おまけ たまにはブチ切れたい時もある
「えぇ~~? そこまでする必要ありますぅ?」
鼻にかかった甘ったるいその返答を聞きながら、胸中で頼子はひそかにブチ切れていた。
この会話もう何回目なのか考えるのも嫌になってきた。
そろそろ怒ってもいいんじゃないだろうか。
(とりあえずあれだ。人事! こいつを採用した人事! 名乗り出ろや!)
「人の引き出し開けるんだったら、一応許可取った方がいいと思いません?」
「だってわざわざ連絡するのってダルくないですか? そんなことで連絡受ける方もダルいし」
「じゃあ、戻ってきたらハンコ貰えばいいんじゃないですか」
「だーかーらー、忙しいから無理って言ってるじゃないですかぁ。そんなにハンコが欲しいんだったら佐藤さんがお願いすれば済む話でしょぉ?」
(……話が通じねぇええええ!)
脳内では机をひっくり返して叫んでいるが、表面上はまだ笑顔を保っている。
頼子は割と辛抱強い。っていうか、ここで怒鳴ったらパワハラ案件だ。間違いない。
単純な話なはずである。
立替した領収証に、立替をした本人の印鑑の押印が必要。会社の経理上のルールである。
それを社内の経費精算書に添付して提出する。そんなに難しい話ではない。
さっきから文句をつけている彼女の所属は営業部。営業事務だ。営業部の経費精算書は一度彼女がとりまとめをして経理に回すことになっている。
この小さい会社では総務が経理も兼ねていて、この経費関係の担当が頼子。
手元に回ってきた精算書の添付書類に担当者の印がなかったので「押してから出してね」と、とりまとめ担当であるこの子にお願いに来たらこの問答である。
(この問答の時間で、担当者に連絡して許可取って引き出しの中のハンコ借りて押印できただろうよ!)
一応本人が押印することになっているが、頼子としてはそこまでは求めない。形だけ整っていればすぐにでも振り込みの処理をするというのに……なんなんだよ、もう。
「佐藤さんはぁ、子どもがいないからわかんないと思うんですけどぉ」
「あ?」
思わず感じ悪く聞き返してしまい、頼子は慌てて咳ばらいをしてごまかした。
喧嘩売ってんのか、この小娘め! という気分だが、一応笑顔は消した。もう笑えない。
「ワーママって超大変なんですぅ、周りが気を遣ってくれないと困るんです~」
「……ほう?」
「だからぁ、佐藤さんがお願いしてください~。そもそも佐藤さん担当じゃないですかぁ。じゃあそろそろ終業時間なんで、片づけします」
「……ほう?」
お疲れ様でしたぁ、と彼女が頼子の前から立ち去って行った後も頼子はしばらくその場から動くことができなかった。
負けた、わけじゃない。決して負けたわけじゃない!
「……まだ就業時間だろーがよ……」
低い声で吐き捨てて、頼子は自分のデスクに戻った。
決して負けじゃない。負け犬じゃない。
経費精算の仕事だって、産休・育休に入った同僚の仕事だった。
各部署にとりまとめ担当を置いて負担を減らすという条件で穴埋めの人を増やすことなくその人の仕事を残った人間に振り分けた。
確かに、頼子はベテランだ。経費精算の仕事は以前担当したこともあったし、勝手もわかっている。
正直仕事も慣れていて余裕はあったから仕事が増えても残業は増えない算段だった。
だがそれはとりまとめ担当がちゃんと仕事をしたら、の話で、いつもあの調子だ。仕事は進まないし、苛々ばかり溜まっていく。
ちなみに奴を採用した人事担当はすでに退職済みだった。……八つ当たりをする場所がない。
「人、増やそうよ。アレに給料払うぐらいだったらその分派遣さんでもパートさんでもいいから、そっちにお金回してよー……」
「頼子さん、大丈夫ですか? 何かお手伝いできます?」
頼子がぶつぶつと独り言を言っているのが限界のサインだと気づいたのだろう。部署の後輩が心配そうに声をかけてくれた。
こうやって人の気持ちを慮れる後輩もいるのになぁ。
そういえば産休入る前から何か「出産して国に貢献する私偉い」状態に入っていたよな、とアレの過去を思い出してイライラが再燃するのがわかった。
「せめて時短だったら、こんなにイラつかないんだと思う」
「ああ」
頼子が何を言わんとしているのか後輩は悟ったらしい。
納得したような声を上げて、遠い目をした。
この後輩はアレと同期なんだっけ。
「アレとそんなに給料変わらないんだなって思うと、やってらんねえなあって思いますよ、本当に」
「だよね。時短だったら給料違うんだから仕方ないなあって思えるんだけど」
「あと演技でもいいから申し訳ないって思ってる風を装ってくれれば、ですよ」
同期だからこその複雑な感情はあるのだと思う。後輩の空虚な笑いがちょっとだけ怖く感じて頼子はこの話題を打ち切ることにした。
「子持ち様って偉いんだねえ」
「佐藤さんも産んどきます?」
「あぁ?」
「あ、ごめんなさい、ちょっとした冗談でした、もう二度と言いません」
「いや、こちらこそつい過剰反応しちゃった。ごめん」
本気でドン引きした風の後輩に慌てて繕おうとしたが、微妙な空気になってしまった。
これもそれも全部アレのせいに違いない。
こんな日は飲むに限る!
