101.Ange Kaneda(天使な金田)
「え〜っと……。どこだどこだ………おっ。いた」
大学での昼下がり、金田は牧原に食堂に呼ばれて向かった所、牧原ともう一人、美形の男子学生がいるのに気付いた。
牧原のいるテーブルに近づくにつれ、その美男子はこちらに気付き、
「金田くん! こんにちはっ!」
金田に声を掛けたその美男子は前回、絶世の美少女として金田を驚愕させたカミーユだった。
「えっ……? だ、誰だ……?」
牧原が何とも言えない嬉しさにもしてやったりとも取れる表情で、
「カミーユだよ」
「えっ!? あ……えっ? ……えっ!? ……カミーユ……なの?」
金田の前に現れた2度目のカミーユは前回の絶世美少女のカミーユとは明らかに違っており、金髪のショートカットに白いシャツ、黒いズボンに黒いサスペンダーをつけて現れたカミーユは、中世的な顔立ちでありながらも、どちらかといえば「男の子」とわかる絶妙なバランスで存在していた。
金田は先日会った時とは違う、「男の子」バージョンのカミーユを見て驚きを隠せないでいた。
「マジで!? な、何で? えっ……カミーユ……男だったの? ……えっ……いや、どっち? どっちなの?」
金田はかなり動揺している様子で、牧原は先に伝えればよかったかなと少し罪悪感のような気持ちを覚え、金田に伝える。
「カミーユは、男なんだよ」
「そうなのっ!? マジでっ!? ……いやいやいや! えっ……そうなの? カミーユ!?」
ようやっとカミーユが口を開く。
「うん。そうなんだ。僕は男だよ。ごめんね。騙すつもりはなかったんだよ。ただ、この前の合コンは、女の子で行きたい気分だったんだ。……まあ、でも僕はどっちだとしても、僕なんだけどね。改めて、よろしくねっ」
金田はあまりの動揺から少し冷静になろうとして、とりあえず今、この場はこれ以上詳しくは聞くまいとし、ただ素直に感想を伝えた。
「いやいや、これはわっかんないわ〜。ただ、両方とも、どっちも美形ということしか」
「だろ? 俺も初めは男で会って2回目会った時は女の子でさ、いきなり声掛けられた時は本当わかんなかったよ」
「俺にしたら前回は完全に女の子で今回は完全に男だ。でもまあ、ちょっと可愛い感じの男の子って感じだけどな。それでも普通に男に見える」
これまで何度も女の子から男の子、男の子から女の子の自分を見せた時の、他人の驚くリアクションにカミーユはもう慣れっこだった。
「話し方も変えてるしね。女の子の格好になっちゃうと、自然とそういう風に話しちゃうんだ。僕、可愛かったかな?」
カミーユは男の格好をしながらも、中身は女の子のような雰囲気で金田に問いかける。
「あ・ああ……。ま、まあそこそこ可愛かったぜ。……というか、かなりな……」
「そっかっ。ありがとっ! どっちのカミーユもよろしくねっ」
「お、おう……。そういや牧原、八ツ橋は……この事知ってたのか?」
「いや、俺の知る限りでは、多分あいつ合コンの時はまだカミーユに会ってなかったと思うぞ。あくまでただ俺の知り合いとしてお前に話しただけじゃないか?」
「そうか……まあ、そのうちアイツもどっちかのカミーユに会って、いずれ色々わかった時のリアクションが楽しみだな。……さすがにこれはわかんないぜ……」
牧原と金田の会話を聞いてるのか聞いてないのか、構内の売店で買ってきたサンドイッチをハムハムと夢中で食べるカミーユを見ながら、金田はある疑問が浮かんだ。先ほど詳しくは聞くまいと決めたばかりだったが、好奇心が勝ってしまった。
「あのさ……カミーユは実際、男、女、どっちが好きなの? カミーユのそのスタイルじゃあ男からも女からもモテると思うんだが……実際はどっちが好きなんだ?」
「おう。おれもそれ聞きたかったわ」
となりでうどんをすすっていた牧原も食い付く。
