107.カミーユルート④
「よし。決めた」
何故か半ば興奮している金田。
ひょっとして、もともとそういう願望があったのか?
「どれどれ? どれにするの?」
カミーユは身を乗り出し金田のほうを見やる。
「まあ、決めたっつっても2つあって悩んでるんだけどな。これとこれだ」
金田が俺達に見せた写真は、バニーガールの格好をした男性と【ミニスカートの婦警】の格好をした男性の写真だった。
「おいおい……マジかよ。きてるな。そうとうきてるな。しかも何か対象的な感じだ」
「いいね〜っ。なかなかのチョイスだねっ!」
カミーユは何の抵抗もなく金田の選択に肯定的だ。
「どう思う? なあ、どう思う?」
めずらしく優柔不断な金田。
なんか逆にキモい。
「わからん。しかもどっちも見たくない」
「何だよそれ〜っ。ここにきてそういう事言うなよな」
「これは悩むね……。金田君はどっちがいいの?」
金田は金田なりの言葉で、この2つの女装パターンについて考察する。
「バニーガールってよ、肌の露出が多いじゃん? せめて女装なら、多少のエロさ? があってもいいんじゃねえかなって。あとこっちのミニスカポリスは、まあ……なんだ、その……もし途中で恥ずかしくなっても一応制服だし、大丈夫かなってよ……まあ、ミニスカだけどな」
「お前の露出した肌を見て誰がエロスを感じるんだよ」
(とは言え、けっこうこいつ……堅実的? と言っていいのか、なんだかんだ考えてんだな……)
「それによ、ミニスカって男の憧れじゃね? それを自分が履くってなるとよ……ぐへへっ」
(いや、やっぱバカだ)
「カミーユはどう思う?」
「着心地もけっこう大事だと思うよ。ミニスカートは始めは風通しがよくて少し心許ない感じがするし、レオタードなら「居心地」重視だね。しかもレオタードは結構攻めてると思うよ」
「居心地?」
(ああ……ムスコの位置か……そうだよな。多少窮屈に感じるかもしれんし、それに結構形状がリアルに浮かんでくるかもしれねえな……)
悟は自分が着る訳ではないのにふとそんな事を思った。
「カミーユは悟にどんなの選んだんだ?」
「僕はね〜っ。これとこれ。悟君にピッタリだと思うんだ!」
自信満々にカミーユが見せてきた写真は、某有名アニメの女性キャラクターがロボットを操縦する時に着るタイトな赤い操縦服、そしてもう一つは、うさぎのようなコンセプトで、上半身と膝下にモフモフとしたボリュームのある白い毛がついた、何とも可愛らしいこれまた有名なとあるVtuberの衣装だった。
悟は思わず、
「マジかよこれ……。ちょっと初めてにしてはレベル高過ぎないか……?」
「いやいや、悟君。似合えばレベルの高さは関係ないよっ。そこがコスプレの良い所だよっ。
それにこれはどっちも絶対に似合うと思うよっ!」
某アニメの操縦服は一発でどこにいるかわかるような鮮明な赤い色で、ご丁寧にも胸のところが固く盛り上がっていて長い茶色のツインテールのウィッグ付きだ。うさぎのほうは白と薄い水色とピンクからなる、こちらは三つ編みのウィッグにプラス、うさみみ付きでしかも編み目の間に大根がぶっ刺さってある。何故だ? うさぎといえばにんじんじゃないのか?
うさぎの喫茶店といい、何かと俺はうさぎに縁があるのか?
「俺……これがいいかも……」
カミーユと声の主へ振り返ると、金田が物欲しそうに操縦服の写真を食い入るように見つめている。
「え?」
「決めた。俺、これにする。これがいいわ」
「おいおい、ちょっと待て。これはカミーユが……」
「そうだね! 金田君、このアスナの服似合うかもね! うん! これがいいかもっ!」
「よし。悪ぃな、悟」
「えっ?えっ……じゃあ俺は……」
「こっち! この、うさぽよペロみのコスプレだねっ!」
(やったっ! 僕としてはこっちのうさぽよの方を悟君に着て欲しかった! 金田君ナイス!)