静かなバーで飲んでもいいけど、むしゃくしゃしているからファミレス飲みでいいや、と、退社後一人ぶらりと街中にあるファミレスに頼子は入店した。
最近のファミレスは気楽だ。席に自由に座っていいし、注文を取りに来てもらうのを待つわずらわしさもない。
タブレットで自分のペースで注文できるし、運んでくるのもロボットである。
「……今日もかわいいね」
イケメンっぽい発言をして、ちょっとしたおつまみを運んできてくれた猫型ロボットから料理を取り出す。
『ごゆっくりニャー』って去って行く姿が超かわいい。
少しだけ癒された気がして、店員さんが運んできてくれた中ジョッキビールをぐびっとあおった。
ビールはのど越しだというが、喉から食道を通っていくはずなのに、アルコールは鼻と頭に登っているようなイメージだ。
「くうう!」
来た来た。これこそアルコールだ。脳を破壊する味。
はあっと幸せのため息を漏らしつつ頼子はスマホを操作した。
読書バーいうものに一度行ってみたいと思っていたけど、近場にないようなのでファミレスで小説投稿サイトの小説を読みながら飲んで似たような体験をしてみようと思い立ったのだ。
小説投稿サイトといえば、「ざまあ」だろう。
虐げられた主人公があの手この手で復讐をする。今日はそういうモノをたくさん読んでベコベコにされた心を癒してあげたかった。
恋愛一強? 恋愛なんて添え物じゃないの? 素敵なダーに愛されるのが復讐? そういうぬるいのはいらない!
ランキングの上位から適当に読み漁っていく。
読みながら、むしろこれ虐める方に利があるよな、とか、え? 間抜けすぎない? とか片っ端からツッコミを入れていく。勿論胸中で。
そういうツッコミを入れているのも楽しい。
二杯目のぶどうサワーを片手で持ちながら、ふと目に入った小説を頼子は読み進めていく。
変身ものだ。悪を許さぬ魔法少女……………。
「毒ガス流し込んで無差別皆殺しって……正義のヒーロー? ダークヒーローでもやっちゃ駄目な奴……」
呟いて、夢も希望もない小説を閉じた。
グラスもテーブルに戻し、頼子はただ項垂れた。
「……子どもを産んだことがないからわからない、か」
思い返してみると、結構胸にくるものがあった。
一人でもとにかく楽しくて、このまま生きていけると根拠のない自信に満ち溢れていたが。
「……いや、やっぱムカつくわ!」
いつの間にか両手で握りしめていたスマホを見やる。
でも、憎しみは駄目だ。何も生まない。無差別攻撃は自分も傷つけるはず。
じゃあ、どうする、と考えて不意に思いついたそれを、口にすることなく頼子はスマホを操作した。
「やってやろうじゃないか、婚活を!」
思いついたままに動くのは多分酔っているせいだ。
結婚相談所のホームページを表示させて、それでも一息おく。
お金のかかる話だ。こんな衝動で入会していいはずがない、とそこは理性が働いた。
いきなり相談所に駆け込むより前に、やれることがあるでしょう、と頼子は再び検索窓に単語を入力して検索ボタンをタッチした。
【マッチングアプリ】だ。
勢いのままにダウンロードしてインストールを待つ。
フリーWi-Fiがあるファミレスだからこそできる、通信料を気にしなくていいのは頼子の暴走を後押ししていた。
アプリを開いたら自己紹介の入力だ。
とにかく正直に全てを埋め尽くした。写真は友人が撮った酔いどれだけど満面の笑みの写真。酔いどれだけど、もうこれでいい。
趣味は――趣味だけは「読書」と無難なものにしておいた。酒関係はあまり前面に出したくない。
AIマッチングでおすすめされた何人かのプロフィールをチラ見していく。
飲み会好きは避けたい。あんまりさわやかすぎるのも胡散臭い。と、駄目出しをしまくってからはっと我に返る。
「……私、選べるような立場にないわー……」
高齢で喪女だ。需要がないのに自分で狭めてどうする。
と、そこに「いいね!」されたと通知が届いたので「いいね!」してくれた奇特な人間のプロフィールを眺めてみることにした。
割と近場の人で、年収も平均的で、身長がちょっと高めで、体重からいってひょろいのか。眼鏡の地味だけど真面目そうな人……。
「趣味がドライブ、か」
悪いところはない。
敢えて言うならば加点もないが、マッチングアプリで婚活をやる場合、大事なのは数だと聞いたことがあった。
とにかく同時進行でもいいから色んな人と会うべし!
