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110.自分で決めた事


 ー 飯田橋駅 ー


 ここは少し前まではオフィスビルばかりが立ち並ぶ、いかにもビジネス街、というイメージの駅だったが、数年前に駅ビルが建ってからは少しずつ若者向けのオシャレな店が立ち並ぶようになり、ビジネスマンだけではなくオシャレな若者もチラホラ見受けられる様になり、だんだんとオシャレな街になりつつある。

 とは言っても、俺にはあまり縁のない街なのだが、俺が今日ここに来たのには理由がある。

 そう……もっともな理由が。


 駅入り口の柱にもたれかかって突っ立っている俺に美少女が近づいてきた。



「おはよっ」


「……? おう、おはよ」


「ちょっと早く着いたんだけどな。何でアンタの方が早いの?」


「なんだそれ。悪口か? まあ、結構距離あるから細かい時間までは合わせられないし、どうせなら先に着いて待ってやるかってな」


「ちょっと早く着いた位でそんな偉そうに出来るなんて、逆に感心してあげるわ」


「はいはい。ありがと」



 俺は今日、夢の付き添いをする為に、

その為に、わざわざここまで来た。



 夢の漫画を読んだ出版社が、夢とその漫画について話しがしたいと連絡が来たのだ。


 俺はその方面は詳しくはないが、まあ素人の俺から考えても出版社が自分の漫画を読んでちょっと話したい、なんて連絡が来たら、そりゃあもうデビューでもすんのかなって思うだろう。


 もちろん、夢もそう思ってると思っていたのだが、先日夢と話した時は自分からデビューだどうだなどと一言も口にしなかった。

 自分の事とはいえまだわからない、どこか少し自分事ではないような、複雑な思いで軽く口にして他人に話したくはなかったんだろう。と俺は勝手に思っていた。

 まあ実際、まだ何も決まってないんだが……。


 とにかく、その話しを俺にしてくれた時、夢は不安のあまり俺にその出版社での話し合いに付いてきて欲しいと懇願してきた訳だ。まあ、夢からの頼みならどんな事でも聞いてやるつもりだが、しかし今回のこの件に関しては、本来なら1人で行くべきだろうと、俺は判断した。

 何せ、夢自身の夢に関わる事であって、こればかりは第三者は何もしてやれない。

 うかつに一緒に行って夢自身の判断を鈍らせることなどあってはならない。

 故に俺は、付いて行ってやってもいいが、あくまで出版社の前までだ、という条件を付けて夢の頼みを引き受けた。

 頭を下げてお願い(実際下げてない)して来た夢にここぞとばかり偉そうな態度を取るつもりはなかったが、やはりこればっかりは自分で、自分の力で何とかしなきゃいけないんじゃないかと思うのだ。夢もきっとそんな事はわかっているはずだ。

 じゃあなぜ? でも何故?

 俺に付いて来て欲しいと言った?



 まあ……あれか。

 そうか。



 ……やっぱり俺がいなきゃダメなんだな。夢は。



 ふふっ……そうか。

 そうかそうか。

 夢のやつ、わかってんじゃん。可愛いじゃんっ!



 愛する人の為、そばで支える俺。

 俺は今、なんてカッコいいんだろう……。



「どうしたの?」


「いや……何でも。……何だ? 俺の事、気になるのか?」


「ぜんっぜん。会話の一環。ただ聞いただけ」


「そうかい」


「そういえば、今日は女装じゃないのね」


「なっ……!」


「ふふっ。あんなに可愛かったのに、今日はそうじゃないんだなって」


「あ、あんなのしょっちゅう出したらもったいないだろ? それに本気出したら俺はきっと夢より可愛いくなっちゃうと思うぜ」


「色んな意味で違うと思うけど……。根本から」



 いつものたわいのない会話もそこそこに、俺たちは自然に出版社の方へ歩き出した。夢はもちろんの事、俺も場所を調べていたので自然と足並みが揃う。


 

 夢は歩きながらスマホをいじっている。



「こらこら。歩きスマホは危ないぞ」


「ちょっとだけ」



 夢は何か調べものでもしてるんだろうか、スマホから顔を上げる事もなく俺に答える。



 実は俺はさっきから少し気になっている……。



(今日の夢、何かいつもより心なしかテンションが高いぞ……。「おはよっ」だなんて……。そんな挨拶、俺にした事あったか? 機嫌いいのか? 何か爽やか過ぎて逆に気になる……。

 ……いやいやいや! ひょっとして緊張しているのか!? そうだ! きっとそうだ! 逆にってやつだ! それなら俺が何とかしなきゃいけねぇ! そうじゃなきゃ俺が今ここにいる意味がねぇ……!

