100.カミーユの場合
アニャメイトのゲームコーナーで、必殺ポーズを決めるカミーユ、そしてそれにやられて突っ立っている悟の2人を、まるで意に介さずひなたは話し始める。
「さと寸さん、さっきカミーユにさと寸さんの動画のお話しをしちゃったんです。それでその……顔バレ的なのは、大丈夫ですか? すいませんっ!」
「……。
……えっ!?
あ……はいっ?」
カミーユに見惚れていた悟は、はっと我に返り、ひなたに対応する。
「えっと、その……はいっ、大丈夫ですよ。顔バレしても、全然問題ないです! むしろ紹介していただいて、ありがとうございます!」
ひなたの方へ向き直り、ようやく落ち着きを取り戻したとはいえ、悟の心臓は早いスピードで脈打っているままだ。
「さと寸さんは、美少女ゲーム好きなんですか?」
カミーユに質問された悟は、見ているのかみていないのか、よくわからない目線でカミーユに応える。
「あ……はい。けっこう……好き、ですね」
(おいおい……! 舞い上がってんじゃねぇぞ!? 何が「けっこう」だ!! だいぶ好きだろ! 愛してんだろ! なきゃ生きていけねえだろ! 何が、けっこう、だ! バカか俺! ダセぇ選択してんじゃねぇ!)
悟は無理目の美少女の夢と勝るとも劣らない絶世の美少女を目の前に、かなり動揺していた。
「カミーユも美少女ゲームが好きで、さっきさと寸さんのチャンネルを教えたところ、いきなり本人とこんな所で会って、わたしまで興奮して驚いちゃいました! スッゴい偶然だね! ね? カミーユっ!」
「はいっ! 本当に今日は色々とラッキーデイですっ! アニャメイトでばったりシチュが楽しめるなんて、本当、日本ならではですねっ! 私は本当に幸せ者ですっ! 日本に来てよかった!」
愛くるしい笑顔を振りまく、海外から来たこの無理目の美少女に、悟はもうやられそうになっていた。
(いかん……。これ以上ここにいるのは何か……まずい気がする……。何とか、なんとか脱出ルートを確保せねば……)
「あの……俺、」
「さと寸さんもゲーム探しにきたんですか? あっ? あれですかっ? 昨日出た『プニプニラグーン』をチェックしにきたんですかっ!? 私、あれスッゴい面白そうだなって。もしさと寸さんが実況してくれるなら、絶対観ますっ! っていうかいつも観てますけどっ!」
ひなたは逃げ出したい悟の心情に気付くはずもなく、矢継ぎ早に問い詰める。
「あ、ありがとうございます。はい……その、そうなんです。ちょうど『プニラグ』を買いに来てて、実況も……はい、やるつもりです」
「やったっ! 楽しみにしてますねっ!」
「は、はいっ……」
まるで悟の初対面かのようなよそよそしさに、不思議に思ったひなたより先にカミーユが、
「あの〜。
……さと寸さん、ひょっとしてあなた、ひなたさんが好きですか?」
「えっ?」
「え!?」
同時にカミーユを見る2人。
「えっ!? そ、そんなそんな……えっ!?」
「え……あ、いや。あの、ちがくて……その。……っていうか、何で」
2人共、互いを見ながら両手で手を振り、全く同じジェスチャーで照れている。
「私の勘違いですか? 何かさと寸さんを見てると、そんな気がしちゃいました」
「そ、そんな事ないで……ってか、嫌いじゃないが……しかし、その、そうじゃなくて」
「違うよ、カミーユっ。さと寸さんどもっちゃってるじゃないっ。あんまりいきなりそういう事言うとびっくりしちゃうよ?」
ひなたが悟の様子を察してか、なるべく平静を装い大人の対応でカミーユを説得する。
「そうなんですか〜。だとしたら、私はひなたのライバルになろうとしたんですけども」
「カミーユっ! 無理やり美少女ゲームのルートに設定しようと持ち込まないでっ。ごめんなさい、さと寸さん。カミーユもそんな軽い気持ちで好きな人ルートを作ったりしないっ」
「いやいや、恋はいつだって突然始まるのですっ。
ねっ? さと寸さんっ」
とびっきりに可愛い笑顔を向けられた悟はもう限界だった。
「は、ははっ……。まあ、そうですよね。どこに何が転がってるか、わからないですよね。」
(さっきから否定と相槌しかしてねぇぞ! 俺! ……今日はもろもろ反省会だ……)
「あの……俺そろそろ行かなきゃ行けないんで、また反省、いや、失礼します」
「あっ、うん。さと寸さん、またねっ」
「A bientot [アビエントッ] (またねっ)!」
悟は新作のゲームを手にしてそそくさとレジに向かっていく。ゲームソフトを持つ手は軽く汗をかいていた。
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- その日の夜 -
カミーユは一日の中で一番大切にしている時間がある。それはシャワータイムだ。
裸になり、無心で全てを洗い流す感覚がたまらなく気持ちいい。一日の終わりに全てを洗い流してまた新しい、綺麗な自分になれるこの瞬間を大切にしている。