「……会ってみる、か」
メッセージ入力欄を開き、頼子は一度頷いた。
結婚できるかどうかわかんないけど、一度ぐらい本気で取り組むのはいいのかもしれない。酔った頭でそう思った。
何度かメッセージをやりとりして、次の土曜日に実際に会うことが決まった。
(早っ! いや、スピード勝負! スピード大事! よおっし、いっちょやるぞ!)
気合を入れ、ぶどうサワーを一気に飲み干し、頼子は立ち上がった。
そうと決まれば週末に向け準備しないとならない。
なんの準備かは全然よくわかっていなかったが、多分化粧とか服とか、考えなきゃならないのかもしれない?
「面倒――って駄目! 頑張るって、頑張るって決めたんだから!」
産んでもない人にはわからないなんて二度と言わせない。
絶対に言わせない。
言わせないように、一度絞めて思い知らせた方が早い? いや、そうじゃない、頑張ろう! 頑張るんだ! ……頑張る……。
ファミレスから外に出るころには約束をしてしまったことを早くも後悔した頼子であった。
それでもドタキャンはできない。
土曜日あまり気合が入っていない服装で頼子は待ち合わせ場所のドでかいスーパーの駐車場で待っていた。
いきなり車中ってのはないわーと思ったが、まあ、無理そうなら開口一番「無理ごめん」で逃げればいいだけだ。相手は頼子のことを知っているわけではない。
「お待たせしました」
と、やってきたのは思ったよりもひょろい体系の男性だった。
服装もまあまあ清潔感があって、嫌悪を抱くことはない。
「どうも、こんにちは、はじめましてー」
「あ、はじめまして、よろしくお願いします」
よそ行きの態度で挨拶をすればどこか白々しい雰囲気にのまれそうになった。
「あ、その、さっそくですが、移動しませんか」
「は、はい、そうですねえ」
車に乗るのか、いきなりか、それってどうなの? と相手を見やるが頼子にはその辺の感覚はよくわからない。
こっちです、と車の方へと歩いていくその人の後ろを歩きながらも、葛藤が消えない。
「愛車です」
「……はぁ」
(ドライブが趣味って……)
その文字を読んだ時、景色がいいところとか、そういうところを走るのが好きなんだーと思っていたけれど。
全然違った。
旧式セダン車。多分車高を下げているのだろう地を這うように低い車。
背後を見れば立派なウイングと太っといマフラー。
走り屋系ドライバー。
(まさか峠を攻めるなんて誰が思うよ!?)
地響きのような音を立てる車の後部座席に座らせてもらって、何故か近くの峠に向かう。
昼間なんでそんなに飛ばせないですけどねーなんて言ってたのに、マッドマウス並みに左右に揺られたせいか、何だかちょっとハイになった。
「新しい世界を見た気分です、ありがとうございました」
「こちらこそ、人を乗せて走ったのはじめてでした。ありがとうございました」
お互いに頭を下げて別れ、そして連絡が途絶えた。
「絶対にないわー!」
今日は一人大衆居酒屋だ。
カウンター席があるのはありがたい。
今日も元気だビールが美味い。
ごくごくと飲みながらも、我に返って頼子はジョッキをそっとカウンターテーブルに置いた。叩きつけたい気分ではあったが。
ない、でいいのだと思う。どう判断したらいいのか頼子にはわからなかったが、あれは無しでいいのだと。
「だいたい車乗ったら飲めないし」
どうしてそのことに気づかなかったのだろう。
結婚するんだったら、一緒に楽しく飲める人がいいな、と。
「こんな大事なこと何で最初に気づかなかったんだろうな」
実を言うと明日の日曜日も一人会う約束をしている。
酔っぱらって押せ押せになったときに勢いで約束をしてしまった人だった。
趣味が同じ読書だった、それこそ特徴のない人だった。
「面倒く――ってまだまだ二人目! が、がんば、……そこそこ、やればいいか」
気合を入れれば入れるほど、がっかりは大きいのかもしれない。
そこそこ力を抜いて、それで出会えたらラッキーぐらいの気持ちで。
テンションは激落ちで、まだ一人しか面接していないのに既にこなれたテンションになっている頼子だった。
そして翌日は夕食に誘われていた。
が。
(これは、お試しって奴かー)
醒めるとか呆れるとか色々通り越して、珍獣を見るような心地で本日の面接相手を見やる。
自称上場企業勤めって言ってたし、着ている服もカジュアルだけど生地がしっかりしているから物がいいのだろう。そういう物を見抜く目は会社の上役に囲まれているせいか養われていた。
しかし、よく炎上する『一回目のデートでお手軽価格ファミレス系イタリアンディナー』を体験するとは思いもよらなかった。
(何か却って面白くなってきたぁああああ!)
