出版 書籍出版部門 メディア企画編集部の水野みずの 萌香もえかと申します。

 今日はお越し頂きまして、どうもありがとうございます」



 黒いロングヘアーに、いかにもやり手のキャリアウーマン風の綺麗な女性が、慣れた手つきで、しかし品の良い所作で夢の目の前に名刺を差し出した。



「お……小山内 夢です。は……初めまして」



 立ち上がり、両手で名刺を受け取るとペコりと頭を下げて挨拶をする。



(すっごい……綺麗なお姉さんだな……)



「改めて、初めましてですね。メールで何度かやり取りをさせていただきながら、どんな方か想像していたんですが、本当にお綺麗ですね」


「え、ええっ!? そんなそんな……」



 夢は慌てて胸の前で手を振る。



「水野さんも、すごく……お綺麗で……。あ、あの……すいません、私、緊張しちゃって……」


「ふふっ。ありがとうございます。こういう感じでお会いさせていただく時は、皆さんやはり大なり小なり緊張されてますよ。まあ、私も毎回、実際にお会いさせていただく時はいつもドキドキしているんですが……」



 夢の緊張を少しでも解きほぐそうとしてくれているのか、目の前の女性は夢にニッコリと微笑む。

 大人の余裕というやつだろうか。

 夢はもう一度、ここに来た意味を噛み締めて、女性に気付かれぬ様にスッと背筋を伸ばした。



「早速ですが、上の階に部屋を用意させていただいてますのでそちらへ行きましょうか」


「はいっ」



 夢は緊張しつつも、微かに大人の香水が漂う綺麗なお姉さんにピッタリとくっついて歩き出した。


 




 「ふぁ〜ああ……。昨日はバイト後、そのまま遅くまで配信やってたからさすがに眠いな……。ここで待ってるとは言ったけど……ちょっとコーヒーでも買ってくるか」



 悟は来る途中にあった近くのコンビニに向かい始めた。



(……夢のやつ、大丈夫かな……。

 あいつ、俺の前では何でもしっかり出来る子ちゃんを気取ってるが、しかし意外にうっかりちゃんなところもあるからな……。それに案外子供なところも……。どんな内容の話かはわからんが、ちゃんとやれてればいいんだが……。まあ、結果はどうあれ戻ってきたら飯でも奢ってやろう。っていうか俺が夢とデートしたいって事もあるんだが……。

 ……とにかく、頑張ってくれよな。夢。

 俺はお前の一番のファンなんだからな……)




 

 「こちらへどうぞ」



 夢が通された部屋は、壁に沢山の漫画やラノベのポスターが貼ってある、綺麗だがどこか雑多な雰囲気のある、あまりビジネスライクな雰囲気を感じさせない、夢の心を落ち着かせる部屋だった。



「し、失礼します……」



 未だ緊張の取れない夢は、軽く部屋を一瞥した後、促されるまま椅子に座った。



「ちょっと待っててくださいね」



 そう言うと女性は、奥の壁にある隣の部屋に通じるドアを開けて消えてしまい、夢は1人、ポツンと取り残された。



 ふと、壁に貼られている沢山のポスターに目をやる。



「…………。」



(……もし、私の漫画がいつか沢山の人に読んでもらえるようになったら、こんな風に飾られたりするのかな……)



 夢はどこか心ここにあらず、夢見心地な感じでポスターを眺めていた。



「お待たせしました」



 ドアをノックする音がして、女性が入って来た。



「どうぞ」


「あ、ありがとうございます」



 女性は隣の部屋から持ってきたコーヒーを夢へ差し出してから、夢の目の前に座った。



「本当にお綺麗ですね。漫画を描くだけじゃなくてひょっとしてモデルとかもやられてますか?」


「い、いえ……。モデルとかは……やった事ないです」


「そうですか。失礼しました。読ませていただいた漫画の絵もとても綺麗で、ご本人も綺麗なので私、実は少しテンションが上がってます。ふふっ」



 ふと、女性はそう言って無邪気な微笑みを見せた。

 意外にも一瞬、見た目とは違う雰囲気を醸した女性に、夢は少し戸惑った。



「そ、そうですか……。ありがとうございます……」


「では、早速なんですが、今回弊社にお送りして頂きました原稿は、どちらか他の出版社にも送っていますか? また、何かしらのコンテスト等に応募されていますか?」


「いえ……特には……」


「そうですか。わかりました。

 ……ではまず今回、小山内さんが送っていただきました漫画は、私ともう1人、別の部署の新人開発部……というとストレートな言い方になるんですが、弊社に送られてくる作品、コンテストや、それらを通さずに送られてきた作品にも目を通す部署がありまして、まずそこの者が小山内さんの漫画を読んで、私の方に上がってきました。

 その時点では、まだ作品に対しての最終的な評価をせず、私の方でまず目を通させていただきまして、その作品に対して何かしら可能性を感じた場合は、こちらからご連絡をさせていただく、という流れで今回、小山内さんへご連絡をさせていただきました」



 テンプレのような文言、だがしかし、わかりやすく簡潔な説明に、夢は真剣な表情で耳を傾ける。


 

「そこで、改めて確認といいますか、今回小山内さんのお送りいただきました漫画に関してですが、弊社では、というか現時点では私個人の感想になり得るのですが、小山内さんの漫画に対して色々な可能性を感じました。ただ、その前に今回、初めての対面ではありますが、小山内さんのお気持ち、お考え等、その辺りをお伺い出来ればと思いまして……」


「私の……考え……?」


 「はい。小山内さんとしましては、お送りいただきました作品を今後弊社にて色々な形でバックアップし、小山内さんの作品を弊社にて出版、もしくは何かしらの媒体でメディアに向けて発信させていただく事はご了承いただけますでしょうか。と、言いましてもほぼ何かしらの訂正や意思疎通の為の企画、並びに話し合い、双方が納得出来る形の上でですが」



 女性は真っ直ぐに夢を見つめながら続ける。



「とは言え、実際に小山内さんの漫画を出版する上で何かしらの障害が出て来た場合は、例えば小山内さんのストーリーは活かしたい、しかし絵は他の方が担当、もしくはその逆で、小山内さん自身の絵を活かして、他の方のストーリーにイラストを描いていただく、他にも漫画だけではなく、例えばラノベの挿絵や、ゲームのキャラクターを描いていただく等、イラストレーター的な形で活動していただいたり、弊社がその方の突出している才能を活かして共に創作活動、商業活動を展開させていただく、そういった形をご提案させていただく事もあります。

 重ねて、あくまで双方の合意の上での事ですが」



 夢は、自分が望んで飛び込んだ世界ではあるのだが、現実的に、自分の夢に第三者が入ってくる感覚に戸惑っていた。


 必死に目の前の女性、水野の話しを聞いてはいるものの、聞けば聞く程、何か大きなものに圧倒されているような気持ちになり、自分の損得感情抜きでただ全てにYesと答えそうな自分がいた。



 ー いいのだ。

 Yesで。


 事実、それが自分の夢だったのだから。



 どんな形であれ、自分の描いた絵が、自分の書いたストーリーが、沢山の人に届くのなら。

 こんなチャンスはそうそうない。





 ーただ。



 ただ一つ、夢は伝えたかった。


 自分の口で。


 やっと開いた、自分の道。


 無駄にしたくない。

 自分のやってきた事、全て。


 

 ふと、悟の顔がよぎる。



 夢はデスクの下でぎゅっと両手を握りしめる。


そして、小さく深呼吸をし、水野を見つめて口を開く ー 。


「私、漫画家になりたいんです」



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