カミーユはサンドイッチを食べる手を止め、
「どっちの方が好きになってたかっていうと、女の子かな」
「どっちの方がってどういう意味だ?」
「僕は多分、基本女の子が好きかな。でも、たまに素敵な、いいなって思う男の人に会ったら好きな女の子に持つような感情になるよ。その感覚は何か自分でもわかんない。理屈じゃなくて、男の子でも女の子でもなくて、自分の中でピンとくるものがあるというか、何というかまあ、そんな感じだよ。あと僕は美少女ゲームが好きだから、二次元ならやっぱり女の子のほうが断然好きかなっ」
(ん? 二次元? 美少女ゲーム? それってつまり……)
「俺には、ピンと来てないよな?」
「うん。マッキーは友達だよ!」
「うん。それでいい。それがいい……。しかし何だ……この軽くフラれた感は……」
心なしかやるせない気持ちで再びうどんをすすり始めた牧原の隣で金田は、いつものキューピッド能力にプラス、ガラに似合わずイタズラな天使のような事を思い付いた。
「……あのさ、もしよかったらカミーユに合わせたい奴がいるんだけど、俺のバイト先の知り合いで男なんだけどなかなかにけっこう面白い奴でさ、そいつも美少女ゲームが好きなんだよ。まあ、無理にとは言わんが……」
「えっ!? ホントに!? 会うあうっ! 美少女ゲームをやってる人には会いたいな! 金田くん、初めて会った時はちょっと悪い人かなって思ってたけど、僕の気のせいだったね! うん! 会うよあうよ!」
「えっ……。なんか軽くショックなんだが……。ま、まあいいわ……。じゃあセッティングして連絡するから。あ、その時俺もいていいか?」
「いいよいいよっ! 楽しみにしてる!」
「あ、俺は遠慮するわ。何となく」
「おけっ。ふふっ。楽しみだな〜っ! なあ、牧原、いや、マッキー?」
「いや、だから俺は行かねえって」
牧原は金田のニヤけた横顔から、また何かしょうもない企みでもしてやがるなと察し、やれやれといった表情で見つめていた。
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悟はフライヤーの前で半ば放心状態で突っ立っていた。
パチパチと音を立てている唐揚げはもう上げてくれと言わんばかりに焦げつきそうになっていた。
「おいっ! 何やってんだ! 早く上げろっ! 焦げちまうだろうが!」
「あっ! すいません!」
店長からの怒声でハッと我に返った悟は慌ててフライヤーから唐揚げをすくい上げる。
「何だよ。めずらしくボーっとしやがって。まあ、うっかりなのはいつもの事か……。どした?」
「いや……なんでもないっす。すいません」
悟は揚げ上がった唐揚げをバットに移しながら、先日秋波原で出会った超絶美少女の事を思い出していた。
(何なんだ……あの外国人の女の子に会ってから、ずっとあの子が気になって仕方ねぇ……。いや、まあ確かに美少女はいるよ? 世の中に沢山。いや、しかしだ。何でこんなにもあの子の事が気になるんだ? ……好き、ではない、よな……。夢への気持ちは変わらねえ。当然だが……。しかし何だ? 何なんだ? このよくわからねえ気持ちは……)
悟はこれまでもずっと現実の世界では夢という幼馴染、2次元の世界では美少女ゲームと、これでもかというほど自分なりに美少女という存在にこだわり、その価値観を大切にしてきたつもりだった。
しかし、あのカミーユという子は、たしかに可愛すぎるほど可愛く、ひょっとしたら夢レベルかも知れないという程の美少女なのだが、いつもの新しい美少女を発見したような感情とは何か違う、何か言葉に表し難い違和感のようなものを感じていた。
ー ひょっとして可愛すぎるからか?
それとも、もう現れる事がないと思っていた夢レベルの美少女が現れて、俺の脳内処理が追いついていないだけなのか?