洗濯機横の洗濯カゴにはニーソックスに下着、花柄のハンカチ等が無造作に放り込まれている。
シャワーから上がると昼間のロングヘアーとは違う、ショートカットの綺麗な金髪をドライヤーで乾かし、ボクサータイプの下着を履いたら、母からプレゼントされた水色のバスローブを羽織る。部屋にローズのアロマキャンドルを焚き、ミネラルウォーターを数口飲むと、テーブルの上のスタンドに掛けていたロングヘアーのウィッグを手に取り、スプレーを吹き付け、クシでとかす。
シャワーからの、この一連の流れがカミーユのリラックスタイムであり、至福の時。
愛しい人の頭をそっと撫でる様に、美しい金髪のウィッグにクシを通す。
カミーユが女装を始めたきっかけは、ほんの些細な事からだった。
小さい頃から、周りから女の子のようだと可愛がられ、男の子といるよりも女の子と一緒に遊ぶほうが楽しかったし、学校では面識のない生徒からは、話すまでは女の子と勘違いされていた事にもすっかり慣れていた。
母はカミーユをとても愛し、
「あなたはとても美しいから」
が、口癖だった。
小さい頃はよく、女の子に間違えられそうな服をよく着せられていたが、しかしそれは嫌な事ではなかった。母親は喜んでくれ、みんなから可愛いと言われる事が、自然と自分のアイデンティティになり、少しずつ大きくなるにつれ、いつのまにか、誕生日プレゼントやちょっとしたおねだりの時は、自分から自然と女の子が持つ様な小物や服を欲しがっていた。
初めは母親からの影響かと思われたカミーユのファッションスタイルや価値観は、年齢を重ねるにつれ、どうやらこれは母親からの影響だけではなく、自分にとっての大事な価値観かもしれないと、そう気付いたのは15才の時。
中学生の時、いつも遊んでいた女の子メンバー達がいたのだが、その日はほとんどの子が遊びに来れず、そのメンバーで唯一、幼馴染で同じクラスの女の子と自分だけになってしまい、カミーユはその子と2人で遊ぶことにした。
2人で買い物をし、ジェラートを食べ、その後ラブロマンスの映画を観に行こうとなり、映画館に行った際、2人は暗闇に包まれながら、映画に夢中になっていた。
映画の後半、ストーリーが盛り上がってきた時、カミーユはハッとする。幼馴染の子の手が自分の手に伸びてきたのだ。恋愛か、ただの幼馴染の人懐っこさか、しかしカミーユは自然にそれに応えるように握り返していた。映画がクライマックスに向かうほど、2人は強く手を握り合っていた。そしてついに映画のエンドロールの最中、2人はキスをした。
カミーユは幼馴染に、自分が男の子だからか、それとも女の子みたいだからか、一体どっちの自分を好きになってくれてキスをしてくれたのかと聞いた。
幼馴染の答えは、
「カミーユだったから」
だった。
ただ、それだけだった。
「カミーユだったから」というその言葉は、思春期の悩めるカミーユを救った言葉だった。
男の子でも女の子でもいい。
自分自身であれば、自分の好きな自分でいれば、きっと、それでいい。カミーユはどんな時でも好きな自分でいられるように生きていこうと思った。
その後は、いつもと同じような日々が続き、2人の関係はまたいつもの幼馴染、そして遊び友達のメンバーとして、それ以上の関係にはならなかった。
自分の魅力を引き出す方法、それを後押しならぬ、先押し、先見の明を持って自分の魅力を引き出してくれ、そして美しさへの憧れへと導いてくれた母には今も感謝している。
一通り、ウィッグの手入れが終わった後、カミーユはパソコンの前に座り、今日知り合ったひなたに教えてもらった、これまた今日知り合ったばかりの悟のYou chube チャンネルを開く。
さと寸の美少女ゲームチャンネルには、カミーユが知っている、プレイした事のある美少女ゲーム、まだプレイした事のない美少女ゲーム等、沢山の動画が並んでおり、カミーユは一通り動画のサムネイルに目を通した後、とりあえず一番新しい動画を再生してみる。
そこには、昼間に出会った、あのモジモジとして、どもっていた男と同一人物とは思えないハイテンションで、早口で大きな声ではしゃぐ悟の声が聞こえた。
「うっわ〜っ! この人があのさと寸さんか〜っ。すっごいテンションで話してる……まるで今日会った人と別人みたいだっ。
……うふふっ。あはっ。……えっ? なんでなんでっ? 何でこんな選択するのっ? あはっ! この人、めっちゃ面白いっ! ははははっ!」
カミーユのリラックスタイムはどこへやら、悟の動画を夢中になって観ていた。
「いいなぁ〜っ、この人。面白いっ。それにけっこう可愛いし。それに……この人はきっと、私にピッタリのような気がする。
もし、この人が私のMon Cheri ・モン シェリ(恋人)だったら……」
ひとしきり動画を観終わった後、カミーユは、ある一つの決心をした。
「よしっ。決めたっ。
どっちで会おうかな〜っ」
カミーユはイタズラな笑顔を浮かべ、今日会った悟の顔を思い出していた。