なぜかテンションが上がる頼子だった。
試されているのか、最初からノーを叩きつけられているのか判断はつかないが、もうこの際だ。食べたいものを食べて飲みたいものを飲もうと心に決めた。
ドリンクバーを自分の分だけ注文するそいつに断りを入れることなく頼子はグラスワインを注文した。ドリンクバーと同価格でワインが飲めるのはありがたい。あとはドリアだけ注文して終了だ。
「意外と混んでるね」
「安価で美味しくてお腹いっぱい食べられるって魅力的だからじゃないですか」
「できれば子どもにはもっといい物を食べさせたいと思うんだけど」
「家で良い物を食べてたら外食ぐらいジャンクなモノを食べてもいいのでは?」
「日本の貧困化は問題だと思わない?」
知るか! ここに連れてきて貧困化を語るな、とこぼしそうになったが何とかそれは堪えた。
曖昧な笑顔で困ったように首を傾げて誤魔化す。
「でもおいしいですよね」
「そう? 安っぽいって思わない?」
「気軽に食べられるのが売りだと思います」
何とも意味のない会話である。
安っぽいと思っている店に人を連れて来るその根性を叩きのめしてやる! と一瞬思いかけたが多分時間の無駄だ。
やはり頼子は曖昧な笑顔でごまかした。
ゆっくりグラスワインを飲む頼子の前で生ハムやら羊肉やらエスカルゴやらを男が一人でたいらげていく様を眺めているのは、やっぱりムカつくな。
頬が引きつるのを自覚しながら、頼子は自分が注文したドリアを食べようとスプーンを手に取った。
すると、男は断りもせずにドリアの皿にスプーンを突っ込んでぱくぱくとドリアも食べ始めたではないか!
これにはさすがの頼子も絶句せざるを得なかった。
(何だコイツ? 話題の試しサイ〇に加えて食べ尽くし系とか。そんなコンボ決める奴いるの!?)
「あのぉ、自分で払うのでティラミス頼んでいいですか?」
「うん、好きな物食べなよ」
自分のお金だから好きな物食べるのは当たり前だろ、ボケが!! とはツッコまない。
注文してしばらく待てばティラミスが提供された。
その間に自分が頼んだピザやら頼子のドリアやら食べ尽くした男は、やってきたティラミスにも魔の手を伸ばす。
「や、食べるんだったら頼んでくださいよ、これ独り占めしたいんで」
だからちゃんと先に言ってあったでしょ、と言い含めれば男は不快そうな顔つきになった。
(なんでだよ!)
「そういうのは可愛くないな」
「すみません」
謝りつつ、注文タブレットを手に取って男にもう一つ頼むかと尋ねてやる。
せめてもの情けだ。
「一口欲しいだけで全部はいらない」
(こいつ、一口頂戴おばけも併発してるっ!?)