ここ数日、ずっと自分でもよくわからない感情に振り回されていた悟は、訳もわからず感情のバロメーターが振り切れそうになっていた。
「ああ〜っ! もうっ! わかんねぇ! 店長! もう帰っていいですか!?」
「いいわけねえだろっ! さっさと米炊いて開店準備しろっ!」
「それなっ!」
「やかましいっ!」
心ここにあらずのまま悟は一日、悶々としながらバイトをこなした。
ー その夜
悟はバイトを終えて家に帰ると、動画を撮ろうとパソコンを立ち上げたのだが、ふと、おもむろにルルーラ美少女図鑑のサイトへ飛び、サイトに集う沢山の有志達が上げている2次元美少女や、3次元のコスプレ美少女達をぼんやり眺めてみる。
「……う〜ん。……何か……何かが違うんだよな〜あのカミーユって子は。……美少女ばかり追いかけ過ぎて俺の美少女スカウターがおかしくなっちまったのか?」
すっかり動画を撮る事を忘れてサイトの美少女達とカミーユを交互に思いながら過ごしていると、スマホに着信が入る。
「ん?」
発信の主は夢からだった。
「もしもし、どした? 声が聞きたくなったか?」
「やっぱLaneにしようかしら。それじゃ」
「あっ! 待てまてって! そうだ、あの、ちょっと聞きたい事あんだけどさ」
「っていうか、私から掛けてるんだけど」
「ああ、そうだよな。悪ぃ。どうした?」
「今度、ちょっと会って欲しいんだけど。ヒマな日を教えてくれない?」
「おっ。ご挨拶だなオイオイ。こっちが会う会わないって答える前に、もう夢の中では俺に会えると思ってんだ」
「あら、だめかしら」
「いや、いい。全然いい」
「なんか、キモっ」
「もっと言ってくれ」
「めんどくさっ」
「で、何だ? どうかしたのか?」
「ちょっと相談したい事があって」
「俺に相談って事は……なんだ? やっぱアレか? 恋愛とかそっち系の話か?」
「いや、それなら絶対アンタじゃないでしょ」
「じゃあ何だ?」
「う〜ん。会ってからじゃ、ダメ?」
「いや、別にいいぞ。まあ俺でよかったら何でも聞こうじゃないか。よかったな。友達思いの奴が近くにいて」
「はいはい。よかったよかった。じゃあまた日にちlaneしてね」
「おう。おけまる」
「いつまで言ってんの? それ」
「夢がつかったら、もうやめるかな」
「なんかよくわかんないけど。……まあ、ありがと。じゃあね」
「おう」
スマホを置いて、いよいよ動画を撮ろうかと思った矢先、またスマホが鳴る。
「ん? ……金田か」
「プッ ー
もしもーし」
「おう。男前。最近バイトかぶってねえけど元気か?」
「まあ相変わらずだ。お前こそ、最近バイト来ないのは大学が忙しいのか?」
「まあ、勉強のほうがちょっとな。まあ俺はやれば出来る子ちゃんだから心配いらねえが。あのよ、今度お前に紹介したい奴がいるんだがよかったら会わねえか?」
「紹介? 何だそれ。何で俺に? あ……。俺に女でも紹介してくれるってか。しかしあいにく俺は……」
金田は悟の質問には答えず、話し続ける。
「最近大学で知り合った留学生なんだけどよ、美少女ゲームが好きだっていうからさ、それでお前の話しをしたら、会いたいって言っててな」
「ふーん。……っていうか、日本語大丈夫なのか?」
「ああ。母親が日本人らしくて、普通に話せるぜ」
「そっか。う〜ん。どうすっかな……まあ、いいぞ、会っても。海外の美少女ゲーマーの話しを聞けるなんて機会はそうそうないからな」
「おけっ。じゃあまた連絡すっからよろしくな。ドタキャンすんじゃねぇぞ」
「あいよ。しねえってば」
「あ。ちなみにフランス人だから。それだけ言っとくわ。じゃな」
プッ ー 。
そう言い残して金田は早々に電話を切った。
「……フランス人か。……フランス人で美少女ゲームが好きな奴……。あっ! 結局男か女かわかんなかったな……。男だと話しは多少合うかもしれんが、女でもフランス人なら、ちょっと見ときたい気もするな……まあ、どっちでもいっか。よし。動画撮る前にささっと風呂入ってくっか。トレビア〜ンっ!」
悟は意味もなくフランス語で雄叫びを上げ、服を脱ぎながら浴室へ向かう。
悟は金田との電話の後、ここ数日カミーユに会った時から感じていた、モヤモヤとしていた感情が何故かすっかり落ち着いていた。