 ……よし。

 ここは俺の数多ある美少女攻略テクニックで、夢に気の効いた事のひとつやふたつ言ってやって気分を落ち着かせて、もしくは上げてやろう。



 ……え〜っと。



[今日も可愛いね]

[僕は今、天使と歩いてるんだね]

[この街に吹く風は、僕達を祝福しているね]

[別に、アンタになんか興味ないんだからねっ!]



 く〜っ……!!

 まったくもってロクなのが出てこない。

しかも最後のは全く関係ねえぞ!

 どした? 俺!?


 ダサダサの、しかもただの女好きの男が誰にでも言いそうな(実際言わんだろうが)選択肢しか出てこねえ!!

 なんか……何か他にもっと、今の夢にとって気の効いた一言を……!!

 くそっ……何かねえか……!

 ……………。

 ………よし。



「あ・あの……」


「ちょっとまって」


(ぐっ……)


「……よし。はい、お待たせ。何?」


「あ、えと……」


「そういえば、この前一緒にいた外国人の男の子ってどういう子なの?」


「えっ? あ、ああ……カミーユって奴でフランスから留学に来てんだとよ。俺もあの時会ったばっかで……」


「ふ〜ん……。あの子、けっこう可愛かったね」


「いやいや! 男だし! それに俺は興味ねえし!」


「そうなの? てっきりあんな女装してたからあの子を狙ってるのかなって思った」


「何でだよ。何でそうなる……」



(くそっ。何か調子狂うなぁ……)



「……あのさ」


「ん? 何だ?」


「えっと……」


「……何だよ?」


「……ありがと」


「えっ? 何がだ?」


「漫画……応援してくれて……。

途中で悟に見てもらったり感想聞かせてくれたり……それからまた頑張れたところがあるから……。

その……とにかく……ありがと」


「あ、ああ……」



(こういう、たまに素直すぎる位、正直な気持ちを頑張って伝えてくるところがそこはかとなく、破壊力抜群に可愛いんだよな……。本当、極端なやつだよな……)



「あ……あそこだね……」


「おっ?」


 オフィスビルが立ち並ぶ通りにその中でもひときわデカい、何か他のビルとは違う雰囲気を醸し出している出版社が、何とも言えない威圧感を持って建っていた。


 2人はそのビルを見上げながら、だんだんと、その建物に近づく。



 (こんなビルに入れるのは、業界の関係者や、才能のあるクリエイターとかばっかなんだろうな……何か俺まで緊張するぜ。しかし自分の力でここまで来た夢は、本当にすごいやつだ……うん。さすが俺の幼馴染)



「……何か出てるよな〜、ここ。誰もが知る出版社だからか、何かオーラというものを感じるよな……な? ……あ、あれ?」



 出版社の前で立ち止まり、夢に話しかけたつもりが、夢は少し後ろで立ち止まっていた。



「どうした? 夢?」


「なんか……緊張しちゃって……」



 ここにきて至極当たり前の事を言う夢を見て、俺は今日夢と来た意味を当然の様に思い出した。



「大丈夫か?

……だよな……ちょっとビビるよな。

……でもな、夢。お前は誰に言われた訳でもなく自分の意志で、自分の力でここまで来たんだぞ。忘れんなよ。……ほれ、ここで待っててやるから。行ってこい」


「うん……そうだね……。行ってくる」


「よし、いいぞ。いい子ちゃんだ」


「子供扱いしないでよっ」


「そうだ、その強気で行け」


「もうっ……バカ」


「頑張ってな」


「うん……。待っててね」


「おう」



(ずっと待ってるよ。俺は)



 沢山の夢や才能が溢れる、しかしどこか人を寄せ付けないその牙城に、夢は女勇者のように一人、勇ましく入っていく。しかしどこか心もとなく、たよりなさそうに。



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