ヤバイ役満だ。こんな面白い男、なかなか出会えない。
できれば出会わず終わりたかった。
(ネタ的には、まあ有りなんだけど)
今はそういうのと出会いたいわけでもないわけで。
盛り上がらないまま退店して解散。
きちんと割り勘とティラミス代を払わされて釈然としないものを覚えた頼子だったが、まあ、今度飲むときの肴にはなるかと思って自分を納得――
「できるか!!」
再び例のファミレスにやってきた。
すきっ腹にワインとティラミスしか入れていない。ちゃんとご飯食べたい。
流石にもう飲むつもりもないわけでドリンクバーだ。
何となくコーラ。氷を入れてコーラを注いで、薬っぽい匂いが癖になる。
席に戻って今日もネコ型ロボットを待つ。
しばらくフロア内を縦横無尽に働くロボットを眺めていたら、ようやく頼子の元にロボットちゃんは来てくれた。雑炊の入った鍋を乗せて。
「……とんかつ、私と結婚しよう」
ロボットに貼り付けられた名札の名前を読み上げながら半ば本気で頼子は求婚していた。
もうこの子でいい。いやむしろこの子がいい。可愛いし、ご飯運んでくれるし。
たった一杯のワインで頼子は酔っぱらっていた。どうしようもないぐらい。
「ああ、行かないで~!」
受け取ったよボタンを押せばキッチンに戻っていってしまうとんかつを追いすがるように手を伸ばして、やがてその手も引っ込めて頼子は大きくため息を漏らした。
何でなんだろうなぁ。
まだ二人しか会ってないから判断をするのは早すぎるのかもしれない。
でも、その出会った二人が濃すぎなのは、頼子がそういう星の元生まれたからだろうか。
「何か次はもっとひどいのが来そうな気がするんだよねー……」
そう思うと怖くてメッセージを送ることも返信することも躊躇ってしまう。
あれ以上っていうと借金漬けとかそういう系統か、もしくは既婚者か。
「……面倒くさいなあ、もう」
一人で飲んでいることのなんと気楽なことか。一人でなくても友人と飲むのも楽しいし、後輩をはじめとした同僚と飲むのも、会社のお偉いさんと飲むのもそれなりに楽しい。
なのに、婚活、なんで、楽しくないの?
あんなに楽しくないことをして、手に入れた先の結婚って、楽しくなるの?
答えはわからない。
スプーンを手にして頼子は雑炊を口に運ぶ。
優しい……いややっぱりファミレスだから味は濃い、はっきりした味だ。
「しょっぱい。しょっぱいよ……」
それはまるで涙の味だ。
侘しくなる、頼子の嫌いな飲み方だが、今は飲んでないから大丈夫。
無理やり自分を慰めて頼子は鼻をすすった。
完全に敗北だった。
「変身して、悪を懲らしめる、か……」
前にここで読んだ小説だ。あまりにもトンデモ展開だったから呆然としてしまっていたが、それは王道なのだろう。
自分ではない自分になって悪を挫く。
これだけ挫かれているから、悪は自分なのかもしれない、と頼子はかなり弱気なことを思った。
思いつつ注文用のタブレットを手に取る。
「飲むか」
さっきの雪辱戦でワイン――ボトル!?
はっとなって食い入るようにタブレットを見て、その値段にも目をやり――いける! 頼子は力強く頷いた。
いこう、ボトル! ファミレスボトル! 新しい世界。
「いつもありがとう」
健気にグラスとボトルを運んでくれたロボットにイケメン風にお礼を言って、グラスにワインを注ぐ。
ワインの良し悪しはわからないが、なんだろう、一人ボトル、絶対にテンションが上がる。
「……いただきます」
ちびちびとグラスの中身を舐めるように飲んだ、ふはあ、と漏れたため息は感嘆の吐息だ。
ああ、幸せ。と頼子の胸は幸福感で満たされた。
完敗したけど、逆転勝利だ。さっきの落ち込んでいた私、ざまあみろ、だ。
勝利なんて簡単なのに、落ち込む時間は惜しい。
頼子は酔っていた。
幸せな酔いだった。
(結局こうしている時が一番幸せなんだよねえ)
グラスを照明に透かしながらも頼子は胸中で独り言ちた。
(……もしこういう時間を共有できる人ができたら、また考えればいいか)
昨日と今日会った二人とは絶対にありえない話である。
(これが高望みというのなら――いや高望みじゃない、よね? え、本当、否定してほしい)
今は友人もいない、同意してくれる人がいなくてほんのちょっぴり不安になったりもする、が。
(世間の結婚している人たちって、ああいうタイプと無理やりなんとか頑張って結婚してたりするのか……)
頼子にはできないことをする人たち、尊敬せざるを得ない。
だからと言って、あの子持ち様を尊重できるかというとまた別の話だが。
「ま、いっか。マイペースだ」
強引に物事を進めようとしたらアレだったわけだ。
自分のペースで、無理せずに行った方がいい。
うんうん、と頷いて、グラスにボトルの中身を注ぐ。
だから今、こうやってボトルワインを楽しむわけだ。
更に婚期が遠ざかったことなど、お酒と、気持ちがいい酔いの中では割とどうでもいい話。
カクヨムにマルチポストしようかな~記念で。
一気に書き上げて満足。