「じゃあ俺は必然的に、この……」
「うさぽよだね!」
「うさぽよだな」
2人声を揃えスピーカーの如く俺の耳にうさぽよをぶっ込んでくる。しかも金田もうさぽよを知っていたなんて以外だ。Vtuberなんぞ誰1人知らないような奴だと思っていたのだが。
「わかった、わかったから。着ればいいんだろ、着れば」
(……しょうがない、これも美少女ゲームを極める為(どんな理由だ)に割り切るか……)
「着るっていうか、着るだけじゃだめっ。
〈なる〉んだよっ」
カミーユの深い、そしてある意味レベルの高い要望に俺は頷くしかなった。
「やれやれだぜ……」
カミーユはテーブルに止まった蚊を叩くように元気よく呼び出しボタンを押した。
「お決まりになりましたか?」
チャイナドレスを着た店員が待ち合い室に笑顔で入ってきて俺達を見つめる。
なかなかに可愛い店員なのだが、その店員を見た途端、一瞬現実に引き戻された俺は何か今から無謀な事をやろうとしてるんじゃないかと少し不安になった。
何をしたいんだ、俺は。
カミーユが店員に手際よく話している間、俺はもう野となれ山となれと言わんばかりの心境になりつつも、頭の中で上手く行きますように、可愛く見えますようにと気が付けば念仏のようなものを唱えて祈るような気持ちでいた。
もう一度言おう。
何をしたいんだ、俺は。
「ささっ。2人共いってらっしゃいっ! 僕はここで待ってるからさっ。楽しみだな〜っ」
カミーユとは天と地ほどの差のあるテンションで俺はメイク室に向かった。並んで歩く金田は何故かルンルン気分だ。もう目覚めたのか。それならもうお前にはコスプレする必要はない。しかし付き合ってもらうが。
しかし何だろ……あのカミーユって奴は。
有無を言わさないテンションで俺達をこんなとこまで引っ張ってきてすっかりあいつのペースだ……。まあ、金田のツレだし仲良くしとくに越した事はないが。俺も友達少ないし。
しかしこんなとこ、夢に見られでもしたら恥ずかしくて合わせる顔がねぇ……。
一生からかわれるぞ、きっと。
そんな気がする……。
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「おっ! いいね〜っ! 可愛いよ金田君っ!」
「何か……いざ着てみると思ったより体の制限があるな……あと、やっぱちょっと恥ずいわ……はは……」
「そんなの今のうちだけだって! 赤、似合うね! それに顔立ちもちょっと似てる気がする。あと、内面もそのキャラになって立ち振る舞ったほうがより近づいてくるよっ」
「あ、そこまで考えてなかったわ……。正直ただ女装をするって事だけしか頭になかったわ。しかしやっぱ……胸があるってのが一番の違和感だな」
金田は自分に付いた胸をまじまじと見つめていた。長いツインテールも、さりげなく施されたメイクもカミーユの思っていた以上にハマっていた。
「うん。なかなかのクオリティだね。写真撮ってもいい?」
「お、おう……。いいぞ」
カミーユは手にしていたスマホを金田に向けると、すぐに個人撮影会が始まった。
待ち合い室でカミーユの指示に合わせて何枚か撮られているうちに、金田は少しずつ、自分からポーズを変え、カメラへの目線を合わせたり逸せたりしながら自分なりの世界感を出してきた。ノッてきたというやつだ。
カミーユもじっとできずに、金田の周りをグルグル動きながら、なりきってきた金田をどんどん写真に収める。
「いいよ〜っ、いいよ〜っ! はいっ! そのまま目線だけこっちください! おっけっ! そのまま腰に手を当ててっ! うんっ、じゃあそこから前かがみになってっ! いいねっ! そうそうっ!」
ー 「ガチャ」
盛り上がる2人の世界に、もう1人の女装野郎が入ってきた。
「!?」
「おお〜っ! マジかよ悟! 何かすげぇぞお前! マジで似合ってんな! 別人みたいだぞ!」
「いや……お前も何だよ……思っきりアスナじゃねえか。何かウケるぞ」
金田は自分がどんな格好をしてるのか忘れて、悟の女装に驚いている。それは金田を見た悟も同じだった。
そしてカミーユは……
(えっ……なに……
おんなの……子……?)
何も言わず、ただ悟を見つめていた。